CULTURE | 2021/01/22

スマホ1台で何でもできる、世界一便利な深センスマートシティ生活。唯一必要なのは「激変する環境についていくこと」【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(9)


高須正和
Nico-Tech Shenzhen Co-Founder / スイッチサイエンス Global Bus...

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連絡先の共有に(あまり)嫌悪感がない

日本にもスマートロックの会社はあって、臨時の番号を発行するなどの機能はある。こうしたスマートな生活は、スマホとSMSで誰でもいつでも連絡がつくことが前提で構築されている。電話番号を相手に渡すことをためらったり、そのたびに同意を取っているようではこういう生活はできないだろう。

ここまで気軽

深センでのこの生活は、技術と投資と、「便利になった方が良いし、そのために今の生活が変わっても構わない」という姿勢が実現しているものだ。

「スマート」についていけないと家に入れない

僕の家のスマートロックは、新型コロナの流行前に深センのアパートを出た時には導入されていなかった。数カ月が経過して中国に戻ってきた時は、新しいアプリを入れて、外国人なのでパスポートの写真を撮って…と、自分のアパートのエントランスを開けるのにとても時間がかかった。2週間の隔離が終わって、数カ月分の荷物が入った大きなスーツケースを2つも抱えて、真夜中に帰ってきた時のこの仕打ちは堪えた。

宅急便の受け取りにせよなんにせよ、「スマートxx」が次々登場する時代は最初の1回や、想定外のエラーが出た時は大変だ。僕のようにコンピュータが大好きなギークでもそうなのだから、そうじゃない人はもはや一人で行動できないだろう。

住民の入れ替わりが実現する深センのスマートさ

帰国後しばらくして引っ越しをしたが、新しいアパートの契約書、電気料金の計測や支払い、家賃の支払いなどが全て一つのアプリに統合されていて、入居の契約はスマホの画面をなぞって自分のサインをした。これまでは引っ越しのために公安局に行って住所登録をする必要があったが、それもスマホアプリの中で行われるようになった。

つまり、スマホが無いとそもそも契約も居住も不可能なアパートだ。

電気代も日次で表示され、「ああ、この日から洗濯機が届いたな」といったことがわかる

深センは出稼ぎ民が集まっているので、平均年齢は非常に若い。そしてそのまま深センにとどまり続ける人も少ないので住民が常に入れ替わっている。働くためにやって来て、仕事第一の生活ができなくなったら地元に帰る人ばかりなので、税収が豊富で福祉の必要ない深セン政府は中国で最も予算に余裕がある。スマートさを支えるインフラへの投資は最も多く、変わり続ける街のシステムに住民はついていく。

僕の契約したアパートのステートメントには、「ここは若者のアパートで、18歳以下とは契約しないし、40歳以上とも契約しない」とあった(実際は46歳の僕がパスポートを見せてもあっさり契約できたし、アパート管理人に直接確認しても「拘束力があるものではないので、気にしなくて良い」と言われたが)。

機械が社会を変えていくことにつきあっていけるか

「高度に進化した技術は魔法と見分けがつかない」とよく言われる。僕もうまくいかないシステムを別の人があっさり治した時などは、手品などを見たような気分になる。だが、目覚まし時計を魔法と例える人はいないだろう。どのような技術であってもそれは人間が作ったもので、学習すれば仕組みは理解できるものだ。

僕が追いかけているオープンソースの世界は、まさに「技術を魔法にせず、自分(たち)が理解できる範囲を増やしていく」という運動だ。

多くのシステムは人間業では不可能なことを実現する。エンジンは人間より早く強く、コンピュータは人間には不可能なことを計算で実現してくれる。目覚まし時計のようなシンプルなものでも、人間は自力で狙った時間に起きられないから機械に起こしてもらえるわけだ。

「機械に人間の仕事が奪われる」とよく言われる。でも僕は、誰かを起こす仕事や、誰かのために宅急便を受け取る仕事や、電気メーター確認のために回るような仕事は、人間がやるべきじゃないと感じている。失業とスマートシティ化は別の問題で、機械でもできる仕事はどんどん機械がやるべきであり、本当はやりたがらない人がお金のために渋々やるものではないと思うのだ。

宅急便の随時受け取りを実現する、スマートロックのワンタイムパスワードの即時発行や、配達員情報の即時共有は、いずれも人間業では難しい。いま深センで行われている「スマートxx」をすべて停止したら、街の生産性や快適さは一気に落ちるだろう。人間よりも優れたパワフルでスマートな機械に、生活に必要な面倒くさいことをどんどん受け持ってもらって、人間は自分のやりたいことにもっと注力しようというのがスマートシティだ。

そのためには、今の生活が変わっていくことを受け入れていき、機械と一緒に自分も変わっていく必要がある。

スマートシティの実現を後押ししていくのは、そうした「今の生活を変えていこう」という気持ちではないだろうか。


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