2021年から約3年にわたって続けてきた「ゲームジャーナル・クロッシング」は今回で最終回となる。
というわけで、過去2回にわたって「ゲームジャーナル・クロッシング」での連載を、2021年、2022年、2023年と3回に分けて振り返ることで、2020年代のゲーム業界を総括してきた。たった3年と思われるかもしれないが、その3年の間にゲーム業界は大きく変化し、興味深い論点も数多く浮かび上がった。それらを踏まえることで、今後のゲーム業界がどのように変化していくのかを見通す下地になるはずである。
さて、本稿で扱うのは2023年だが、コロナ禍やテクノロジー、M&Aといった業界外からの働きかけが目立った2022年以前と比べ、『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』や『ファイナルファンタジーXVI』、『バルダーズ・ゲート3』といった大作の発売が目立ち、ビジネスやテクノロジーといった荒波にも関わらず純粋な「クリエイティブ」とでも呼ぶべき、ゲーム開発者たちの血と汗が改めて発揮された一年だったように思う。そのためか、この「ゲームジャーナル・クロッシング」でもクリエイター目線での記事を多く扱った。
ではさっそく2023年の記事を振り返っていこう。
【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(32)
Jini
ゲームジャーナリスト
note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。ゲームゼミ
ゲーム企業が次々と掲げる「IP戦略」の意図
本連載はあくまでゲーム業界内外を横断(クロッシング)していくことを意図して執筆してきたが、その中でもゲーム業界側に対して無思慮なテクノロジー、ファイナンスに関する(根拠のない)憶測に関しては、一貫して否定的なスタンスを貫いてきた。つまり、「次はメタバースが来るらしいから、じゃあゲーム業界もすぐメタバースに転換するだろう」といった憶測である。
もちろんゲーム企業も新しいテクノロジーの研究や、ファイナンス、つまり金の使い道の方向性の策定はゲーム開発と並行して行っている。しかし、会社で働く多くのクリエイターや、その会社のブランドを守る経営者の立場にとってみれば、あくまで自分たちの主軸はクリエイティブであり、それを広げる軸もまたクリエイティブなのだ。そうした信念を反映してか、ここ5年ほど、ゲーム企業は「IP活用」を掲げてきた。
中でも「IP活用」に意欲的だった企業が任天堂だ。2023年には映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が公開されると、年内に13億5000万ドルもの売上を達成。更に同年、『ゼルダの伝説』の映画化も発表するなど、かねてより推し進めてきた「IP活用」を実際に成功させた。更にスクウェア・エニックスも2022年の決算説明会にて「IPエコシステムの強化」を発表。安易に最新のテクノロジーに乗じるよりも、自分たちのクリエイティブを横展開することを表面的にはアピールしてきたと言えるだろう。
こうしたIP活用の根本には、同じくクリエイティブを尊重する他業界へのリスペクトも含まれる。イルミネーション社と『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を作った宮本茂は、実際に出来上がった映画を見て「マリオが人間になっている」と喜び、映画製作に尽力したアニメーターに向けて感謝のビデオレターまで送ったという。今後ゲーム業界がどう変化することになっても、結局いちばん重要なのは、彼らが「何を作りたいか」ではないだろうか。
名ゲームクリエイターの中でも、特に宮崎英高が評価される理由
TIME誌「世界で最も影響力のある100人」に岸田首相と並んで選ばれた「フロムの宮崎英高」とは何者か
米『TIME』誌が発表した“世界で最も影響力のある100人”(以下、TIME100)の2023年度版に、日本からは内閣総理大臣である岸田文雄と、ゲームクリエイターである宮崎英高の2人が選出されたことを皮切りに、そもそも宮崎英高とは何者なのか?という歴史と実績を紐解いた。
宮崎英高はゲーム企業、フロム・ソフトウェアの代表取締役にして同社のゲームデザイナーとして様々な作品を売り出した人物だ。作品名を挙げると『ダークソウル』『SEKIRO』そして2022年の『エルデンリング』など、いずれも日本国内どころか世界的に売上・批評ともに高く評価され、その結果としてTIME100に選ばれるに至った。
しかし宮崎の特異な点は、そのキャリアの始まりが今、評価される日本の他のゲームクリエイターより遅かったことだ。ビデオゲーム黎明期の1980年代でも、3D化によって新たなテクノロジーが花開いた1990年代でもなく、2004年、宮崎は齢30にしてゲーム業界の門戸を叩いた。当時、日本のゲーム業界は徐々にシュリンクしていく最中であり、そこから芽が出るのは簡単なことではなかったはずだ。
その中で宮崎らは、当時の流行に逆行するようにしてダークファンタジーの世界観と緩やかなオンライン機能を軸にした『Demon’s Souls』をディレクターとして開発。このヒットによって、『ダークソウル』以降の宮崎作品に繋がっていくことになる。この時代や環境に対してあえて抗うことで名作を作った実績こそ、宮崎がこれほど評価される所以なのかもしれない。
海外のゲーム開発現場に目を向ける
『Marvel's Spider-Man 2』を作った企業、 インソムニアックが見つけた「大人と子ども」の中間
本連載ではゲーム業界内外の「クロッシング」を意識した、というのは先述の通りだが、もう一つ、筆者個人の信条として日本国内に限らず、より海外のゲーム文化や市場にも「クロッシングする」というものがある。これは単に筆者が海外ゲームを好んで遊ぶからというわけでなく、そもそも今の多くの日本ゲーム企業は国内より海外で多くの売上を立てており、従って海外のゲーム情勢を知らない限り日本のゲーム情勢も見えようがないからである。
そこで本稿で紹介したのが、アメリカのゲーム開発企業インソムニアック社の歴史と哲学だ。インソムニアック、と聞いても日本でピンと来る人は少ないと思われるが、実際には看板タイトルの『スパイダーマン』シリーズで累計3300万本以上売り上げるなど、日本の巨大ゲームメーカーと比べても遜色ないほどの成功を達成している。
しかも、インソムニアックは他のメーカーのように歴史が長いわけでなく、その参入は1990年代半ばとやや出遅れていた。そこでインソムニアックはPlayStationに特化した3Dゲーム、それも子どもも大人も楽しめるような絶妙なターゲットに狙いを絞ったタイトル開発することで、着実に成功をものにする。そして、まさに子どもも大人も楽しめる版権『スパイダーマン』のゲームを担当することで、こうしたインソムニアック流のノウハウがついに結実した、というわけだ。
そして2023年にはインソムニアックの新作『Marvel's Spider-Man 2』が満を持して発売。これまでのインソムニアックらしい、子ども向けのカラッとした明るさがありながらも、原作コミックや映画版でおなじみのヴェノム(シンオビート)やクレイヴン・ザ・ハンターが登場し、やや大人向けのダークな展開も見られた。このように、スタジオごとの目に見えない哲学が、作品の中に一貫して現れることは珍しくない。
未来のゲームジャーナル・クロッシング
かつて任天堂の山内会長は「売れるかどうかより、おもしろいと思うものを作れ」という哲学を掲げていた。2023年の一年を振り返っても、この哲学は任天堂はもちろんゲーム業界、いやエンタメ業界全体において通底する哲学であることは疑う余地はなく、本連載を通じてもそれを確認することができたと思う。そしてこの哲学は2024年以降も、恐らく変わることがないだろう。
そしてさらなるデジタル化に伴い、ビデオゲームは様々なエンタメ、テクノロジー、カルチャーとクロッシングしていくことになるだろう。例えばNintendo Switchの後続機とそのローンチタイトル、ハンドヘルドPCの普及によるPCゲーム市場の拡大、既存ゲームタイトルのIP展開などは、今特に有力視されている展開だ。
これらがどのような展開を迎えるのかは未だ全くわからない。しかし、おもしろいものには普遍的な美と価値と利益が宿るものなのだ。少なくとも筆者はそう信じていきたい。
なお、筆者はnoteにて有料マガジン「ゲームゼミ」を連載している。こちらはエクスクルーシブな読者に絞ることで、通常のゲームメディアや経済紙では読めないような本格的なゲーム批評を展開しており、既に購読者は1500人を超えた。2024年以降のゲーム市場や作品批評に興味のある方は、ぜひこちらを読んでいただけると嬉しい。
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当連載は今回で終了となります。これまでご愛読いただきありがとうございました。
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