CULTURE | 2023/10/17

SNSで吹き荒れる「川口市のクルド人問題」を「体感治安」から捉え直す 倉本圭造×橋本直子対談(後編)

連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」特別編

文・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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「多文化共生」から「社会統合政策」の時代に向かって

倉本:そろそろ、全体のまとめ的な話に入りたいと思います。

多分、過去20年の政治状況を考えると、世界中に「敵が全部悪い」と糾弾しまくるだけで終わりみたいなムーブメントが世界中に吹き荒れていた時代だと言えると思うんですね。結果として、「あまりに非妥協的な理想を主張する人たち」VSと「それに対する非エリート・非インテリ層の徹底的なバックラッシュ」みたいな時代が続いてきた。

結果として、そして20年後の今、どうなっているかというと、中国やロシアを始めとして「欧米の理想」が人類社会の半分から全拒否にされてしまいかねない状況になってますし、北欧欧州の極右政党やアメリカのトランプ派、もっと言えばQアノン的な人たちまで、「嘘くさいインテリの言うことの全部逆をやってやる!」と徹底的な情熱を燃やしている人たちが何億人というレベルで世界中にいる。

その間、日本はそういう「欧米内におけるリベラルの先鋭化のトレンド」からは距離を置き続けてきて、それが批判されることも多かったですよね。でも、人類社会全体がここまで分断されてしまう現状を考えると、そういう「過去20年のトレンドから距離を置いてきたこと」自体の価値というのが、見直される時代が今後来ると私は考えているんですね。

要するに、「先鋭化したリベラルの理想に懐疑的」な日本社会の性質を、「欧米的な理想を理解しない後進性」として理解するのがそもそも間違っているんだと。

そうではなくて、「欧米的理想が非欧米のローカル社会の実情を適切に扱えていない結果、世界の半分から拒否されかねない状況になっている人類社会の事情」そのものを体現している存在こそが、「日本の保守性」なのだと理解して敬意を払って接していくことが今後大事なんだと思うんですよ。

要するに欧米では、国内における極右勢力や、国外における中国やロシアやタリバーンみたいな存在と「完全に分離」してしまっているけど、日本においてはその「敵側」をも自分の内側に取り込み続けることが重要なのだという規範が生き続けているのだ、という方向でポジティブに考える必要がある。

そして日本発で、「相手側の正義を否定しない」、私の用語でいう「メタ正義」的な方法で一歩ずつ理想を古い共同体と溶け込ませていけば、諸外国で起きているようなバックラッシュに悩まされることなく、ちゃんと隅々まで理想を実現していけますよ…というメッセージを発していき、もちろん実際にそれだけじゃなく国内において実際に実現していくということのが、これからの日本の使命だと考えています。

橋本:「欧米的なやり方」が完全に破綻している際たる例が、現在進行形で目撃している中東情勢ですよね。そもそもの元凶はイギリスですが、ユダヤロビーを抱えているアメリカにとってイスラエル=パレスチナ情勢は「国内の政治問題」ですし、ホロコーストのくびきから抜け出せないドイツも、また多くの欧米諸国はイスラモフォビアで吹き荒れてますから、欧米主導で中東和平がうまくいく可能性は極めて低い。

その点、日本のパレスチナ支援は良い意味で独特の光を放っていますし、その地域に政治的・宗教的・歴史的利害がないからこそ、イスラエル・パレスチナの双方の「正義」をくみ取れる可能性が日本にはある。

倉本:いやほんと、純粋な観念の絶対性に引きこもって妥協を知らない悪癖があそこまでわかりやすく噴出している地域はないですね。そういう意味でも、「過去20年の、あらゆる概念を先鋭化して“敵”を叩きまくることが正義」という風潮は終わらせないといけない時代に来ている。その「次」をちゃんと描いて行くのが日本の役割ですよね。

で、その「旗印の掲げ方」なんですが、この対談は橋本さんが勤務する一橋大学でやってるわけですけど、掛け軸に書かれている「淡如水」っていう言葉みたいな表現のしかたが今日の話にもめちゃくちゃ合うと思うんですよ。

橋本:大学を設立した渋沢栄一が「君子の交わりは淡きこと水の如し」(礼記)から取って同窓会の名前(如水会)に付けたそうです(慌てて調べました!)。

倉本:それこそ「水になれ」「考えるな、感じろ」のブルース・リーとか、「ルーク、フォースを使え」みたいなスター・ウォーズの世界観とか、「欧米的発想を補完する“東洋の叡智型イメージ”のマーケティング」ってあるじゃないですか(笑)。そういうのを今後の日本は大事に使っていく必要があると思うんですね。

最近で言うとこんまり(近藤麻理恵)さんの注目のされ方というか、オリエンタリズム込みの「これが東洋の禅的精神だ」みたいな売り込み方で、これからの日本の、というか、僕や橋本さんが起こしていく「新しいリベラル」のムーブメントを国内外に売り込んでいければいいな、という目論見はありますね。

つまり日本社会における「あらゆる先鋭化した観念の墓場(笑)」的な性質は、“ある種の東洋の知恵の結晶”であり、そうやって地道にボトムアップで目の前の問題を解決していくことが、どんどん真っ二つになっていく人類社会において今すごく大事なんですよ、欧米人がやたら高圧的に古い社会をディスりまくるから、いまや人類の半分から拒否されかかってるじゃないですか、それじゃ駄目ですよね?そういう時代の新しいマナーがこれですよ…というような海外向けのマーケティングに繋げていくことが大事ですね。

それは、対談前編で話に出た「オバマ大統領の発言」のように、世界中のサイレントマジョリティ的良識派が「待ってました」的に待ち望むものでもあるはずだからです。

そういう「グローバルな風潮」と表裏一体にして、国内でも「自分たちがあまり深く考えずにやっていたことって、そういうことだったんだ!」と気付きがあって内と外がかみ合い、「メタ正義」的に細かい問題をどんどん解決していくようにしていきたい。

「そうすれば極右勢力の膨張も止められるし、リベラルの理想のほんとうの勝利が見えてくるんです」という話にしていければいいなと思っています。

橋本:なるほど。実は「多文化共生」や「多文化主義」というスローガンは多くの欧米諸国ではこの20年くらい敵視されるというか、「失敗宣言」が色々な政治家から飛び出していて、最近は「社会統合政策」に置き換えられつつあります。どう呼ぶにせよ、どの国も移民・難民政策では苦労していて、「こうすれば良いですよ」っていうスマートなレディメードの「解」がどこかに転がっているわけではありません。

ただ北欧出張中に数多くの政策決定者から話を聞く中で、「こういう社会統合政策が理想だと思っているのよ」と彼らが言ったアイデアの中には、結構「あ、それもう日本でやってきてる!」っていうのがチラホラあったんです。なんだかグルっと回って日本に帰ってきた、みたいな感覚でした。

倉本:なるほど。それは今度は「日本からの発信の方針」とは逆向きの方向の話ですが、最近は欧米でも「多文化主義」の失敗宣言が出てきていて、徐々に「社会統合政策」に置き換えられつつあるのだ、という事実も、何度でも声に出して確認していかないといけない話ですね。

日本ではそういう問題がいわゆる「周回遅れ」的な扱われ方がされがちで、既に失敗した欧米の多文化主義の「理想」の聞きかじり程度のモノを声高に主張して「日本は遅れてる、だからダメなんだ」という風に主張しまくる勢力が一方ではいて、逆にそういう非現実的な意見から社会の安定性を守るために過剰に保守的・反動的な運動が盛り上がってしまう…ということになりやすい。

「世界中どこでも等しく同じ問題で悩んでいるし、特効薬はないのだ」という厳正な事実から出発して、日本社会を日々現場で動かしている人を無駄にディスるような事を言う動きからちゃんと距離を置いていくことが大切です。

その上で、「日本ならではのやり方」をオリジナルに考えて、外国人との共生という「現実の問題」を「現実レベル」で具体的に解決していく動きを、徹底してエンパワーしていく事が大事ですね。

「現実に生きている人々の間で起きている現実の課題」に取り組む気は全然なく、単に「国というシステムへの憎悪」を煽るネタにしたり、逆に「外国人への憎悪」を煽るネタにして延々とSNSでずっと同じ大喜利を続けているような人たちから、言論のコントロールを徹底的に取り返していくムーブメントを起こしていきましょう。


(倉本圭造より:対談を終えて)
「大長編」対談を最後までお読みいただきありがとうございます。対談後もテキストでやりとりするうちに盛り上がって分量が増え続け、異例づくめの記事となりましたが、いかがでしたでしょうか。

橋本先生は正統的なリベラルの良識を明確にお持ちでありながら、対談前編で触れられていたように、9.11テロを間近に体験され、紛争地での問題解決のご経験も豊富にあることなどから、「リベラルの理論から離れた現実とどう向き合うか」について明確な対話姿勢を持っておられて、そこに私は大変助けられました。

特にこの後編の「警察力」関連の話は、お互いの元々持っている世界観が違いすぎてお互いに踏み込みきれず、最初は全部削ってしまおうかと思っていたのですが、FINDERS編集部から「これまではどちらかの主張のみを発信した記事ばかりで、議論ができていない部分だからちゃんとやったら意味があるはず」だというご指摘をもらったこともあり、少しこだわって議論を深めることができました。

橋本さんにはリベラル側の懸念をちゃんと表現していただき、私の方では「保守派側の人が考える懸念点」をできる限り代弁した上でお互いにすり合わせるという形で、普段は見られないような議論に持っていくことができたように思うのですが、読者の皆さんのご感想はいかがでしょうか。

ご感想は、いつものようにX(Twitter)でお気軽に話しかけていただければと思います。

倉本圭造のアカウント@keizokuramoto
https://twitter.com/keizokuramoto

橋本直子さんのアカウント@NaokoScalise
https://twitter.com/NaokoScalise

上記の倉本のアカウントではこの記事のような「メタ正義的な新しいリベラル」のあり方について色々な記事を発信していますし、橋本先生は移民難民問題について、また昨今のイスラエル・パレスチナ情勢などについても精力的に情報を発信されています。

これを機会に両人ともフォローしていただけると幸いです。

「SNSでかっこよく誰かを断罪することこそが正義」という風潮が吹き荒れる中、なんとか「敵側」の意図を理解し汲み取り、そして現実社会を前に進めるための運動に、一人でも多くの意志を結集していくべきときだと感じています。

ぜひ一緒に考えていきましょう!

※対談前編はこちら

※対談中編はこちら

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