ジョブズですら予想しなかった帝国と、どう共生していくか
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このように、Appleの築く「帝国」は数ある産業の中で、ダントツ「歪」の一言です。大体、5000億ドルの市場を一社で管理しているだけでも驚愕なのに、そこでの審査、手数料まで誰の許可を取るまでもなく決められるというのは、いかに資本主義社会といえど常軌を逸していると言わざるをえません。独占や手数料が「妥当なのか?」という議論すら始められないのですから(特に、iOSでは)。
一方私の意見として、Epicのキャンペーンはやや稚拙というか、大人げない印象を受けました。それはAppleが初代マッキントッシュを発表するときに作ったオーウェル『1984』のCMをパロったもので、要するに(当時PC最大手だったIBMをCMで批判した)Appleを同じやり方でとことんバカにしたものです。ただそれを見て周囲がどう思うのか。この件でAppleに正しさを感じる多くの人は、このEpicの子供じみた中傷のようなキャンペーンに違和感を覚え、相対的にAppleの方が正しいのではと感じた人が多かったと思います。
それは実に惜しい。なぜ、Epicがこのようなキャンペーンを仕掛けたのかは別の機会にお話しするとしても、まるでAppleが突然絡まれた被害者のように感じる人もいたこのキャンペーンは、あまり褒められたものではありません。
ですが、だからといって「Appleが勝利するだろう」という結論に至るのは、あまりに早い。ぶっちゃけて言えば、Epicはあまり関係ないのですよ。もちろん私はゲーム業界で日銭を稼ぐ身なので、Epicの動向には日々注目していますし、彼らのゲームのファンでもありますが、この問題の中で、ゲーム業界なんて微々たるもの。Apple帝国におけるゲームアプリなど、「大きめの属州」にすぎません。
そもそもEpicの『フォートナイト』による収益は2019年で18億ドルと言われています。この額はゲーム業界では任天堂やソニーのゲームを差し置いて、ダントツの1位という素晴らしい結果なのですが、全部で5000億ドルのApp Storeの規模に比べれば、象とアリのようなもの。だからAppleは、Epicのような企業は無論のこと、国家にさえ警戒される存在なのです。
ところで、Apple中興の祖にしてAppleの精神そのものといえる存在、スティーブ・ジョブズは亡くなる直前、インタビューに興味深いことを話しています。
スティーブ・ジョブズはApp Storeが将来、10億ドルの市場になることを「夢見て」亡くなりました。これは驚くべきことだと思います。あの壮大なプランを描き、そして実現してきた奇才ジョブズでさえ、「10億ドル程度」の夢で収まっていたということ。繰り返しますが、現在のApp Storeの市場規模は5190億ドル、ジョブズが夢見た規模の519倍にまで拡大していて、しかも、現状年10%以上の成長をまだ続けている。一体なんの冗談なのか、と彼は思うはずです。
そりゃそうです。Appleの誰が、自分たちが帝国を築くと予想したでしょうか。どの企業よりも優れて、面白く、楽しいサービス、プロダクトを作ることには絶対の自信があったに違いませんが、どんな企業でさえも築けないような大帝国を築くとは考えなかったはずです。つまり当のAppleでさえ、このApp Storeという現実に対して、どう対応すればいいのかわかっていないのが現実ではないでしょうか。
故に、「Epic vs Apple」という構図はそれ自体がミスリード。このバカげた規模の市場を一社で管理する、Appleとわれわれ市民、そして企業、国家が、Appleを破壊するのではなく、彼らが実際に種を蒔き、育んできたコンテンツの帝国を、いかにお互いが納得できるラインで共生する枠組みを作れるかに、ポイントがあるわけです。