CULTURE | 2022/02/18

マイクロソフト8兆円買収の目的と背景を現役ゲーマー弁護士に聞いたら、予想もつかない答えが返ってきた【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(12)

聞き手・文・構成:Jini
1月18日、マイクロソフトはゲーム企業大手Activision Blizzardを、総額6...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

何故Microsoftは8兆円規模の買収に踏み込んだのか?

――やはりMicrosoftがActivision Blizzardを買収した目的は何なのか、という点が気になりますよね。

松本:どのような経緯でActivision Blizzardの買収に至ったのか、当然私は推測でしか話せませんが、Microsoftはここ数年前だと「Mixer」という配信サービスをローンチをしたり、あるいは「Discord」の買収報道が出たりなど、非常にゲームに近い領域のビジネスに手を伸ばしたことは間違いないと思います。そして、今後の主力領域としてゲームを重要視していたのは間違いないという中で、本家本元、一丁目一番地であるところの、ゲームを開発する力を持つ企業を買収するというのが、昨年6月のBethesdaにはじまる一連の買収の目的だったのではないかと思います。

――なるほど。ただ、MicrosoftはMixerをローンチしてもあまり上手くいかず、Discordの買収も結局行いませんでしたね。

松本:Discordに関してはSIEと提携するという話になりましたね。

――外堀を埋めようとして上手くいかなかったから、直接パブリッシャーの買収したとも解釈できますよね。

松本:ひょっとすると、全て戦略として別の柱で動いていてパブリッシャーも取りに行くという話だったのかもしれません。いずれにせよ、その領域を取りに行くという意志が間違いなくあるというのは、すごく重要なメッセージなのではないかと思います。

――ゲーム事業の拡大という目的まで理解できましたが、実際Microsoftは買収によりどんなメリットを得られると思いますか?

松本:シンプルにビデオゲームは利益率が非常に高い、あるいは成長率が非常に高い事業であるというのが、一番のメリットではないかと思います。一つ一つのゲームが持つ力や収益力は、今大きく注目されています。特に「Game as a Service(GaaS)」と呼ばれる、長期に渡って運営され、ユーザーが毎月お金を投下するというタイトルが台頭しはじめたことで、プラットフォームに次ぐ収益として注目されています。

さらにesportsの文脈で言えば、リーグを作ってそれをエンターテイメントとして別途収益化をするなど、ゲーム一つで収益をさらに生みだす手段も増えた。そうすると、Microsoftに限らず「そういった企業の株式を買い集めて収益を上げる」というのは自然な考え方だと思います。

――Activision Blizzardには運営型ゲームとして『Call of Duty』や『Overwatch』といったタイトルがありますよね。特に、Blizzardはその形式の元祖のような企業ですから、新しいゲームビジネスにも多角的な対応ができるのではないかと考えられます。とは言え、やはりシンプルに経済的な利益を期待できるというのが大きいのですね。

松本:それは大前提としてあるように思います。ただ、その8兆円の分の金額を取り戻すためには、より収益力を高めないといけません。そのためにXboxとActivision Blizzardの組み合わせ、いわゆる双方のシナジーがこれまで以上に収益を上げるポイントを作る、ということは念頭に置くべきだと思います。

――「Xbox Game Pass」等の新サービスに組み込む、といったシナジーですよね。逆に、Activision Blizzardの一部である「キング・デジタル・エンターテインメント(King)」は、『キャンディークラッシュ』など、Microsoftの存在感がないモバイルで莫大な利益を得ています。自分たちが苦手な分野を補う目的もあるのでしょうか。

松本:確かに、モバイル領域だとMicrosoftの存在感は強いわけではありません。Appleの他にも、日本でも余力がある企業もあります。そういったところにパブリッシャーという形で食い込むことで、もう少しMicrosoftを売り込むような「楔」を作ることも考えているかもしれません。

――単純に利益を出しながら、自社とのシナジーがあり、しかも他分野へ進出する橋頭保にもなる。それをたった一社の買収で得たわけですね。とはいえ、やはり8兆円は大きな出費ですよね。そもそも、今回の8兆円という額は、1株を95ドルで買う前提での額でした。元々同社の株価は大体65ドル前後だったので、ほぼ1.5倍で買い付けられましたが、この価格は適正なのでしょうか?

松本:少なくとも日本のM&Aの実務では、株主が持っている価値に50%上乗せして買収するというのは、高くも安くもない自然な範囲の金額に収まっているように思います。

――なるほど適正なんですね。ただ元々65ドルという株価は、セクハラ等の労働問題が噴出し、カリフォルニア州当局の追求という問題が浮上した結果に依る金額でした。このリスクをどう評価しますか。

松本:Activision Blizzardの市場価値が下がったところに、Microsoftが目を付けた可能性は大いにあります。株価の算定の部分について、例えば「一時的な冷え込みがあっただけだからもっと高い額でいける」とか、そういった議論が起こったかもしれません。ただ、Activision Blizzardの大株主がテンセントですので、Microsoftの中ではある程度価格について合意がされていると考えると、他の株主も追随するような気もします。

――確かにテンセントは5%保有する大株主ですね。同じゲーム業界の競合であるテンセントの同意を確信できる何かがあったと。

松本:また労働環境などの問題に対しても、Microsoft、Activision Blizzard間の合意の中に「どう修正するか?」ということは含まれているのではないかと推測しています。当然、Microsoftとしても、問題は看過できないので全部洗い出して綺麗にしたうえでやっていく必要があるということだと思います。これは憶測報道でしかありませんが、今回の案件が公表される直前にActivision Blizzardで結構な数のリストラ・解雇が出たという話もあります。これらは、この取引と関係する取り組みだったのではないかと思っています。

次ページ:加速するゲーム業界のM&Aの背景にあるもの