EVENT | 2025/06/06

月面経済圏の発展と日本の挑戦
― 激動する宇宙開発の最前線

Interop Tokyo 2024 基調講演 「月面経済圏の発展とその可能性」
2025年6月12日(木) 14:15~14:55

文・構成:徳重龍徳 写真:平野安健 編集:カトウワタル(FINDERS編集部)

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インターネットテクノロジーイベント 「Interop Tokyo 2025 が6月11日から13日にわたって千葉・幕張メッセで開催される。昨年に引き続き、今年も目玉のひとつとなるのが宇宙とインターネットに特化した講演やパネルディスカッションを集めた特別企画 「Internet x Space Summit」 だ。第一線で活躍する研究者、大学、企業によるセッションなどを通じて、宇宙に広がるインターネット市場について共有する。

ますます注目を集めている宇宙産業。特に月面関連の取り組みでは、米国で第2次トランプ政権になってから大きな動きが出ているほか、中国の台頭と話題に欠かない。今後世界、そして日本の流れはどうなるのか。「Internet x Space Summit」 で基調講演 「月面経済圏の発展とその可能性」 のモデレーターを務めるPwCコンサルティング合同会社 (以下、PwCコンサルティング) 宇宙・空間産業推進室榎本 陽介さん、下斗米 一明さん、加藤 松明さんにお話を聞いた。

PwCコンサルティングのグローバルな宇宙ビジネス推進

--まずPwCコンサルティングの宇宙・空間産業への取り組みを教えてください。

榎本:PwCコンサルティングでは、2018年に宇宙ビジネス向けコンサルティングチームを立ち上げ、活動を続けています。現在、PwCフランスを中心に5地域14ヶ国に宇宙ビジネスチームが立ち上がっており、グローバルで連携して取り組みを推進しています。

月面関連では、2021年9月にPwCコンサルティング フランスを中心に月面市場調査レポートを執筆・発刊し、様々な関連機関・組織でご参考いただいています。現在、日本とフランスのチームで連携し、続編となる第2弾の調査レポートの執筆も進めており、今夏公開予定です。

今回の鼎談ではトランプ2.0も踏まえた米国の動向のみならず、中国や中東の動向、それらを踏まえて日本の動向や今後どのような取組が進むのか、PwCコンサルティングの宇宙ビジネス・地政学の専門家の2人と議論できればと思います。

PwCコンサルティング シニアマネージャー 榎本 陽介 氏

アルテミス計画と日米の宇宙戦略

--榎本さんのお話に上がったアメリカの動きとは具体的にどういうものなのでしょうか。

下斗米:トランプ大統領は2017年の第1期政権から宇宙を重要視し、アルテミス計画という月面探査の国際プロジェクトを立ち上げ、月面に拠点を築く構想を推進しました。第2期政権でも、アルテミス計画は継続しますが、月面だけでなく火星を目指した動きを加速させているのが今回の特徴です。ここにはイーロン・マスク氏の影響も大きく、トランプ大統領は任期中に有人火星探査、少なくとも火星の軌道上に人を送ることを目指しています。

最近発表された予算教書では、トランプ政権の宇宙政策の概要が明らかになりました。トランプ政権の大きな柱の一つが予算の縮小であり、NASAの予算は全体で約25%削減されています。その中で唯一予算が増えているのは有人宇宙飛行分野です。これはアルテミス計画、さらに有人火星探査へ向けた予算増と考えられます。

一方で、科学研究は50%も削減され、地球観測や科学教育の予算も削られています。これは商業化、民間主導の宇宙開発を進めるというトランプ政権の強い意志の表れです。NASAは民間では難しい分野に注力し、民間にできることは民間に任せる方針が明確になりました。

アルテミス計画においても、従来のSLSロケットや宇宙船 「オリオン」 に代えて、「スターシップ」 へと取り替えていく。また、月周回基地 「ゲートウェイ」 を廃止して、地球から打ち上げ直接月面に着陸させることが強く打ち出されていました。

榎本:日本もアメリカと一緒に 「アルテミス計画」 に参画しています。日本としては、どのようなところを目指して動いていますか。

加藤:日本ではJAXAや国が中心となり、基本的には国際的に連携しながら推進していくという立場で、アメリカや欧州との連携を保ちながらやっていくことで進められてきました。このスタンスは現在も変わらないと考えています。この流れに加えて、さらに月探査技術をJAXAや国だけでなく、民間の活力も活用しながら進めていこうという流れが近年盛んになっています。政府が策定した宇宙技術戦略や、昨年度からJAXAに設置された宇宙戦略基金でも、民間の持っている力を引き出そうという動きが見えています。

長らく宇宙分野で研究開発の立場から取り組みを見てきた立場からすれば、月で活動を行うために必要な技術と現在の技術には必ずギャップがあると思いますし、そのギャップを見定めて、埋めていくことが重要だと思います。特に日本が宇宙技分野で得意としてきた技術や非宇宙分野で強みを持つ技術を、このギャップにあてはめて、をしっかり伸ばしていくことが宇宙技術戦略や宇宙戦略基金の役割だと考えています。

PwCコンサルティング マネージャー 加藤 松明 氏

榎本:日本はかなり早い段階からアルテミス計画には参画していましたが、アメリカは日本のどんなところを期待しているんでしょうか。

下斗米:我々PwCコンサルティングのチームでトランプ政権第1期の米国家宇宙会議事務局長だったスコット・ペース氏へ取材を行った際には、日本の月面ローバーや、ゲートウェイの居住スペース、生命維持装置技術などへの期待が大きいことがわかりました。仮にゲートウェイが廃止されても、居住モジュール技術は月面基地にも応用できるため、日本への期待は変わらないと思います。

榎本:ゲートウェイが廃止された場合、日本にはどんな影響があるでしょうか。

加藤:仮にあった場合、既にJAXAでもゲートウェイを目指した技術開発のプロジェクトはいくつか進んでいるので、そこへの影響はあると思います。ただし、例えば生命維持や閉鎖環境廃棄物の再利用技術などは、宇宙で人間が活動する上では必須の技術です。またゲートウェイという狭い空間の中でそれらを効率的に行うための小型化技術は日本が得意とする分野です。その技術のコアは何かを見定め、様々なミッションにどう当てはめていくかということを考えることが、色々と揺らぎが大きな中でも日本の技術戦略としては重要な考え方になると思います。

米中対立や中東の台頭・・・国際連携の可能性は?

榎本:月面に関しては、中国の動きはどうでしょうか。

下斗米:現在の世界の宇宙開発競争の根底には、中国の台頭があります。トランプ政権が今回、大きく舵を切った背景にも中国に対し技術的優位を保ちたいという思いがあります。アメリカを中心とした 「アルテミス計画」 陣営には日本や欧州、最近はインドなど新興国も参加し、大きな連携ネットワークを形成しています。

一方で、中国はロシア、パキスタン、エジプト、ベネズエラなどの他、途上国との連携拡大の動きも見られます。2030年には中国として月面への有人着陸を目指しています。さらに2035年までにロシアと月面基地を建設し、ロシア製の原子炉で電力を供給するとアナウンスをしています。

榎本:中東の動向はどうでしょうか。

下斗米:トランプ大統領は最初の外遊先として中東を選び、巨額の対米投資を引き出しました。またイーロン・マスク氏を含むテック業界のCEOを同行させ、様々なビジネス取引を行いました。その中にも宇宙に関するものが入っていたようです。

PwCコンサルティング ディレクター 下斗米 一明 氏

脱炭素・脱石油が至上命題である中東諸国にとって、宇宙技術やAIなど世界をリードする技術を持つアメリカとの提携は重要です。サウジアラビアのムハンマド皇太子の国家改革 「ビジョン2030」 でも科学技術が最優先されており、今後アメリカとの宇宙分野での連携が進むと思われます。

榎本:加藤さん、日本として中国や中東の国々との関わり、特に探査領域ではどうなのでしょうか。

加藤:宇宙という視点というよりは、日本と中国という関係の中で、経済安全保障などの文脈から技術交流をどのように進めていくのかは非常に慎重に考える必要があるのではないかと思います。先ほど申し上げた通り、コアとなる技術は広い適用可能性を持っているからです。一方で中東との関係でいえば、UAEとは、2020年にUAE初の火星探査機をH2Aロケットで打ち上げた他、2024年にはUAEの小惑星帯の探査ミッションである「Emirates Mission to the Asteroid Belt(EMA)」について、日本と事業者と打上げ輸送サービス契約を締結しています。PwCのグローバルの宇宙チームからの情報では、中東では若い世代が大学などで宇宙技術、衛星システムなどの技術を学ぶ意欲が非常に強くなっていることや、宇宙関連法の整備を急速に進めたり、ヨーロッパの小型衛星企業の製造拠点を誘致したりなど、宇宙に関する動きが活発になっています。そうした動きを捉えると、日本がこれまで培ってきた技術の活用や、探査などのミッションを連携して実施していく可能性はあると考えています。

榎本:日本として今後の月面開発の可能性について、お2人はどう考えていますか。

下斗米:ロケット打ち上げにおける価格破壊により、欧州や日本もコストなど自国の競争力を高めるための見直しを迫られています。一方で民間レベルでの連携機会も増えています。国際宇宙ステーションは2030年に退役しますが、代わりに商業宇宙ステーションの計画があり、日本企業もアメリカ企業と協力して参画しています。日本のベンチャー企業もNASAの宇宙輸送プログラムに参加しています。こうしたコラボレーションは民間移行が進む中で増えていきますし、リスクだけでなく、チャンスも見据えることが重要です。

加藤: 宇宙開発の流れを見ると、最初はサイエンス、人間の知りたいという欲求から始まりましたが、その後経済圏が出来上がるという流れです。昔は研究対象であった低軌道も今や経済圏になっています。月面も同様に、サイエンスから経済へと移行しつつあるのではないかと感じています。

月面における経済活動を創出するためには、輸送コストなど多くの解決すべき課題がありますが、その課題を技術や国際協力で解決していく新しいチャレンジの場としてとらえれば、面白い領域と感じています。月面を開発すること自体は巨大かつ複雑なシステムを開発していく超大型なプロジェクトなので日本がすべてを担うことは現実的ではありませんので、日本として何に取り組むかを産学官民が連携して決めていくことが重要と考えています。月面の経済圏については、内閣府宇宙開発戦略推進事務局からは2025年3月に「月面活動に関するアーキテクチャの検討」についての検討結果が報告されており、PwCコンサルティングとしてもこのような政府の検討を踏まえながら、取り組むべき技術の識別や産学官の協力体制の構築などに貢献していければと考えています。

月面ビジネスで広がる日本企業の新たなチャンス

--月面がビジネスの場へと転換した場合、どのような日本企業にチャンスがありそうですか。

加藤: 輸送、材料・プラント、生命維持などの分野に日本企業のチャンスがあると考えています。輸送の面では、スタートアップによる2025年6月の月面着陸を控えている他、資源の活用については、材料技術やプラントなどは日本企業が得意とする領域と考えていますので期待しています。また、生命維持システムも、日本がISS(国際宇宙ステーション)で培った知見を活かせる分野です。個人的にはエネルギー分野の企業にも参入してほしいと考えています。月は2週間ほど太陽が全く当たらない状況となり、何もしないと非常に低温になってしまい、機器の故障リスクが高まります。そのため、エネルギーの確保・効率化、保温など、月の環境に即したエネルギーマネジメントの技術があれば、月面活動や開発が格段進展するのではないかと考えています。

下斗米: 最近はゼネコンが月面のインフラ建設などに関心を示しています。時間軸とともにフェーズが変わり、最初は輸送、次に現地での資源活用、データ収集、インフラ建設と進んでいきます。現在、ゼネコン、プラント系、エネルギー・資源系など様々な業種が月面開発に関心を示しています。

榎本: 我々が今夏に発刊予定の月面調査レポートでも、市場投資の多くは輸送が占める分析結果となっています。輸送部分を握ることが市場でプレゼンス発揮に繋がる部分があると思います。また地球と月では環境面で異なる側面はあるものの、月でのインフラ開発については地球上でのインフラ開発と同様に様々な業種・業界の企業に参入の機会があると考えています。国・政府の掲げる指針や支援の元、産業界がアカデミア領域と連携しながら、産官学が三位一体となって推進していくことが肝要になると考えています。 月を取り巻く環境はアメリカの動向も含めて激動の時代を迎えておりますが、逆に今こそ産官学の連携により、日本独自の道を考える良いきっかけだとも思います。我々PwCとしても各セクターと連携しながら進めていければと今回の鼎談で改めて認識しました。

「Internet x Space Summit」 の基調講演 「月面経済圏の発展とその可能性」 では、我々が用意しているレポートにも触れようと考えています。またJAXAの春山純一先生、東京大学の佐藤淳先生をお迎えして、月面のサイエンスの話をお聞きしつつ、今回お話したような国際的な動き、さらにビジネスにフォーカスしたお話ができればと思っています。

さらに、Interop 展示会場内のセミナールームでは、6月11日(水) 13:40~14:00に株式会社スペースシフト CBO(最高事業責任者) 多田 玉青さんとのセミナー 「[サステナビリティ×人工衛星] ネイチャーポジティブを実現する、ランドスケープベースドソリューション」 を、6月12日(木) 14:40~15:00には持続可能な宇宙環境を目指す株式会社アストロスケール MD Office・Cyber Security Manager 八木 晴信さんによる 「「宇宙×セキュリティ」持続可能な宇宙環境を目指すアストロスケールが見据えるサイバーセキュリティの方向性」 を、さらに最終日の6月13日(金) 13:40~14:00には 「トランプ政権2.0と日本の国際宇宙政策・協力」 と題し、外務省 軍縮不拡散・科学部長/ジョージワシントン大学 宇宙政策研究所 客員研究員 中村 仁威 をお招きしてのセミナーを開催しますので、ぜひ会場へ足を運んでいただければと思います。


Interop Tokyo 2025
会期:2025年6月11日(水)~13日(金)
会場:幕張メッセ(国際展示場 展示ホール4~8 / 国際会議場)
主催:Interop Tokyo 実行委員会
運営:(一財)インターネット協会 / (株)ナノオプト・メディア
参加費:無料(展示会・講演) WEBからの登録制・会期3日間有効

公式ホームページ

https://www.interop.jp/

基調講演 「月面経済圏の発展とその可能性」

2025年6月12日(木) 提供:PwCコンサルティング合同会社
Panelist
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙科学研究所 春山 純一 氏
東京大学 準教授 佐藤 淳 氏
Moderator
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 榎本 陽介 氏


展示会場内セミナー
提供:PwCコンサルティング合同会社

 「[サステナビリティ×人工衛星]
ネイチャーポジティブを実現する、ランドスケープベースドソリューション」
2025年6月11日(水) 13:40~14:00 展示会場内RoomD (7B32)
Speaker
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャ 服部 徹 氏
株式会社スペースシフト CBO(最高事業責任者) 多田 玉青 氏

「「宇宙×セキュリティ」
持続可能な宇宙環境を目指すアストロスケールが見据えるサイバーセキュリティの方向性」
2025年6月12日(木) 14:40~15:00 展示会場内RoomD (7B32)
Speaker
株式会社アストロスケール MD OfficeCyber Security Manager八木 晴信
Moderator
PwCコンサルティング合同会社Trust ConsultingManager神田 健生

「トランプ政権2.0と日本の国際宇宙政策・協力」
2025年6月13日(金) 13:40~14:00 展示会場内RoomD (7B32)
Speaker
外務省 軍縮不拡散・科学部長/ジョージワシントン大学 宇宙政策研究所 客員研究員 中村 仁威
Moderator
PwCコンサルティング合同会社Technology Laboratory/PwC Intelligence ディレクター 下斗米 一明 氏