CULTURE | 2021/12/28

2021年バズったエンタメから見えたZ世代の本音『イカゲーム』から『チェンソーマン』『Apex Legends』「星野源」まで


Jini
ゲームジャーナリスト
はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点...

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「繋がりの矛盾」を軸に描かれる現代的な人間関係の距離感

『イカゲーム』『Apex Legends』ほどではないが、むしろZ世代の一部から一層熱狂的な評価を受けたエンタメ作品からは、より彼らのエッセンシャルな悩み、「繋がりの矛盾」を読み解くことができる。

「急速」かつ「感覚的」というキーワード同様、現代人はスマホとSNSによって到底消化しきれない情報とコンテンツに晒されている。その中で、特にSNSなどで常時我々は他者と広く、緩く、そして薄く繋がっており、この繋がりこそが逆説的に孤独を生み出したり、あるいはそれ自体が疲弊の原因になる……上坂氏はこのような現代特有の人間関係を「繋がりの矛盾」と指摘する。

この「繋がりの矛盾」をテーマに読み解きたい最初の作品が、2021年に漫画版の最終巻が発売し、来年からはその続編、さらにアニメ化が予定されている藤本タツキの『チェンソーマン』だ。本作では「チェンソーの悪魔」と契約したデビルハンターのデンジと、同じデビルハンターの集まる公安、彼らと悪魔たちとの戦いが描かれる。

本作の美徳は、この一般的な物語の形式として定着した「仲間vs敵」の形式、つまり悪魔と悪魔狩りの構図が、物語が始まるやすぐに壊れ、結ばれ、再び壊れていく点である。デンジ自身、悪魔でも人間でもない存在であり、デビルハンターに力を貸す悪魔や、逆に悪魔に力を貸す人間も現れる。この敵・味方、イアン・ブレマー風に言い換えれば、「我々vs彼ら(Us vs Them)」の線引きがひどく曖昧に引かれる物語に、一つの「繋がりの矛盾」を見て取れるだろう。

同様に印象深かったのが、『劇場版 少女歌劇 レヴュースタァライト』である。本作は9人の舞台俳優を目指す少女たちを描く作品で、一見すると、仲間たちと切磋琢磨の末に団結して勝利を掴む「熱血スポコンもの」だ。

しかし、同時に本作は少女たちを正面から衝突させ、表面的な友情を何度も否定する。何故なら、少女たちは「仲間」であると同時に「ライバル」であり、「ライバル」である以上は主役の座を奪いあう関係だからだ。そのような一見して矛盾した関係性に基づき、少女たちは関係性を切断しながら、それさえも成長の糧とする。これも多様な「繋がりの矛盾」への示唆に富んだ作品だろう。

また今年11月にNetflixで公開されるや、『イカゲーム』の世界的記録を塗り替え、「Rotten Tomatoes」では評価100%を記録した、世界的オンラインゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』を原作とするアニメ『Arcane』では、ジンクスとヴァイという2人の姉妹を中心に、愛と憎悪が絶えず入り乱れる複雑な人間関係が物語のエンジンとなった。

Netflixより

こちらは2人の姉妹に限らず、無数のキャラクターたちの関係性が混ざり、ぶつかり、そして絡まっていく脚本が圧巻であり、大河小説のような壮大さでもって現代人の心を掴む機微な距離感が、大ヒットの要因といえるだろう。

またビデオゲームでは、今年「ディレクターズ・プラス?」として発売された、小島秀夫監督の新作『DEATH STRANDING』にも言及すべきだろう。本作はまさに「繋がりすぎた社会」へのアンチテーゼとして作られ、アメリカを配達によって再建するコンセプト、同期しないオンラインプレイでの緩やかな他者との交流など、極めて特異なゲームデザインから国際的に高く評価されている。

最後に注目したいのが、2021年代、新垣結衣との結婚でZ世代が選ぶ「憧れの有名人夫婦TOP10」で1位にも選ばれた星野源が、2021年発表した12th Single『不思議/創造』の収録曲『うちで踊ろう(大晦日)』だ。

読者の多くもご存知のように、『うちで踊ろう』は元々2020年に星野自身のInstagramに投稿された曲だ。当時の安倍首相まで巻き込んだ流行から「2020年のヒット」と認識する方も多いと思う。ただし、むしろ2021年で改めてリリースされた『うちで踊ろう(大晦日)』には、星野が紅白で歌った「2番」が追加されており、その「2番」こそ本質だと筆者は考える。

【NHK紅白】星野源『うちで踊ろう(大晦日)』フル・バージョン

よく知られている1番冒頭のフレーズ「たまに重なり合うよな 僕ら」から、星野なりの「繋がり」への解釈が垣間見えるものの、追加された2番ではそれが「常に嘲り合うよな 僕ら」へ変わっていく。紅白当日でもこの「2番」に動揺する声が大きかったが、同曲のヒットを経てSNS上で音楽とは無関係な議論が繰り返された実体験が1年後リアルタイムに反映され、一層「繋がりの矛盾」が強調されたのは、まさに2021年の時代性を反映したように思う。

さて、ここまで駆け足で多くの作品を並べて論じてきた。どの作品も、近いようで遠く、賑やかなようで孤独。そんな過去から続く普遍的な人間関係の悩みが、この2021年、社会の多様性への理解と、SNSを通じて常時インタラクティブに人間関係が構築される状態、さらにはコロナ禍に伴って、一気に増大した「繋がりの矛盾」を的確に描いている点は、一貫していると言えると思う。

ただし重要なのは、どの作品も純粋なペシミズムに陥っていない点だ。つまり、SNSが普及したことで若者が孤独になって不幸になったという、まさにマスコミがZ世代に向けるような簡略化された「悲劇」のみの眼差しは、いずれの作品にも存在しない。それこそ平成以前の物語で長く語られた、同性とは鋼の友情で結ばれ、異性とは性的な愛情で結ばれるような「神話」には懐疑的だが、さりとて、若者たちの多くは完全に疲弊し、孤立してはいない。

つまり、Z世代は「繋がりの矛盾」をごく当たり前のものとして受け入れ、その中で一定の幸福と愛を得て生きているのである。それは『チェンソーマン』のデンジが最後に出した答え、『レヴュースタァライト』の笑顔に満ちたレヴュー、「星野源」が唄う日常と生活に漂う愛、『Arcane』のヴァイの献身的な姿勢、これらに十分現れている。

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