EVENT | 2018/08/16

本質的な価値を持つ「研究者」に投資し、カネでカネを生む資本主義に立ち向かう─リアルテックファンド代表・永田暁彦

直近のニュースは、こうだ。「次世代型の高速細胞分析分離システムの開発を行うシンクサイト株式会社への出資を実施したことをお...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

直近のニュースは、こうだ。「次世代型の高速細胞分析分離システムの開発を行うシンクサイト株式会社への出資を実施したことをお知らせします。シンクサイト社は(中略)独自イメージング技術、機械学習を用いた細胞形態データ処理、マイクロ流体技術などの異分野技術を組み合わせた次世代型の高速細胞分析分離システム(高速イメージングセルソーター)を開発……」

さらりと読んでわかった人は、なかなかの見識だろう。だが、この開発が進むと、未知の細胞の発見や創薬研究といった生命科学の革新につながる可能性があるという。これらのような地球や人類の課題解決につながる研究開発型の革新的テクノロジーを「リアルテック」と称し、積極果敢にその分野のベンチャーへ投資育成を行うファンドがある。

リアルテックファンド。仕掛け人は、ミドリムシを活用した食品や化粧品の販売、バイオ燃料の研究などを手がける株式会社ユーグレナを、東証一部上場にも導いた永田暁彦氏だ。

運営企業はまさに自身も「リアルテックベンチャー」から出世したユーグレナ、ユーグレナなど200社以上の事業化を支援してきたリバネス、ユーグレナやサイバーダインを株式上場させたSMBC日興証券の3社で構成される合同会社。さらにはリアルテックを社会実装する上で欠かせない生産力や開発規模を誇る多数の大企業が手を組んでいる。

はたして、リアルテックは次世代を生きる僕たちが押さえるべき領域なのか。「100年後の豊かな地球を支える」と語るファンドの構想、現状の課題、さらには展望まで。永田氏に話を聞いた。

聞き手:米田智彦、長谷川賢人 文・構成:長谷川賢人 写真:神保勇揮 デザイン:大嶋二郎

永田暁彦(ながた・あきひこ)

株式会社ユーグレナ 取締役CFO株式会社ユーグレナインベストメント 代表取締役社長リアルテックファンド 代表

慶応義塾大学商学部卒。独立系プライベート・エクイティファンドに入社し、プライベート・エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。2008年にユーグレナ社の取締役に就任。
ユーグレナ社の未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。現在はユーグレナ社の財務、戦略およびバイオ燃料などの事業開発責任者を務めるとともに、日本最大級の技術系VC「リアルテックファンド」の代表を務める。

儲かると誰でもわかるベンチャーには投資しない

ーー まずはファンドの成り立ちやビジョンを教えてください。

永田:リアルテックファンドは、2014年から立ち上げ準備をして、翌15年の4月に設立、それ以来僕が代表を務めています。ですから、僕は一部上場企業のCFOと、テクノロジーファンドの代表を3年半にわたって兼任している状態です。ファンドについて言えば、僕の投資人生は「社会へのインパクトがリターンであり、それを最大化したい」と常に考えています。

ーー リアルテック領域のベンチャーに投資していますが、どういった基準を設けていますか。

永田:まず言いたいのは「成功すると誰でもわかるベンチャーには投資しない」ということですね

ーー 一般的には、ファンドや投資家というのは、投資額以上の金銭的リターンを求めるところだと思うのですが。

永田:みんながわかる成功しそうで儲かりそうなベンチャーなんて、誰かが出資しますから。そういうベンチャーで儲けても僕たちのファンドの存在意義はありません。誰も出資してくれないけれど、僕たちがいなければ世に出ないであろうテクノロジーベンチャーに投資をするんです。社内で投資先ベンチャーの検討をする際も将来いくらの株価になるか、ではなくどういう社会インパクトを与えるか、を最重要視しています

世の中にお金が必要な人たちはたくさんといます。ただ、僕の根本にあるマインドは「本来的には価値がある、または価値を発揮できるのに、お金や環境のせいで発揮できない人を救いたい」なんです。

リアルテックファンドがこれまでに投資を行った分野。2018年8月現在で34社の企業に投資している。

ユーグレナは研究開発型ベンチャーとして創業以来、資金調達や企業連携で苦労してきました。その後、ユーグレナが株式上場した後に、年間でいえば300社くらいのベンチャーや研究者から資金調達の方法などの相談を受けたんですね。話を聞くほど、自分たちが10年前に苦労したことと同じ内容で悩んでいて、未だに誰も助けてあげる環境になっていないんだなと実感しました

ユーグレナとして調達した資金は、自社の研究のために出資されたものですから、別のベンチャーに投じるわけにもいかない。それならば独立ファンドを作ろうと、初期には20億円を集め、結果的には合計94億円のファンドとなりました。

「第3期リアルテックブーム」の波に乗れ

ーー どうしてそこまで「儲けだけではない」投資を意識されるのでしょう。

永田:僕はやっぱり今の資本主義、経済主義における最大の問題点は、すでに10億円を持っている人が「15億円欲しい!」と願うことだと考えているんです。いいじゃないですか、10億円持っているなら、もうそれで

必要以上のお金が投資されるべきところに回ることで、本質的に社会がより良くなっていくはずなんです。自分が80歳の頃に不治の病を患ったとしたら、まぁ、死にますよ。けれども、40歳の頃に研究者へ投資していたら、その病は80歳の頃には治せるようになっているかもしれないじゃないですか。ただその人だけが資産を5倍にしても、社会は何も変わらないんです。

これは企業にも同じことが言えて、短期的な株主のための活動ではなく、長期に及ぶ社会の為の活動を実施していくことでその企業が活動する環境がより良くなり株主や投資もついてくる状況を目指すべきです。

ーー そのひとつがリアルテックファンドでの投資事業だと。

永田:「テクノロジー×社会インパクト」にフォーカスして投資をすることはまさにその解の一つです。でも、世の中の意識はそんなに簡単に変わりません。急に意識を変えることが難しいなかで全体の興味や意識を誘導するという目的で、僕たちの投資は結果としてちゃんと儲かることも証明しないといけないと思っています。

その人たちが儲かる成功体験を作っていけば、みんなのお金や意識が集まり始めると思っています。だから、今は狙って「第3期リアルテックブーム」を起こそうとしていますし、お金も流れ始めてるんですよ。

第1期は1970年代に日本電産やキーエンスなどのハイテクベンチャーが生まれ、、第2期は2000年代のバイオベンチャーなどです。ITやサービス系はブームもありますが常にベンチャーが生まれやすい状況であり、リアルテック系は相対的に立ち上げが難しいゆえにブームという力が必要です。僕は、リアルテックブームを起こして、そこへ注目を戻していきたいですね。

お金を得ても僕はサーフィンとキャンプにしか興味がなかった

ーー 志は強く感じました。そういう考えに至った、永田さんの原点はどこにあるのでしょうか。

永田:育った環境は大きいと思います。両親はバブル世代に就職したのですが、ソーシャルワーカーのような福祉業界の仕事をしていました。父は仕事後にコンビニでアルバイトしていましたし、僕も母と一緒に家で内職をしたりもしました。福祉の仕事こそ両親の成したいことだったんです。でも、自分のやりたいことで息子に迷惑を掛けたくないと仕事の掛け持ちをしていました。

僕の今があるのは、両親がそういう環境の中でも努力して高等教育を与えてくれたからです。すなわち、発揮されうる能力や才能は、環境とセットでなければ生まれない可能性があるということです。もし、僕が違う家庭に生まれたら、まったく違う職に就いているでしょう。

そういう体験もあって、中学生や高校生の頃から「本来勉強ができるけれど家庭環境によって勉強ができない状態になっている人たちを救おう」って、ずっと思ってたんですね。自分は両親に救われたから。それで辿り着いたのが研究者への投資であって、ユーグレナでのバングラデシュなどの途上国支援にもつながっています。

ーー 思想的には、幼少期からの一貫性があったんですね。

永田:それと、もうひとつ体験としてはあって。ユーグレナが上場して、僕も少なからずお金を持ったわけですよ。そこでみんながやりたいと思いそうなことは全部やってみよう、とやってみました。お金のなかった自分が持つとどう変わるのか、お金の持つ意味とか人の欲というものを理解したかったんです。

ーー 超高級マンションに住むとか、高級なレストランに通うとか?

永田:そういうのですね。全部やってみたんですよ、すごい短期間で。そしたら結局、僕はサーフィンとキャンプにしか興味がないってわかりました。結果、どちらもほとんどお金がかからないという(笑)。なのですぐに上場前の生活に完全に戻りました。ユーグレナの役員同士で飲みに行くのも普通の餃子屋さんとかですし。

結局、人は他人のマーケティングによって物欲とかを作られていて、自分の本質に向き合うことが大切なんだな、と。でも、そんな自分でも環境が変わったら自分が変わる恐怖があったので全部やってみたんですけども。

この経験によって、自分のお金を増やすことよりも、今回のファンドのように僕が手を挙げたときに賛同してくれる人を増やすとか、社会のお金の使い方を誘導させるような力を増やすことに時間を使うべきだと思ったんですね。「足るを知る」以上のものに誘導させられるような、欲求マーケティングの正体に実体験として近づくことができた。だから、自分にはできるはずだと思ってるんですよ。

「推進力のある人間」を育てていく課題

ーー そうして始まったリアルテックファンドですが、そもそも現状のリアルテックの課題感というのは、どういったところに表れているのでしょうか。

永田:コアになる技術があっても、開発段階の研究にお金が付かないせいで、開発を続けられないことです。つまり、お金があればその課題は越えられるんですよ

この世の中は言い訳をしていると僕は思っています。お金そのものはあふれているんですよ。実際にユーグレナは、リアルテックファンドがない時代にも、その苦境を乗り越えている。要は、説明責任と未来を見せる能力があれば、越えられるだろうと。

だから、真の課題としては、素晴らしい技術が100あっても、その苦境を自力で越えられるような、事業をつくる「推進力のある人間」の数が、技術の数に対してはるかに少ないんです。その両者をファンドでつなげていくことも大事ですが、「推進力のある人間」が増えていくことが一番に大切だというふうに思っています。

そのためには、リアルテックに関わることが「カッコいい」と思われるような世論だったり、空気を醸成していくのも大事。エンジニアがかつてオタクとされていたのに、Googleに勤めることがステータスに変化したように。すると、優秀な人材が寄ってきたり、研究者にもビジネスデベロップメントの知恵が付いてきたりする。

ーー なるほど。長期的に育てることも含めて、研究者側からのアプローチとしては「推進力のある人間」がチームに1人はいたほうがいいと。

永田:そうですね。やっぱり、リテラシーギャップは研究者側にも世の中側にもあって、両者が同じ土台で話せなかったりして難しいんですよね。いかに技術そのもの、あるいはそれらを語る言葉を平易に簡素化できて、将来をイメージさせられるのか。言わば、世の中に「右脳的に理解できる形にする」のが大切だなと思っていて。

なので、リアルテックファンドのチームには、アートディレクターもいます。リアルテックに対する理解度を上げてあげる作業をできるかが肝心だからです。僕からすれば、テクノロジー系で資金を集められているところは、本当に技術がズバ抜けて素晴らしいところか、表現がうまいところかの、どちらかなんですよね。

「ビジョン」「サイエンス」「アート」の三角形

ーー 研究においてもアートが推進力になりうるのですね。

永田:僕は「ビジョン」「サイエンス」「アート」が、大切な三角形なんだと思っています。人はやっぱり最後は感覚で動きますから。感覚に訴えるワークをしながら、実利を取るほうに流していきたい。

リアルテックファンドとしても、投資先のメンバーとアーティストが関わるきっかけを作ろうとしています。なぜかというと、研究のテーブルだけに留まらない「違う次元の掛け算」をしていく発想を持たせたい狙いもあります。

ーー 投資判断は先ほど「社会インパクト」というのも挙がりましたが、他にもありますか?

永田:「誰に投資するか」に尽きますね。要件はあれど、突き詰めていくと「前に進む理由が明確にある人」です。お父さんが亡くなった病気を治せるようにしたい、お金がない環境に育ったから稼ぎたい、とか。理由はなんでもいいけれど、それをやめない人です。

僕らのファンドって一応運用期間が10年なんですが、投資先が行う研究は別に10年に収まらなくてもいいと思っています。30年かかってもやり切るタイプの人かどうか。その意志をどれだけ感じられるかが大事ですね。

ーー 最後に、リアルテックファンド、あるいは永田さんの今後の展望をお聞かせください。

永田:通常であれば、ファンドは期間が終わったら株を売らなくちゃいけないんですが、それで関係を終えたくないんですね。僕としては、投資先の人々とは、一生にわたって付き合いたいと思っています。投資先と投資元という関係性がどんどん希薄化していって、有機的な一つの生き物のようになる、ベンチャーや研究者の軍団が世界を変える……というのを目指したいですね。

個人としては「研究者」だけでなく、投資対象は増やしたいです。それはアーティストかもしれないし、農家や漁師といった生産者、あるいは教育者や料理人とか。世の中において本質的な価値を持っているのに、資本主義の中で報われない人たちが、立ち向かっていける力がほしい。僕自身が死ぬまでに本質的価値と資本主義的価値のギャップをどれだけ埋めて、社会をより良くしたかが自分の生きる意味と自分の人生の価値を決める大きな指標です。


リアルテックファンド