CAREER | 2025/10/24

SDMが描く “学びのシステム” とは
「企業研修・学校教育」

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポート
2025年7月11日・12日、スペース中目黒にて開催

文・構成:カトウワタル(FINDERS編集部) 写真:菅 健太(株式会社DALIFILMS )

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2025年7月11日(金)・12日(土)、東京・中目黒の 「スペース中目黒」 で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 神武直彦研究室による「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」が開催された。学生や教員、修了生、企業や自治体の関係者、さらには小中高生までが集い、世代を超えにぎやかな雰囲気の中行われた。

SDM研究科は、技術・社会・人の関係を“システム”としてとらえ、複雑な課題をデザインとマネジメントの力で解決していくことを目指す大学院。システムズエンジニアリングやデザイン思考、プロジェクトマネジメントを基盤に、文理や世代を越えた多様な人々が集まり、現実社会に新しい価値を生み出す実践的な研究・教育を行っている。

本特集では、2日間で行われた8つのトークセッションを一つずつ取り上げ、現場で交わされたリアルな言葉や気づきを紹介していく。  

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポート
https://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU/

“教育”はさまざまな要素が絡み合ってできている“システム”

先が読みにくいVUCA時代、学びは何を目的に、誰のために、どう設計されるべきか。
神武研究室オープンラボ2025のトークセッション 「企業研修・学校教育」 では、銀行、学校、NPO、エドテック企業という異なる現場を渡る4人が、目的設定から評価、資金循環、AI時代の学び方までを “システム” として捉え直した。

まず最初にモデレーターを務める修士学生の海野裕晃さんが、所属する静岡銀行が掲げる 「地域共創」 戦略の中核を担うためSDMから派遣されてきたと自身の背景を紹介、人材育成や企業研修を研究テーマの軸足に、「研修で学んだことを、いかに業務に転移させるか。その部分を目下研究しています」 とし、「研修直後の満足度は高いのに行動が変わらない——現場で繰り返される矛盾をどう解くか」 といった課題についても触れた。また3歳児の親として学校教育への関心についても語った。

モデレーターを務めた海野裕晃さん
「研修の学びを現場へ移す」 をテーマに研究を進めている

続いては博士学生の成田忍さん。普段の仕事では幼児から経営層まで能力データを可視化して教育の意思決定に活かすEd-tech系ベンチャーの Institution for a Global Society 株式会社 (通称:IGS) の役員を務めている。長らくマーケティングやプロモーション業界に席を置いていたが、教育系の事業に携わるようになり、教育の世界には非常に多くのステークホルダーが存在することに気付いたという。保護者、教員、学校運営者、政策担当者・・・教育に携わる人は 「皆さん熱心に取り組んでいる——しかしそれらの取り組みを合わせるとなぜか全体として上手くいかないことがある。必ずしも “善の組み合わせが最大の善にならない”」 と強く感じ、「学校の価値」 について研究を進めている。

続いては神武教授が以前校長を務めていた慶應横浜横浜初等部で職員を務める修士学生の納谷洋平さんが自己紹介した。神武研究室に入ったきっかけは2022年から慶應が実施している小中高大連携の一貫教育プログラムである 「X-ship Camp」 に関わったことだという。
かつて慶應の塾長を務めた小泉信三先生の『すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる』という言葉を引用し、10年、20年先に役立つ力を育てることを目指し活動していることを強調した。

最後に、博士課程に在籍する大野友さん。2020年に修士課程修了後は防災や教育、認知症の方が暮らしやすい街のデザインなど、社会課題をデザインの力で解決していくNPO法人issue+design (イシュープラスデザイン) に参画している。また、小中学生を対象にしたジュニアドクター育成塾 「KEIO WIZARD」 のプログラムや、大手生命保険会社におけるDX推進人材の育成プロジェクトなどを推進しつつ、「コンピュータ支援型協調学習」 や 「自己調整学習」 の研究に取り組んでいるという。

という教育や人材育成に関わってはいるものの、それぞれ異なる立場のメンバーが揃いディスカッションが進められていった。

人や状況によって異なる「教育の目的」

ディスカッションの最初のテーマとして、モデレーターの海野さんが、「SDMでいう “システム” とは、ある目的に対して複数の要素が相互作用して成り立つものです。そう考えたときに、『教育の目的とは何か』『その目的は誰がどうやって決めているのか』」 という問いを投げかけた。

これに対し成田さんは、先に述べた 「必ずしも “善の組み合わせが最大の善にならない”」 背景として、関わる人たちがそれぞれ違う目的を持っていることを指摘する。たとえば、保護者であれば 「良い大学に入ってもらいたい」 という目的かもしれないし、自治体であれば 「地元で活躍できる人材を育てたい」 かもしれないし、国の立場であれば、「将来新しい産業を担える人材を育成する」 や 「テクノロジー人材を増やす」 といった目的がある。

最終的なゴールは同じかも知れないが、途中の目標や期待は大きく異なる。ここをどうすり合わせていくかが本当に難しいが、「教育の目的は人や状況によって異なる」 ことを理解することは重要と説いた。

博士学生の成田忍さん
 Ed-tech系ベンチャーの IGSの役員を務めている

この点については、企業の中で研修などにも携わるモデレーターの海野さんも 「企業によっても “こういう人材を育てたい” という目的が異なります。目的に合わせたカリキュラム設計や、参加者をどう選定するといった点が非常に重要なポイントだと思います。」 と同意した。

また、大野さんは、数十年前までの学習指導要領は、数学なら 「二次方程式が解ける」、国語なら 「この漢字を書くことができる」 といった知識の習得が学びだとされていたが、現在では、未知の状況に直面したとき、どのように問題を特定し向かい合うかといった 「特定の科目に縛られない横断的なスキル」 に重きが置かれているという。

こうしたスキルは 「コンピテンシー」「資質能力」 と呼ばれ、大野さんの取り組むジュニアドクター育成塾 「KEIO WIZARD」 はこうした能力を伸ばすためのプログラムだ。

大野さんは 「“全体を俯瞰して見る力”を重視しています。自分が興味を持った領域だけで物事をとらえるのではなく、その原因や背景が他の領域との相互作用や、人とのつながりの中で生まれていることを理解する。さらに、未来を想像しそれを形にするためにアイデアを出す力を養う。そうした力を伸ばすことに重点を置いて取り組んでいます」 と語った。

難しい「教育の効果測定」とサポートを得られる仕組みづくりの可能性

議論が進む中で、海野さんは 「学校教育や企業研修など、さまざま場面がある中で、教育を受けるターゲットによって目的や方法が変わってくると思います。また“教育の効果” をどう図るのか?については効果を捉える“時間的な側面” も関係するので非常に難しいのではないでしょうか」 という問題提起が出た。

まさにこの 「教育の効果測定」 に苦労しているという大野さんは、企業における研修は投資にあたるため、その成果を数値などで明確化する必要が求められるとする一方、対象が小学生から中学生と幅広いKEIO WIZARDのような長期的な視点においては、効果がすぐ現れる場合もあれば、何年か経って初めて表れる場合もある。

そこで大野さんは、自身の研究の中で、教育の成果を ①自己評価、②メンターなどによる他者評価、③プログラムの前後における行動変化の自己記録、の3つを総合的に見て判断するロジックを構築、研究を進めているという。

企業研修が成果を求められる点については、成田さんも同意する一方、学校教育の問題点をこう指摘する。「学校教育は、小学校6年間、中学校3年間といった具合に区切りが定められており、これは制度や大人の都合によって効率的に設けられた枠組みとも言える。この区切りによって、子どもによっては「決められた期間でできなかった自分はダメなのでは」と感じてしまうこともある。」 

これに対し納谷さんは、慶應横浜初等部では私学で一貫教育のため、子どもたちが自分の好きなことに集中できる環境があることが紹介され、議論は公立などの教育現場において民間から資金を集めるといった方策の実現性に移った。

慶應横浜横浜初等部で職員を務める修士学生の納谷洋平さん

「それが分かれば、うちの会社はもっと儲かっている気もしますが・・・」 と笑う成田さんは、初等教育や就学前教育は、その子の将来を左右するほど大切な領域だが、リターンを選るまでに時間がかかりすぎるため、企業や民間からの資金が最も入りにくいという。

そこで成田さんは、企業が必ずしも “子どもからの直接的な回収” をしなくてもよい仕組みづくりを目指し、国際機関とも議論を重ねている。具体的には、日本企業がカンボジアなどに進出する際、その国の資源を利用する代わりに「人材育成や初等教育に数千万円、あるいは数億円を投資する」ことを条件にする。つまり、国が企業を迎え入れる条件に教育投資を組み込む形だ。

生成AI時代の教育・学び方の変化

セッションの終盤に差し掛かり、話題は学び方そのもののアップデートへ。納谷さんは 「体験重視」 へのシフトで教師の役割が 「一方的に教える存在から、子どもの学びを伴走するコーチ」 のうような存在になっているとした。その象徴とも言えるのが、小中高大横断の 「X-ship Camp」 の取り組みだ。現場での挑戦を通じてリーダーシップやフォロワーシップを体得させる。昨年は “役割の循環” を設計し、普段手を挙げない子にも意図的にリーダー経験を回すことで、底上げと包摂を両立させた。失敗は叱責の対象ではなく、学びの足場として歓迎される。

大野さんは教育における二つのトレンドを紹介した。一つ目は 「プレイス・ベースド・エデュケーション (Place-Based Education)」 と言う概念。「その山でしか得られない生態に触れる体験は、知識が瞬時に手に入る時代ほど価値を増す」 という考え方だ。

そして二つ目は、“あえて失敗を経験させることで深い学びを得るというアプローチ”。正解を出せることに重点が置かれてきたこれまでの教育とは異なり、あえて誤答をさせその誤りを振り返ることで、より本質的な理解につなげるという方法だという。

たとえば、小学生の算数で 「160人います。40人乗りのバスが何台必要でしょうか」 という問題なら、「160÷40で4台」 と正しく解けるが、「160人います。バスの運転手さんは35歳です。バスは何台必要でしょうか」 という問題を出すと、中には 「160÷35で5台ちょっと」 と答えてしまう子がいる。そのときに、「そもそもバスには何人乗れるんだっけ?」 と問い直すことで問題の本質に立ち返ることができるという手法だ。

これこそがまさに 「自己調整学習」 における 「計画→実行→省察」 の循環を、課題のデザインで引き出す試みだといえよう。

博士課程に在籍する大野友さん
社会課題をデザインの力で解決していくNPO法人issue+design に参画するほか、小中学生を対象にしたジュニアドクター育成塾 「KEIO WIZARD」 のプログラムも担当する

また成田さんは、生成AIの登場によって 「そもそもこれからの時代プログラマーが必要なのか」 という現状として、たとえばインドでは大学を卒業しても就職できない人が増え、街には失業者が目立つという。こうした状況を踏まえるとこれまでの学びが、生成AIで代替されてしまうときに、「人間が学ぶべき知とは何か」 という議論が増えてきたと語る。

さらにこうした流れは、ここ日本においても、不登校や通信制の増加、企業などと連携した “お笑い” や “eスポーツ”、“ゴルフ” をはじめとした特化型のカリキュラムの登場など、学びの形態も価値観も、大きく変わってきていると紹介した。

教育をサインエンスやエンジニアリングの領域へ―SDMで教育研究を行う意義

セッションの最後に行われた質疑応答では、「クラスを開講すると、エースプレーヤーは全体の1割ほどで、残りの参加者は裏方や支援に回るという傾向がありますが、KEIO WIZARD では、“エースを世界レベルに育てること” に集中するのか、あるいは “全体のバランスを考えるのか” など、どのように設計されているのですか?」 といった鋭い質問が投げかけられた。

この質問に対し、成田さんは、DARPAという縦軸に 「科学が必要かエンジニアリングか」、横軸に 「社会的に必要と認識されているかどうか」 をとって四象限に分ける組織のフレームワークを紹介。たとえば 「社会的にまだ認識されていない、かつ科学が必要」 なら基礎研究でそこは国家が投資すべき領域だ、という整理だ。さらに 「企業においてトップ人材を抽出するのがタレントマネジメントだとすると、より広い裾野を支える教育を担うのは行政な役割は大きいと思います。これらを1プレイヤーでカバーするのは不可能です。それぞれ役割分担して取り組む必要があります」 と続けた。

海野さんも、「地方銀行の立場で考えると、社内的にはトッププレーヤーを育てたいという思いがありますが、一方で地域の人材育成は幅広く人を育ててこそ、新しいものが生まれてくると感じています。」 と同調した。

また、大野さんも 「結論としてはバランスが大事」 と続き、「システムエンジニアリング的に捉えると、これはまさにシステム・オブ・システムズの考え方」 とし、単独ではなく別の領域で特化した機関と連携することで、お互いの強みを掛け合わせていく発想の重要性を強調し、納谷さんも義務教育の観点から 「基本的には目指すべきは全体の底上げ」 とした。

ここで、神武教授からも 「ここにいる4人は“教育学”ではなく“システムデザイン”をやっている。短期で測り切れないからこそ、面白さも難しさも大きい」 と総括すると、「研修の学びを現場へ移す」 研究テーマにしている海野さんは、「“自分のシステムはどのような場で使われるべきなのか” 改めて考えながら研究を進めていきます。」 と決意を語り、成田さんは、「教育における “教え方” “人の仕組み” “場” といった複数のレイヤーでもっとも予測困難な “人の相互作用” を、心理学とエンジニアリングで橋渡しする」 挑戦を続けると語った。また大野さんも 「教育は人を内包するシステム。同じ刺激でも反応が違う。その “再現しにくさ” を、アートの域に留めずサイエンスへ引き上げるのがSDMの貢献」 と結んだ。

教育や研修を 「システム」 として捉える視点は、個別の現場を超えて共通する課題を照らし出す。変化の激しい時代において、学びのデザインは未来を形づくるための重要な研究であることが改めて示されたセッションとなった。


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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/