EVENT | 2020/10/03

「Epic vs Apple問題」をちょっぴり大人な目線で考える。ジョブズも予想しなかった「帝国」と共生は可能か

Epic vs Appleという構図が今話題です。
事の発端は今年の8月13日、Epic GamesがiOS版『フォー...

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見えない「Apple帝国」

Photo by Shutterstock

ところでそんな「App Store」、どれだけの経済規模になっているか皆さん想像できますか?10億円、100億円、はたまた1000億円?

正解は5190億ドル(2019年時点)。5000億円じゃなくて、5000億ドルですよ。日本円にして約52兆円です。

正直、どれだけの規模感か想像すらつきませんよね。

これはちょうど、スウェーデンの2019年のGDPと同じになります。「H&M」、「IKEA」、「VOLVO」、そして先程紹介した「Spotify」といった誰もが知る数々のグローバル企業を輩出した、あのスウェーデンとほぼ同じ量の富を、Appleは「App Store」というマーケット1つで作り出しているのです。

はい、実はもう完全にAppleはわれわれの想像する「企業」ではありません。どちらかといえば国、いや、その圧倒的な経済規模をもって領土を拡大し続ける帝国なんですね。プラットフォームビジネスで極限まで成功すると、先進国をあっさり凌駕する規模の経済を作り出せるわけです。これに加えて、他のサービスとデバイスの製造業をカリフォルニアにあるApple Park(本社)を中心とした、13万人の社員で動かしているんだから、驚くしかないですよね。ちなみにスウェーデンの人口はその約80倍、1023万人(2020年)住んでいます。

Apple Park(Photo by Shutterstock)

どうしてここまで儲かるのか、ポイントは競争相手がいない独占状態だからという理由が挙げられます。まずiPhoneには、「iOS」(iPadの場合は「iPad OS」)という専用のOSが搭載されていますが、このOSでアプリを動かすには原則「App Store」という彼らのプラットフォームを通じてダウンロードするしかなく、他の搬入口はありません。つまり、iOSで使用されるアプリを全部自分たちで管理できるのがAppleの強みなんですよね。

Appleは元々セキュリティやプライバシーにとても厳しい企業なので、App Storeで一括管理することで、Appleの考える「常にアプリのクオリティをユーザーに担保できる」「ユーザーに安心して使ってもらえる」という点を売りにすることができます。一見素晴らしく真っ当なシステムにも思えますが、アプリを作る側の人々からすればどうでしょう。アプリを配信するにはApp Storeの審査に合格した上で、ちゃんと手数料を収めて、ようやくリリースできるという仕組みになっています。つまり負担はすべてアプリを作るディベロッパーに寄せられているわけです。

例えば、App Storeの審査は厳しいことで有名です。人間が一つ一つのアプリを精査しており、全審査のうち40%も却下されている現状があります。それだけウィルスや怪しいアプリを排除されているというメリットがある一方、特定の政治思想に基づいたものであったり、Appleにとって不利なアプリも同じく排除されることもあります。具体的には2019年に香港での民主化デモが発生した際に配信された、警察を追跡するアプリ「HKmap.live」を一度Appleは取り下げたことがあり、中国政府による圧力を懸念したのではないかという事件がありました(現在は復活済み)。

このアプリは「政治的に正しい」ものなのか?という点はさておくにしても、その判断は本来Appleではなく、裁判所や国家、市民の枠組みで行われるべきです。しかし、App Storeにおいては政治に関するアプリ、特にAppleの利益に直接関係することが考えられるものに対して、Appleはすぐに検閲を行い、差し止める権利を持っているのが現状であり、一企業に許される行為なのか?という批判が持ち上がっています。

万が一、独裁国家で書物が発禁処分を受けても、他国に亡命して出版するということは可能ですが、155か国で展開するApp Storeでは「亡命」という選択肢すら現実的ではないのです。「あの多様性に配慮するAppleがそんなことするはずがない!」と考えても、明日、明後日の彼らがどう考えるかはわかりません。何故なら、彼らは選挙によって選ばれ、市民のために活動する議員ではなく、利益を追い求めるただの企業だからです。

Appleの定める「一律30%手数料」というのも、正にこの検閲と同じ問題を抱えています。そもそも、「30%」という数字は一体どこから来たのでしょうか。

かつてゲームはCDやカセットに入った状態でパッケージに加工されていました。そしてゲーム屋さんやおもちゃ屋さんといった小売店に運ばれ、そこで販売されるものでした。徳岡正肇『ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード』(SB クリエイティブ)によれば、当時ゲーム企業の取り分は60~75%もあったと言われています。

それに比べて、App Storeは大いに手軽な「お店」であり、パッケージも輸送も場所も一切必要ありません。ディベロッパーはアプリを完成させて、審査さえ通れば、あとはApp Store上に直接データをアップロードするだけで、世界中でユーザーがダウンロードできるようになるのです。こうしたデジタル・プラットフォームの仕組みはディベロッパーたちの負担を大きく減らし、インディーゲームに代表されるような多様なゲーム文化を生み出しました。

ですが、パッケージでゲームを売っていた時代でさえ、ゲームの流通コストは売上の25~40%だったにも関わらず、ただアップロードするだけで30%、つまりパッケージ販売とほぼ同じ額かかるというのは不可解です。しいて言えば、サーバー代がかかると言えるかもしれませんが、それにしたって数百万本のゲームを運ぶトラックのガソリン代に比べればタダ同然です。何より155カ国で展開する以上は規模の経済によってさらに安く用意できるはずなのに、10年以上手数料が変わらないのは、やっぱりおかしいのです。

もっといえば、昔の流通事業は確かにハイコストですが、裏を返せば製造業、輸送業、小売店すべての業界に貢献し、そこで働く人々の生活に貢献していました。一方でApp StoreはApple一社のみが潤うビジネスで、経済格差にも繋がってくるといえるでしょう。

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