CULTURE | 2023/10/17

SNSで吹き荒れる「川口市のクルド人問題」を「体感治安」から捉え直す 倉本圭造×橋本直子対談(後編)

連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」特別編

文・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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外国人が怖いと感じる「気持ち」は「差別主義者!」と糾弾しても解消しない

倉本:あと、これは橋本さんはちょっと合意しづらい、保守派寄りの意見かもしれなくて、話を無理に合わせていただく必要はないんですが、川口市のクルド人問題をSNSで紛糾させている層の「気持ち」を代弁するなら、どうしても避けられない問題について話したいことがあるんです。

「保守派側の人」あるいは「普通の大衆」的な感覚から言っても、「警察力」の通用のさせ方みたいな話が結構重要な分水嶺になるように思うんですね。

やはり日本人と同じ秤ではかられる「警察力」みたいなものをある程度平等に運用されているのだと周知することも、「差別しない」ために大事じゃないかと思うところがあります。

橋本:それはいわゆる「外国人犯罪」に関して一般世論が持っている印象とも関連すると思うのですが、私もこの問題はとても重要だと常々思っています。なので、日本におけるいわゆる「外国人犯罪」については毎年法務省が発表している「犯罪白書」をいつも注意して見ているんですが、結論から言うと、「外国籍を有する人の方が日本人よりも凶悪犯罪を犯す可能性が高い」ということを示すデータは無いんです。少なくとも、公開されている統計資料からはその傾向は読み取れません。

日本に中長期に滞在する外国籍を有する人の数は戦後、コロナ禍や東日本大震災直後を除いては一般的にずっと増加傾向にありますが、最近の刑法犯外国人検挙人員数はほぼ横ばい、ないし微減しているんです。要するに「外国人が増えると治安が悪くなる」というのは、公的データや統計に基づかない単なる妄想に過ぎません。

世間を震撼させるような事件が起きる度に、「犯人は外国人だったのでは」というデマが必ずかなりのボリュームで流れますが、それは単なるイメージでしかなく、もっと言うと、日本人が外国人に対して持つ「差別意識」を逆に反映しているだけ、と言えるかもしれません。

倉本:確かに、「近頃は世の中も物騒になって」とかみんな言ってるけど、統計的には日本社会は昭和の頃より断然安全で犯罪の少ない社会になっている、というのはよく言われていることですよね。「外国人の犯罪率」についても同じような誤解があるってことなんですかね。

そういえば川口市自身が、市内の刑法犯認知件数は年々減っていて、イメージと違って川口市の実際の「治安」は悪くなっていないという発表をわざわざしているのも見かけましたね。

広報かわぐち(2023年10月号)より

まあこういう統計がネットの論争の終止符になることはまずなくて、「市」レベルの統計は「各地区の実像」を均して消してしまっているんじゃないかとか、そもそも日本人と同じ基準で取り締まれてないから数字に現れないんじゃないかとか、いくらでも言えますし、「刑法犯」として認知される手前の「通報」のレベルにおいては実際にある程度増えているといような指摘もネットで見たことはあります。

とはいえ市内全域で見た時に「治安が強烈に悪化」などという状況でないことは明らかだと言っていいようですね。

橋本:ただし、ここまではいわゆる科学的な統計に基づくことですが、一般的な日本人の感覚としては、恐らく外国人慣れしていないという歴史もあり、「頭では分かっていても、何となく外国人って怖いって思っちゃうのよね」というのが本音なのかもしれません。それを単に「はい、レイシズム!」と糾弾しても解決にはならない。

恐らくこの辺りは、実際に罪を犯すかどうかという問題ではなく、「体感治安」みたいなものなんだろうと想像しています。人間、よく知らない人、よく知らないものには、一定の警戒感を持つのも自然なことですから。

これを解決するには、日本人として外国人住民とのコミュニケーションを積極的に取っていって、近隣に住む外国人がどういう人なのか、実際に個人的に知り合うということが大事だろうと思います。そのためには、どうしても外国人住人側に、日本語が話せるようになってもらわないといけないですけど。中編で紹介した通り、カナダの移民局の職員が「一に言語、二に言語、三四が無くて、五に言語」と言っているわけです。

倉本:なるほど!それはすごく重要なコンセプトだと思いました。

つまり、データを見れば「治安」自体は悪くなっておらず、今川口市のクルド人で問題になっているのは「体感治安」の問題なんだと。

しかしそこで、「体感治安」など妄想にすぎないのだからそれを気にするようなヤツは差別主義者だ!というようにハネつけてしまうのではなくその「気持ち」は受け止めたうえで、「体感治安の改善策」自体を考えていく必要があるのだ…というのは、この問題についてどちら側に立っている人にも納得しやすいメッセージだと思います。さすが橋本さん!と思いました(笑)。

橋本:実は、イギリスのEU離脱(ブレグジット)国民投票の結果でも、「外国人住民比率がより低い自治体の方が、離脱投票率が断然高かった」というデータが出ました。要するに、実際に外国人から被害を被っている人ではなく、よく知らないから、あるいは極右政治家に踊らされて、「今後、何か被害を被るんじゃないか」と疑心暗鬼になった人達が離脱票を投じた、ということです。

またBBCが一度面白い実験をやったことがあって。「ムスリムなんぞ全員追い出せ!」というかなり極右思想を持ったイギリス人に、すぐ近所に住むイスラム教徒のアフマドさんと数カ月断続的にお互いの家でお茶したり、一緒にフットボールを見に行ったり、色々な活動を一緒にやってもらったんです。その結果、「いや俺はまだイスラム教徒は大嫌いだ、だけどアフマドは例外だ」となったと。類似の例は他にも沢山あります。

倉本:そういう「リベラル的な理想」なんかそもそも信じていないタイプの人たちの間における、ナマの人間関係における改善というのは非常に重要ですね。

経営コンサルがある会社に関わるとか、あるいは会社を買収して統合するみたいな話のときに、「現場の良心さん」と僕が呼んでいるような層まで共感してもらえるかどうかが、非常に重要だなと感じています。

ともすれば、「新しいやり方」を導入したい勢力と「反対派・保守派」に分かれてしまいかねない状況でも、その集団の「現場レベル」において人々の信頼を受けている顔役みたいな層の価値観までリーチできるかが重要なんですね。

その「現場の良心さん」として信頼を受けているタイプの人に納得してもらえれば、「改革派の内輪だけの話」ではなくなって「その会社全体」を巻き込むことができる。内心変えたくないと思っている人はいるでしょうけれども、そういう人たちに「場」を支配させないように持っていける。

そのBBC実験の例でいえば、「イスラム教のことはあまり好きじゃないままだが、同じサッカーチームを応援してるアフマドのことを悪く言うヤツは許さねえ」というような、「リベラルの理想では“ない”ところから出ている文化統合の機運」をいかに丁寧に引き出していけるかが大事ですね。

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