CULTURE | 2023/11/01

『Marvel's Spider-Man 2』を作った企業、
インソムニアックが見つけた「大人と子ども」の中間

Jini

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2023年10月20日、ついに発売された『Marvel’s Spider-Man 2』。発売して24時間で250万本を売り上げるなど、PlayStation 5期待の新作として早くも話題となっている。さらに前作『Marvel’s Spider-Man』とそのスピンオフ『Marvel's Spider-Man: Miles Morales』は2022年時点で累計3300万本の売上を記録。

スピンオフが加わっているといえど、この本数はゲーム業界において世界的にも稀な規模の成功なのだが、何より驚かされるのは既存の版権を用いてこの成功を収めた点である。実は『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』にせよ『ELDEN RING』にせよ、数千万本売り上げる大ヒットゲームの多くが独立した世界観を擁しており、既にコミック、映画と展開した「スパイダーマン」ほどの巨大版権を流用して、数千万本の成功を収めた例は極めて少ない。

ここで読者の中には「いや、むしろ人気の版権を使うなら売上にも繋がりやすいのでは?」と思われたかもしれない。ところが実際には、「スパイダーマン」ゲームはむしろ微妙な前例の方が多かった。「スパイダーマン」をテーマにしたゲームは累計で40本以上もリリースされているが、本シリーズほどの成功はおろか、むしろ商業的・批評的には失敗した作品の方がはるかに多い。

Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_video_games_featuring_Spider-Man )より、ゲーム化された「スパイダーマン」タイトルの一部。ちなみに初作は1982年にAtari2600のタイトルとして発売しており、その歴史は長い

このため、むしろ『Marvel’s Spider-Man』の成功はスパイダーマンゲームとして見れば半ば奇跡的な成功作品であり、もっと言えば、スーパーヒーローゲームとしてもRocksteady Studiosの『バットマン』シリーズを除き、ほぼ前例のない成功を収めることができた。ではどうして、本シリーズは例外的な成功を収めることができたのか。それは本シリーズを開発するスタジオ、Insomniac Gamesがゲーム作りへの情熱と、挑み続けた課題からうかがえる。

そこで本稿では、日本であまり知られていないInsomniac Gamesの歴史を振り返りながら、同社が世界規模の「スパイダーマン」を作るに至った経緯、そして巨大版権を用いたゲームを成功させた理由を、紐解いていきたいと思う。

【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(29)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。ゲームゼミ

「Disrupter」と「スパイロ」、日米の名作から継承した遺伝子

Insomniac Gamesが設立されたのは1994年。プリンストン大学を卒業し、医療分野で働いていたテッド・プライスが、一念発起してゲームを愛好する数人の仲間たちと共に立ち上げた、ごく小さな企業だった。

彼らの企業はInsomniac=不眠症という、やや意味深な社名だが、実はこれは最初から決めていたものではない。Xtreme Softwareという社名で始まったのだが、既に登録されていた名称だったため変更を余儀なくされた。次にRagnarok Softwareという社名はどうかとアイディアが出たが、これも既に使われていた。あれもダメ、これもダメと模索していくうちに、ほぼ消去法で残ったのが「Insomniac」というものだったらしい。

この逸話は単なるトリビアというより、Insomniacというスタジオの一つ弱点を浮き彫りにしている。すなわち、ゲーム企業として後発だったということだ。1994年といえば、既にある程度成熟したゲーム市場にソニーが初代「PlayStation」を引っ提げてゲーム業界に挑んだ年。そんな後発スタジオであるInsomniacがやったことは、まず既存のゲームをとにかく研究することだ。

Insomniacが1996年に開発した処女作『Disrupter』は、まさに同社の研究成果が如実に出た作品だ。主人公は異星に派遣された兵士で、一人称視点で狭い基地を探索し、見敵必殺で銃をぶっ放す。誰が見ても、当時大ヒットしたFPSのルーツ『DOOM』の影響を受けていたのは明らかだった。実際、開発者の一人、アル・ヘイスティングスは「本作のルーツは、我々が『DOOM』を初めてプレイした興奮にある」と述べている。

『Disrupter』は数人で開発した処女作にしてはよくできた作品だったが、当時無数に存在した「DOOMクローン」の一部に過ぎなかった。IGNは1997年、「『Disruptor』はDOOMアンチが好むことはないが、優れたFPSを好むゲーマーには理想的」という評価を下している。

しかし、そのInsomniacの転機となったのが、後に北米のPlayStation事業の要となるマーク・サーニーとの出会いだ。当時、ユニバーサル・インタラクティブ・スタジオに在籍していたサーニーは、『Disrupter』からInsomniacの仕事を手伝っていた。そこでInsomniacに対し、今のPlayStationには日本の任天堂が手掛けるような子どもも楽しめるタイトルが不足しており、同社はそうしたファミリー向け作品を作るべきだと助言する。

かくしてInsomniacが次に手掛けたのが、『スパイロ・ザ・ドラゴン』(1999年)である。小柄な子どもドラゴンが、悪い魔法使いを倒すべく世界を旅するアクションゲームで、バイオレンスかつSF色の強かった『Disrupter』とは対照的に、明るい絵本のようなファンタジーの世界が舞台となった。しかし本当にすごいのは、それなりに広大な3D世界を自由に冒険できるという設計だ。

実は本作を開発する上でヒントにしたのが、任天堂の名作『スーパーマリオ64』だという。立体的な空間を自由に冒険できるNINTENDO 64を代表するこの名作に、Insomniacは大きく影響を受けた。確かに「スパイロ」は立体的な世界をただ冒険するだけでなく、謎解きとアクションがバランスよく混ざった塩梅や、キャラクターを見せるカメラ操作といい、『スーパーマリオ64』の影響を色濃く残す。

『スパイロ・ザ・ドラゴン』発売当時のトレーラームービー。子ども向けファンタジー作品を強く意識した映像だ
『スーパーマリオ64』発売当時のCM

とはいえ、無論「マリオ64」ほどの名作をパクろうと思ってすぐ模倣できるほどゲーム開発は楽ではない。しかも「スパイロ」はドラゴンとして空中を自在に飛び回り、ファンタジーらしいユニークな仕掛けも多数あるなど、独自性も極めて高い。設立して5年で既にこのレベルの作品を完成させる辺り、Insomniacの開発能力の高さは既にうかがえる。

何より、前作『Disrupter』が「DOOM」という北米ゲームを模倣したのに対し、今作『スパイロ』では任天堂の「マリオ64」という極めて日本的なタイトルを模倣している点が、実に稀有な才能である。Insomniacはその社名からわかるように、後発のゲームスタジオとしてのハンディを背負っていたものの、だからこそ北米、日本のゲームを柔軟に吸収し、自らの血肉に変えていったのだ。

『ラチェット&クランク』の完成、そしてアイデンティティの模索

「ラチェット&クランク パラレル・トラブル 」より

『スパイロ・ザ・ドラゴン』はInsomniacとしては初と言える成功をおさめ、2作目、3作目と続編も続いた。本シリーズは日本にも輸入され、Insomniacは一躍、世界的なスタジオとして評価を受けるようになる。

しかし「スパイロ」は一作目の販売が1999年とPlayStation時代末期のゲーム。2000年には次世代機PlayStation 2の発売が迫っていた。そこでInsomniacは「PS2」に相応しい新しいゲームの確立を急ぐこととなった。

そうして開発したのが、Insomniacを代表するゲーム『ラチェット&クランク』(2002年)である。辺境の惑星でメカ弄りをして過ごしていた少年ラチェットが、空から落ちてきたロボットのクランクと出会い、銀河の危機に立ち向かうという本作は「スパイロ」同様に少年も楽しめる冒険譚である。その上、PS2のハード性能を活かし、大都市の惑星から猛毒の惑星まで様々な惑星が描かれ、大いにワクワクさせる世界観に仕上がっており、総合的に「マリオ64」から影響を受けた日本的なゲーム作りが垣間見える。

一方、ゲームプレイでは「ガラメカ」と呼ばれる様々な武器を使いこなす、アグレッシブな戦闘が魅力だ。ガラメカの中には、ピストル、爆弾、自動追尾ロボットなど破壊力抜群の兵器が揃っており、これらを使って敵をなぎ倒していく。この点では日本の「マリオ」というより、北米のFPS「DOOM」的な設計とも評価できるだろう。

つまり『ラチェット&クランク』は、王道の物語に、広大な惑星を冒険するワクワク感という点では「日本的/マリオ的」でありながら、ガラメカによる多様な戦略と破壊的な戦闘という点では、明らかに「北米的/DOOM的」と、本来相反するはずの日米の哲学が、極めて高いレベルで昇華された作品なのである。これこそ、後発ながらも柔軟に各国のゲームを吸収していったInsomniacにしか作りえない傑作と評価しても過言ではないだろう。

結果、「ラチェット&クランク」シリーズはInsomniac作品としては無論のこと、PlayStation全体としても大きな成功を収める。PS2時代には3本の続編をリリースし、PS3時代にも「未来三部作」をリリース。さらにPS5で最新作『ラチェット&クランク パラレル・トラブル』がリリースされるなど、「ラチェット」はInsomniacを象徴する一大フランチャイズとなった。

「ラチェット&クランク」の成功後もInsomniacは果敢に新シリーズを展開していったが、これらは「ラチェット」ほどの大成功を収められなかった。例えば、PS3で展開されたFPSシリーズ『レジスタンス』、Microsoftと組んでリリースしたXbox Oneの『Sunset Overdrive』など、内容こそ素晴らしかったものの、商業的にはあまり成功していない。2013年に発売した『Fuse』など、批評的には賛否分かれたものもあった。

なぜInsomniacは「ラチェット&クランク」シリーズほどの成功作を出せなくなったのか。この問題は率直に言って世界観にあると思う。

断っておくと、何もInsomniacが作る世界観がつまらない、劣っている、と言いたいわけではない。問題は、明確に子ども向けを意識して作った「スパイロ」「ラチェット」の2本に対し、後に出た「レジスタンス」「Sunset」があまりに大人向けで、その乖離にファンが困惑したためだ。

この背景にあるのが、ゲーマーの高齢化である。PS2の時代からPS3、PS4と経るにつれ、ゲームは必ずしも子どもが遊ぶものではなく、むしろ大人が中心になっていった。その点で、「ラチェット」では大人たちの関心を得られなかったのだが、一方で「レジスタンス」では「大人向け」すぎるあまりInsomniacの爽快なアクションがあまり活かせず、「子ども」でも「大人」でもない「青年向け」の世界観こそInsomniacの新たなアイデンティティとして必要だったのだ。

『Marvel’s Spider-Man』3Dゲーム時代に立ち上がったスタジオのマイルストーンとして

「実力はあるが世界観構築が一歩足りない」というInsomniacに「スパイダーマン」という世界有数の版権を与えたことで成功したのが、本稿の主題である『Marvel's Spider-Man』なのである。

まず、1990年代から一貫して3Dゲームを手掛け続けてきた実力。そして北米的、日本的ゲームの哲学を吸収する姿勢。そうした結果、子ども向けに成功した「ラチェット&クランク」。このすべての条件を鑑みて、スパイダーマンほど適したテーマは他に存在するだろうか。

何故なら「スパイダーマン」といえば摩天楼を駆け抜け、悪人たちを捕縛するアクションが特徴的なヒーローであり、青少年の主人公が「大いなる力には大いなる責任が伴う」というテーゼを背負い成長していくテーマ性には、まさにInsomniacにおける少年向けの「ラチェット&クランク」と青年向けの「レジスタンス」「Sunset Overdrive」の間にある。

しかも、Insomniacのパートナーを長らく務めたソニーにとって、「スパイダーマン」は虎の子の版権である。既に一部のファンは知っている通り、「スパイダーマン」の映像化権はソニーが依然として握っており、CGアニメ『スパイダーマン:スパイダーバース』など一部のスパイダーマン作品は依然、ソニー・ピクチャーズ(コロンビア・ピクチャーズ)が配給を務めている。つまりソニーにとって最も重要な版権の一つを、最も信頼するパートナーに託したという点でも、気合の入り方がうかがえよう。

結果、『Marvel’s Spider-Man』はInsomniacにとって最大の成功となった。マンハッタンの街並を駆け抜けていく爽快なアクション、ガジェットを駆使した知的な戦闘はまさに「ラチェット&クランク」に見られるInsomniacの日米ゲームデザインの真骨頂であり、一方、スパイダーマンの世界観を存分に味わえるディティールに、お馴染みのヴィランたちと繰り広げるストーリーは、今までのInsomniacにない新境地となったのだ。

また今年10月に発売された『Marvel’s Spider-Man 2』は史上最速となる24時間以内で250万本以上の売り上げを記録。ピーター・パーカーとマイルズ・モラレスのW主人公に、2倍のマップ、PS5ならではの演出に、伝説的なヴィラン「ヴェノム」の参戦と、前作に引き続いて高い評価を得ている。

Insomniac Gamesは開発スタジオとしては後発である。しかし、そのうえで北米と日本双方のゲームデザインをよく吸収し、特に3Dアクション分野で独創性の高い作品を数々生み出した末、誰もが知る「スパイダーマン」の版権を以てついに世界的な成功を収めるに至った。これは日本の多くの大手ゲーム企業にはない強さだ。次世代のゲーム作りを考えるうえで、Insomniacの独創と柔軟性は参考にできるのではないだろうか。


参考文献
IGN Always Independent: The Story of Insomniac Games
G4TV's Icons - Insomniac Games