2025年6月に開催された世界最大級のICT展示会 「Interop Tokyo 2025」 では、今年も
“宇宙に広がるデジタルインフラを、ビジネスチャンスに” をメッセージとして掲げた特別企画 「Internet × Space
Summit」 が実施された。その中で注目を集めたのが、「月面経済の発展とその可能性」 と題された基調講演である。
本講演には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙科学研究所の春山純一氏、東京大学の佐藤淳准教授、そしてPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)宇宙・空間産業推進室の榎本陽介氏が登壇し、現在の月面研究の状況から、月面での経済活動の現実味について議論が交わされた。
過酷な月面環境を克服する地下空間の活用構想
基調講演の冒頭でJAXAの春山氏は、2007年に打ち上げた月探査機 「セレーネ(かぐや)」 によって明らかになった、月の地下に存在する巨大な空洞 「溶岩チューブ(洞窟)」
について紹介した。月面は隕石や放射線、摂氏マイナス170度からプラス120度という極端な温度差など、人類にとって極めて過酷な環境だが、春山氏によればこの洞窟の中では
「隕石や隕石衝突による飛散物、そして放射線を防ぐことができ、温度も摂氏0度からマイナス20度と低温ではあるが安定している」 ことから、将来的に居住空間や研究基地を設置できる可能性が高いという。
この洞窟の活用には日本だけでなく、各国も注目しており、特に中国とロシアが共同で地下に拠点をつくる構想を明らかにしている。春山氏も 「科学者として、サイエンスと実用の双方から注目している。月の洞窟を利用して基地を作り、そこに経済圏を築くという時代がまさに来ようとしている」 と語った。さらに、このような洞窟は火星にも存在し、月での取り組みを火星に活かすことも可能だという。

簡易型月面基地の実施設計が進行中
続いて、建築物の構造設計を専門とする東京大学の佐藤氏から、簡易的に短期間で構築することができる月面ベースキャンプが紹介された。月面基地というとSF的な大型施設を想像しがちだが、佐藤氏が開発を進めているのは、より簡易に展開でき、コンパクトながら人が滞在可能なものだ。居住部分は枕型の多面体で、アルミ板を折り紙の折り方を応用した折りたたみ可能な構造が特徴である。
こうした月面での技術について佐藤氏は、「月や火星での暮らしを追求することは、省資源・省エネルギーを追求することでもある。世界の消費エネルギーの金額は年間500兆円で、1〜2%削減するだけでも5兆〜10兆円になる」 と述べ、地球でも応用可能な価値を強調した。

月面経済の全体像と市場機会─PwCが示す未来シナリオ
セッション後半では、PwCコンサルティングの榎本氏が、月面経済の市場規模とその進展について紹介した。
PwCコンサルティングでは、2018年に宇宙ビジネス向けのコンサルティングチームを立ち上げ、現在ではフランスを中心に5地域14か国のチームが連携して取り組みを進めている。月面関連においても、2021年9月にフランス主導で第1弾の月面市場調査レポートを発刊し、続編となる第2弾レポートを日仏チーム連携で執筆中で今夏に公開予定だ。
第1弾レポートでは、月面経済を 「輸送」 「データ取得」
「資源活用」 の3段階に分けて紹介しており、第2弾では月面インフラに関する将来のシナリオと投資機会について整理している。
榎本氏によると、第1弾レポートでは、開発初期段階では地球から月への
「輸送」 が主な市場となり、2040年までに最大1000億ドル規模に達すると予測。次に
「データ取得」 では、探査衛星からのデータだけでなく、月面で直接取得されるデータに対するニーズの高まりが見込まれており、民間企業の参入も期待されるという。そして
「資源活用」 においては、月への輸送コストを踏まえ、現地資源の活用が重要になるとし、すでに日本企業も研究開発を進めていると述べた。
続けて榎本氏は、今夏公開予定の第2弾レポートについて、現在計画されている事業がそのまま進んだ場合の
「標準的なシナリオ」 と 、2050年に約1,000人が月面を訪れると想定した未来からのバックキャスト的な検討を行った「楽観シナリオ」
の2パターンの試算が行われていることを紹介。標準シナリオでは、2030年までに18人、2030年代半ばには38人、後半には114人が月面に滞在し、初期インフラの構築や民間宇宙飛行士による観光などが進むとされる。一方、楽観シナリオでは、2050年までに約1000人が月を訪れる場合の人数推移の予測がされている。
今回、具体的な数字は明かされなかったが、7月に公開予定のレポートでは、水・エネルギー・通信・建設・モビリティ分野において、どれほどの投資が必要になるか(市場機会となるか)が推計される予定だ。PwCコンサルティングの最新市場レポートは、月面経済の全体像を把握するうえで貴重な資料となるだろう。

日本が国際社会でプレゼンスを発揮するために
セッション最後には、日本の月面開発への取り組みに話題が及んだ。春山氏は月までの輸送環境の変化に触れ、「まず月までの輸送コストが下がり、価格破壊が起こる。過酷な環境の問題も洞窟の利用で解決できる。月に人が行く時代はもう目の前に来ている。既に動いている国がある中で、日本もそこを目指すことが重要だ」
と語った。 さらに春山氏は、月へ安価に行けることを前提に 「何がやれるか」 を考える必要性を説き、“重力” をキーワードに挙げた。「月は地球の6分の1の重力。ある宇宙飛行士から 『地球は重力があるから帰りたくない』 という声を聞いた。重力というストレスのない世界は、私たちに変革をもたらすかもしれない」
と述べ、月での活動を楽しむ視点も大切にしてほしいと呼びかけた。 一方、佐藤氏は 「いよいよ人が月に暮らす時代が近づいてきていると感じているが、開発にはまだ人手が足りない。皆さんと一致団結して進めていきたい」
と会場に呼びかけた。
最後に榎本氏も 「(月面開発は)今後15〜20年という少し長いスパンではありますが、確実に迫ってきている世界でもあります。本日のお話が、自社でどんな取り組みができるかを考えるきっかけとなれば幸いです。私には4歳の息子がいますが、成人する2040年頃には、月が今よりもずっと身近になっていてほしい。日本としても産官学で一致団結し、国際的なプレゼンスを発揮していきたいと思います」
と述べ、セッションを締めくくった。
かつて夢だった
「月に住む」 というビジョンが、今や具体的な輪郭を帯びている。Interop Tokyoで語られた月面の未来は、確実に私たちの現実へと近づいている。

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月面経済圏の発展と日本の挑戦―激動する宇宙開発の最前線
Interop Tokyo 2025
会期:2025年6月11日(水)~13日(金)
会場:幕張メッセ(国際展示場 展示ホール4~8 / 国際会議場)
主催:Interop Tokyo 実行委員会
運営:(一財)インターネット協会 / (株)ナノオプト・メディア
公式ホームページ
https://www.interop.jp/
基調講演 「月面経済圏の発展とその可能性」
2025年6月12日(木) 提供:PwCコンサルティング合同会社
Panelist
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 春山 純一 氏
東京大学 準教授 佐藤 淳 氏
Moderator
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー 榎本 陽介 氏