CAREER | 2025/11/14

生成AI時代のコミュニケーションとメディア
「メディア・デザイン」

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポート
2025年7月11日・12日、スペース中目黒にて開催

文・構成:カトウワタル(FINDERS編集部) 写真:菅 健太(株式会社DALIFILMS )

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2025年7月11日(金)・12日(土)、東京・中目黒の 「スペース中目黒」 で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 神武直彦研究室による「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」が開催された。学生や教員、修了生、企業や自治体の関係者、さらには小中高生までが集い、世代を超えにぎやかな雰囲気の中行われた。

SDM研究科は、技術・社会・人の関係を“システム”としてとらえ、複雑な課題をデザインとマネジメントの力で解決していくことを目指す大学院。システムズエンジニアリングやデザイン思考、プロジェクトマネジメントを基盤に、文理や世代を越えた多様な人々が集まり、現実社会に新しい価値を生み出す実践的な研究・教育を行っている。

本特集では、2日間で行われた8つのトークセッションを一つずつ取り上げ、現場で交わされたリアルな言葉や気づきを紹介していく。  

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

視点をずらすと、空間も制度も「メディア」になる

神武研究室 「オープンラボ2025」 2日目最初のセッションは、「メディア・デザイン」。登壇したのは 「人とより良い関係性を築くための注意のシステムデザイン」 を研究テーマとしている千木良康子さんと、前日のトークセッション 「システムデザイン・マネジメントとは」 にも登壇したコクヨ株式会社に勤務しながら博士課程で学ぶ 齋藤敦子さん

それぞれの立場から、情報が氾濫し生成AIが浸透する時代における 「伝える/受け取る」 の再設計をシステムデザインの視点で問い直した。

自己紹介で齋藤さんが示したのは、二子玉川の 「カタリストBA」 や渋谷ヒカリエの 「Creative Lounge MOV」 など、自身が手がけてきた共創空間の事例。「“仕事をする場”とあえて書かないようにしているんです。誰かに会える、体験がある――その動機こそが、空間がメディアになる瞬間だと思うから」 と持論を訴えた。

情報の運び手を新聞やテレビに限定せず、「場」 や 「仕組み」 そのものをメディアと捉え直す視点を紹介した齋藤敦子さん

一方の千木良さんは、国内メーカーでのUXデザインや新規事業の仕事を経てドイツに6年半ほど滞在。「日曜は基本的に営業しない」 という “閉店法” の文化に触れ、「注意を奪わない設計」 が生活の質を底上げしている現実に驚いたという。家族と公園を散歩し、消費しない時間を取り戻す社会。結果として、旅行や大きな買い物といった高付加価値の消費に回る余力が生まれる。

 「人の注意の配分をどう設計するかが、暮らしと経済の構造を左右する」。その眼差しは選挙のデザインにも及ぶ。ドイツの街に並ぶポスターは政党色とステートメントを前面に、候補名は小さく。「“どんな世界を共に目指すか”の合意を促し、個人の信頼性判断に過度な負荷をかけない。制度が人の認知コストを下げている」。対照的に日本の大音量の連呼や情報過多の街頭は、思考の余白を削っていないか――そんな違和感が、現在の研究 「人の注意資源」 へとつながっていく。

「人の注意資源」 を研究テーマに掲げる千木良康子さん

そんな彼女が現在進めている研究は二つ。ひとつは、対面相手がスマホで “何をしているか見えないこと” が生む不快を減らす 「注意先を透明化する小型デバイス」 の開発。もうひとつは、誰かと同じ対象・瞬間に注意を合わせることで記憶と感情が高まる 「共同注意」 だ。「友達と一緒に体験している感覚」 をどうデザインできるか、という研究も進めている。

この二つの研究に共通して言えることは 「人とより良い関係性を築くための注意のシステムデザイン」 だという。

「受け手」と「送り手」の関係を考えた設計の重要性

議論が進む中で、話題はメディアの 「受け手」 と 「送り手」 の視点について取り上げられた。SNSのコメント欄などをはじめ 「受け手」 と 「送り手」 の相互に反応が返り、情報は往還するようになったため、メディアは受け手側の関係性まで含めた設計が必要とされている。

そんな中、千木良さんは、もともと親が子どもとテレビの間に介入する関わり方を指す研究用語である 「メディエーション」 を紹介し、内容に意見を添える、時間や場所を区切る、一緒に視聴する――こうした関与が暴力的表現の模倣を抑えるなどの効果を示してきた例を挙げた。

対象はテレビからSNSへ広がり、親子が 「共に考える」 スタイルが重視されている。「受け手同士の関係を整え直すことが、結果として “送り手の力学” も変える」。注意の透明化や共同注意は、その実装例でもある。

 一方で千木良さんは、「心地よい情報だけに囲まれる 「フィルターバブル」 などは、個人の幸福を高めながら、自分の興味のある情報しか目に入らなくなり、あたかもそれが世の中のすべてであるかのように錯覚させてしまう」。そうした仕組みが二極化を生み、世界規模での分断や対立に繋がってしまっているのではといい、「だからこそ、テレビのようなマスメディアがこうした状況の中でどう振る舞い、対話を成立させるための共通のコンテキストや議論の土台をどう作っていくのか、どのようなシステムを考えて行くのか非常に興味を持っています。」 と意見を述べた。

また齋藤さんもドイツの新聞社が市民に開いた巨大なオープンスペースを例に、取材・編集プロセス自体を見える化し、議論の舞台を 「場」 としてデザインする実践を紹介。「場・制度・関係」 をまたぐ設計こそ、メディアを “情報の通り道” から “関係をつくる装置” へと更新する鍵となることが示された。

情報が溢れる中で求められる正確性

セッションの後半は会場からの質問に答えつつ議論が進んだ。まず田中ウルヴェ京さんが、「信頼 (trust) と信頼性 (reliability)、説明責任 (accountability) はどう関係するのか」 という問いが投げ込まれた。スポーツの現場では 「信頼する」 と 「信用する」 の違いがよく議論されるという。田中さんによると、「信頼」 というのは強い感情が入り込むため怖さを伴うもので、一方の 「信用」 は、相手の能力やスキルを認め、技能に基づき 「任せられる」 と判断することだという。

また、企業でAIを活用した新しい 「部屋探しメディア」 を開発する高橋真さんからは、広告規定とイノベーションの狭間をくぐり抜ける実務の工夫が共有されたほか、「広告」 との関係や 「政治や思想のコントロール」 の観点から、メディアのデザインにおける正確性や信頼性を担保するプロセスについての考えを求める質問が挙げられた。

これからのメディアのシステムデザインとは

セッションの締めくくりには、神武教授から 「SDMに所属しているからこそ見えてくる “メディアのシステムデザイン”とは何でしょうか」 という問いが投げかけられた。

これに対し、千木良さんは、「SDMならではの発想でいうと、“かつてマスメディアが持っていた影響力を別の形で再構成できないか” システムとして考えると面白いと思います。かつて12個しかなかったチャンネルが、今では何億というチャンネルが存在する時代になっています。ならば逆に、誰もが一日に必ず行う “歯磨き” のような行為を 「共通の2チャンネル」 と見なし、その時間にだけ触れる “公共メディア” を設計できないでしょうか」 と持論を述べた。

齋藤さんも、本日色々と話題にも出た 「これもメディアだよね」 といった議論は、誰もが関心を持つテーマだが、それだけでは表層的で浅い議論になってしまう、とした上で、「システムデザインの視点を取り入れることで、メディアをより深く掘り下げたり、要素に分解して再構築することができるのではないかと感じています。今回のオープンラボのテーマである “世の中、システムデザインでなんとかなる” という言葉は、まさに今日の議論を通じて実感することができました。」 とセッションを締めくくった。

生成AIの登場によって、メディアはますます多層的で複雑な存在になりつつある。だが同時に、場や制度、関係そのものを 「メディア」 と捉え直す視点が、情報に埋もれがちな私たちに新しい余白をもたらす。正確さと信頼性をどう担保するか、そして注意や関係をどうデザインするか。答えはまだ見えないが、システムデザインの手法が、その道筋を描き出す有効なツールになり得ることを示したセッションだった。


特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/