2023年も暮れ。今こうしてFINDERSで連載させていただいている「ゲームジャーナル・クロッシング」も30回を迎えようとしている。2021年から約3年にわたって続けてきた本連載だが、ビジネス・カルチャーを「クロッシング」させる視点から、激動のゲーム業界を着実に捉えてきたという自負がある。
というわけで、今回改めて「ゲームジャーナル・クロッシング」での連載を振り返ることで、2020年代のゲーム業界を総括したいと思う。たった3年と思われるかもしれないが、その間にゲーム業界は大きく変化し、興味深い論点も数多く浮かび上がった。それらを今踏まえることで、今後のゲーム業界がどのように変化していくのかを見通す下地になるはずである。
【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(30)
Jini
ゲームジャーナリスト
note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。ゲームゼミ
新型コロナに包まれた社会と、好景気に湧いたゲーム業界
さて、最初に振り返りたいのが2021年だ。「ゲームジャーナル・クロッシング」は2020年から始まった連載なのだが、当時、世界的にはゲーム業界が如実にテック企業と接近しつつ、ゲーム業界自体が巨大資本としてさまざまな業界に合流する過程にあった。また2017年に発売されたNintendo Switchによって国内市場が再興し、とりわけ2020年の『あつまれ どうぶつの森』の大ヒットに伴ってマスコミがゲーム市場に注目したのも、記憶に新しい。
もっともその背景にあったのが、コロナ禍という文明における大きな危機であった、という点も触れておくべきだろう。未曾有の感染症によって外出自粛を余儀なくされる中、消極的に人々が選んだ娯楽の一つがビデオゲームだった。然るに、ゲーム業界だけ見ていれば好景気に湧いたと言えるものの、社会全体として見ると、不景気と不穏に包まれた情勢下だったことも、忘れることはできない。
このような状況において、ゲーム全体をある程度把握していながら、ゲーム業界外のビジネス、カルチャーと横断して語ることを目的に始まったのが、この連載だった。2020年11月に1本目が公開され、2021年には合計8本の連載記事が公開された。どの記事も扱うテーマやアングルが異なり、今読み返してもそれなりに読み応えのある内容だった、と自負している。
さて、その8本の中でも特に今、改めて読み返していただきたいのが、以下の3本である。
SIE JAPANスタジオの再編と今後
『サルゲッチュ』『ICO』『SIREN』…SIE JAPANスタジオ再編の衝撃とSIE「グローバル化」の背景とは?
『サルゲッチュ』『ICO』『SIREN』など個性的な作品を手掛けてきた、SIE JAPANスタジオが再編されるというニュースに基づき、親会社であるSIEのゲーム事業戦略の変化と、グローバル化していくゲーム市場について論じた。
この記事でも述べた通り、2016年に発売された「PlayStation 4」の頃から時代の節目は大きく変化していた。ハードウェアの大部分、特に主要なチップは半導体メーカーによって作る時代になり、ゲームハードによる差別化が難しくなっていた。これはソニーに限らず、任天堂やマイクロソフトも同じような状況にあり、もっと言えば、スマートフォンやタブレットなど汎用的な端末が文化、経済の中心を支配するにつれての、ごく自然の流れと言えるだろう。
その代わり、ハードメーカーはプラットフォーマーとしての強みを拡大していった。ゲームソフトの販売は徐々にオンライン上へと移行し、流通はデジタル化していく。この状況で小売店に代わってビジネスを仕切るのが、「Steam」「Google Play」「App Store」といったデジタルプラットフォームだ。ソニーも「PlayStation Store」というプラットフォームを構え、このデジタルの強みを活かし、日本だけでなく世界中のソフトウェアを取り揃えた。ソニーがアメリカへ拠点を移す背景の一つには、こうした状況の変化が考えられる。
ただし、いかに日本からアメリカへ軸足を移そうとも、JAPANスタジオの再編……という名の、実質的な縮小は、今思うとかなり惜しまれる判断に思う。JAPANスタジオが持っていた『サルゲッチュ』『ICO』のような既存IPは言うに及ばずだが、こうしたミニマルながらニッチを確実に抑えるJAPANスタジオの作品は、デジタルプラットフォームが主流となった今こそ、むしろ売れる筋があったのではないか、と2023年現在改めて感じる。
ゲームとNFTの接近
ゲーム内アイテムを売って生計を立てる?接近するNFTとゲーム文化
既に忘れられつつあることだが、2021年当時、未曾有のNFTブームが巻き起こっており、ビデオゲームはしっかりそのブームに巻き込まれていた。その象徴が『CryptoKitties』や『Axie Infinity』といったNFTゲームで、ゲーム自体は非常に単調なものの、ゲーム内で手に入るキャラやアイテムを、NFTとして売買し、それによって生活できるという「Play to Earn(P2E)」の概念が、当初盛んに議論されていた(なお、東京ゲームショウなどでもNFTゲームのブースが目立ち、当時は業界内部でも注目を集めていた)。
しかし2年経った現在、NFTゲームの存在は全く話題にならないわけでないが、少なくとも当初ほど盛り上がってはいないし、ましてやNFTゲームが画期的なヒットとなり、世界的に遊ばれるという事象も寡聞にして知らない。端的に言えば、NFTゲームは一般のゲーム市場には浸透せず、またゲームファンにも受け入れられていない、というのが現在の実情であろう。
NFTとゲームに親和性は見いだせたものの、筆者は当時のNFTゲームに熱狂する世論、とりわけ安易に最先端のテクノロジーを持ち上げ、怪しげなビジネスに勧誘して回ろうとする特定の人種に対して、記事の中でビデオゲームの「遊び」という側面が持つ価値を軸に、懐疑的な議論を提示している。
またそもそも、NFTゲーム以前に「Play to Earn」的な概念が真新しいわけではなく、(全く同一視できるわけでないが)『Diablo 3』や「Steam」上での取り組みなど先行する事例を取り上げている。NFTゲームが今後普及する可能性があるとすれば、こうした先行例の課題や達成を乗り越えていく必要があるわけで、それは決して安易な道程でないことはご理解いただけるだろう。
徐々にその姿を現す「任天堂のIP戦略」
任天堂の「資料館計画」が天才的すぎる理由を、産官学の立場から解説したい
任天堂が京都に建設予定の「任天堂資料館」、後に「Nintendo Museum」と改められた施設が発表された。この資料館の存在は世界的にも注目され、今も完成を楽しみにしているゲームファンは多くいるだろう。筆者も勝手ながら、その期待に加え、プレイアブルな展示を増やしてほしいとか、お土産コーナーをNintendo Tokyoばりに充実してほしいといった願望を書き連ねている(これは後にNintendo Kyotoという形で昇華されそうだ)。
さて、本稿で指摘した重要な論点として、「任天堂IP戦略の要としての『聖地化』」を挙げているのは我ながら先見の明があったと思う。以前から任天堂はIP活用を戦略的に進めていくと公言していたのだが、2023年には映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が大ヒットとなり、更に「ゼルダの伝説」の映画化が発表されるなど、一般のゲームユーザーにもわかりやすい形でその方針が提示されたように思う。
無論この「資料館」は、こうした任天堂のIP戦略の一環として考えるのが妥当だろう。ゲームや映像のようなデジタル上のエンタメだけではなく、リアル空間のエンタメとして「USJ」の中にアトラクションを作る、あるいは任天堂本社のある京都に「聖地」として「資料館」を作る……こちらはよりコアファン向けとなるだろうが、こうしたIP戦略によって従来のゲーム事業では取れなかった市場を取りに行く、というのは今後5年、10年において任天堂が一層強化する戦略だと思う。
明るみになったWeb3に対する「温度差」
この記事で取り上げなかった日本国内のゲーム業界の動きとしては、2020年に発売された「PlayStation 5」本体の争奪戦が一向に終わらなかったり、『ウマ娘 プリティーダービー』が国内で大きな人気を集めたり、『スマブラSP』に最後のファイター「ソラ」が参戦するといったニュースが話題となっていた。
一方で、世界的なトレンドを見ていくと総合的に、2021年は「Web3」と呼ばれる技術や概念が、主に投機的な盛り上がりとして著しく注目を浴びたものの、ゲーム業界の内部としてはそうした流れには積極的に迎合せず(あるいは水面下で静かに進んでいる)、業界内外の温度差が明るみになった一年に思う(またそれは現在まで続いている)。
さて、こうした流れを受けて、2022年ではどんな変化が起きていたのか。次回の記事では2022年の展開を同じように振り返りたい。