CULTURE | 2023/12/27

「エルデンリング」空前の大ヒットに、 MSの買収発表に揺れた2022年のゲーム業界 |ゲームジャーナル・クロッシング総括:2022年編 

文:Jini

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今こうしてFINDERSで連載させていただいている「ゲームジャーナル・クロッシング」も30回を迎えた。2021年から約3年にわたって続けてきた「ゲームジャーナル・クロッシング」だが、ビジネス・カルチャーを「クロッシング」させる視点から、着実に激動のゲーム業界を捉えてきたという自負がある。

というわけで、今回改めて「ゲームジャーナル・クロッシング」での連載を、2021年、2022年、2023年と3回に分けて振り返ることで、2020年代のゲーム業界を総括したいと思う。たった3年と思われるかもしれないが、その3年の間にゲーム業界は大きく変化し、興味深い論点も数多く浮かび上がった。それらを踏まえることで、今後のゲーム業界がどのように変化していくのかを見通す下地になるはずである。

【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(31)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。ゲームゼミ

さて、今回は2022年編。2022年を振り返ると、2021年から引き続き激動の時代にあったように思う。コロナ禍を背景にしたゲーム需要の高まりもさることながら、Web3と呼ばれるような一連のテクノロジーやビジネスモデルとの親和性が見出され、それらが接近していく背景があったからだ。

それらを踏まえ、特に2022年に寄稿した記事の中で、今振り返りたいと思うのは以下の3本である。

エルデンリングが「難しいのに」大ヒットした理由

『エルデンリング』はなぜ1200万本売れたのか。「難しさ」もシェアするSNS時代のゲーム論

まず2022年における最大のヒット作品が、フロム・ソフトウェアが手掛けた『エルデンリング』であることは疑う余地がない。発売から1か月も経過しない間に世界で1000万本を出荷し、翌年2月には2000万本という大台を達成した。これは任天堂などプラットフォーマーのようなリソースやネットワークを持たない企業としては異例の大成功であり、そのうえThe Game Awardsなど世界的な賞に輝くなど批評的にも高く評価されているのだから驚きだ。

ではフロム・ソフトウェアは潤沢な広告予算なども投じず、どのようにしてその快挙を達成したのか?興味深いのはその戦略だ。『エルデンリング』、あるいはその精神的な前作である『ダークソウル』などから、フロム・ソフトウェアは一貫して「難しい」と評されることで有名だ。実際にゲームプレイの難易度を指標化することは出来ないのだが、それでもおどろおどろしい世界観や暗いトーンのパッケージなどを通じて、フロムのゲームは難しいぞというイメージをゲーマーたちに与えてきた。

通常、「難しい」ゲームは敬遠されやすい。それは現代のゲームの多くが、難易度を調整するオプションを搭載したり、端から難所を作らない設計を採用している点からもうかがえる。しかし、フロム・ソフトウェアはあえてこの潮流に逆らったゲームを作り、しかもそれは成功している。それは何故か。大前提として、フロム・ソフトウェアの卓越したゲーム作りのセンスや品質管理があるのだが、そこに加えて「現代のソーシャルメディア社会に適合した」という点は見逃せない。

何故なら、「難しい」を乗り越えた先にある達成感は、非常に共感されやすいものだからだ。難敵を倒した際のスクリーンショットをXにアップロードして自慢したり、YouTubeやTwitchでインフルエンサーがゲームに四苦八苦する様子を見て視聴者が応援する構図が増加していることにも現れている。そもそも、ゲーム内にはプレイヤー同士が共闘したり、あるいはメッセージを書き残してヒントを与えるといった機能が内蔵されており、ソーシャルメディア社会に適合したというより、むしろその到来を予見していたと評する方が正しい。

衝撃的だったマイクロソフトによる687億ドルの買収

マイクロソフト8兆円買収の目的と背景を現役ゲーマー弁護士に聞いたら、予想もつかない答えが返ってきた

世界を賑わせたMicrosoftによるActivision-Blizzardの687億ドルの買収。本件に関して、ゲーム業界内外から様々な意見が飛び交っていたのだが、そこでFINDERSとしては、日本有数の規模を誇り、中でもM&Aなど経済分野における法務において実績を持つ西村あさひ法律事務所の弁護士、松本祐輝先生に本件に関して意見をうかがった。

まず、今振り返っても歯がゆく思うのは、「687億ドル(買収が完了した2023年10月13日時点のレートで約10兆円)」というあまりに大きな規模のM&Aのためか、ゲーム業界やMicrosoftについて全く無知のゲーム業界外の人が、明らかに実態を掴んでいないまま議論を進めていたことだ。特に「メタバース」や「NFT」のような当時流行したバズワードを引き出した結論ありきの議論もあり、一方それに対してゲーム業界内では経済分野での踏み込みがたりない報道がなされることで、ゲーム業界内外での分断を痛感する次第だった。

というタイミングで、経済分野における法務、とりわけゲーム業界で実績のある松本先生にお話を伺えたことは、大変に意義深いものになったと思う。内容としては「M&Aとは?」といった基礎的な情報から抑えていただきつつ、あくまで客観的かつ公表された事実をもとに論ずることで、決して「バズる」内容にはならなかったが、だからこそ事実の整理はどこよりも出来ていたと思う。

たとえば、一般のマスコミではあたかも買収が既定路線だったかのように語られる一方、松本先生が「買収が完了するかはまだ断定できない」と論じていた点は重要だろう。事実、最終的に買収は成立したものの、およそ1年に渡ってイギリスの競争・市場庁やアメリカの連邦取引委員会から疑念を持ち上げられ、その結果として一部ゲームの権利を一定期間他社に売却するなどの条件を加えることになった。話題が収束してもなお、買収は完了せず、そのため様々な争議や変更が必要になったのだ。

今後、ゲーム業界が拡大するにつれて、ますます他業界との交流やビジネスやリーガル分野での議論も増えるだろう。しかし、日本のマスコミでは業界外の人間が専門的な知識を持たずに語り、その結果として間違った報道や偏った意見になることが少なくない。この垣根をメディアで解消していくことが、真の相互理解へと繋がるのではないだろうか。

まだまだ課題は山積みなゲーム業界の「働き方」

1年で1000人リストラ…情熱と大金渦巻くゲーム業界の「影」と向き合う

アメリカにおける著名なゲームジャーナリスト、ジェイソン・シュライアーの名著「リセットを押せ: ゲーム業界における破滅と再生の物語」(訳:西野竜太郎、グローバリゼーションデザイン研究所)の書評。

本の内容は、アメリカのゲーム産業における労働者の実態について、様々な企業や役職からインタビューしたものをまとめたもの。特にアメリカゲーム業界では、昨今「クランチ」と呼ばれる過酷な残業、連勤が問題になっている。本著ではなぜクランチが発生するのか、クランチを経験した人々はどういう感情を抱いていたのか、あるいはクランチから離れるべく独立した人がどのような道を歩んだかなど、事細かに説明されている。

「リセットを押せ」のもう一つの醍醐味は、カリスマ的なクリエイターの苦悩だ。特に大作ゲームにおける開発は、ごく一部のリーダーシップが数百人のクリエイターを束ねて運用するという形になる。そのため、ディレクターやプロデューサーと呼ばれる立場のクリエイターには相応の負担とともに、カリスマ的な名誉や待遇も与えられる。もっとも、彼らのカリスマは永続的なものではなく、プロジェクトの失敗や頓挫によって容易に失われる。本著では「元」カリスマゲームクリエイターの苦悩などもリアルに描かれ、その点が興味深い。

とりわけ、本書を取り上げた2022年当時はコロナ禍の真っ只中であり(現在も完全「終息」したわけでない)、ゲーム開発現場にもその脅威が降りかかっていた。ゲーム業界は好景気に浮かれていたものの、その背景では、過密化するスケジュールに加えて未曾有の感染症対策としてのリモートワークの導入など、現場における様々な努力や苦難によってそれが実現していたことも忘れてはならないだろう。

ゲーム業界の「内側」が垣間見えた2022年

2022年における最大のニュースは、やはり「エルデンリング」の記録的なヒットだと思う。無論これ以外にも優れたタイトルは多数生まれたものの、それでも「エルデンリング」の圧倒的な評価と売上、それに見合った作品の美は、日本の普遍的芸術の一つとして今後も歴史に刻まれていくだろう。

かたや、ゲーム業界外からでは見えない様々な苦労も内在化した時代でもあった。Microsoftによる規格外な大資本の介入もさることながら、コロナ禍における慣れない開発環境、そしてクランチに代表される労働者の権利を巡る問題は、好景気に浮かれるゲーム業界の解消されがたい課題として今も残っている。

さて次回は直近となる2023年におけるニュースを振り返りたいと思う。


2021年編はこちら↓
明かされる任天堂の戦略、ゲームに接近したNFT、SIEジャパンスタジオの再編 |ゲームジャーナル・クロッシング総括:2021年編