EVENT | 2018/09/06

厳しいことも言い合える心理的安全な環境で働く会社【連載】「遊ぶように働く〜管理職のいない組織の作りかた」(9)

「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークで本社オフィスがない。さらには、全社員がセルフマ...

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「納品のない受託開発」を提供するソニックガーデンは、全社員リモートワークで本社オフィスがない。さらには、全社員がセルフマネジメントで管理職もいない。管理をなくして遊ぶように働きながらも、ビジネスは順調に成長することができている。その自由と成果の両立を実現する経営に隠された謎を紐解く。

倉貫義人

株式会社ソニックガーデン代表取締役

大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2011年に自ら立ち上げた社内ベンチャーのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。ソフトウェア受託開発で、月額定額&成果契約の顧問サービス提供する新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」を展開。会社経営においても、全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃、管理のない会社経営など様々な先進的な取り組みを実践。著書に『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』など。「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットー。ブログ http://kuranuki.sonicgarden.jp/

管理職のいない組織にこそ必要な心理的安全

前回は、最新のテクノロジーを活用することで、社内の情報をオープンにして情報格差をなくすことでスピーディーに動けるようになり、情報や権限でコントロールしないことで自分ごとで考えるようになるという話をしました。

管理職のいないフラットな組織のコミュニケーションで重要になるポイントは何か。上司や管理職がいれば、仕事のクオリティが悪ければ指摘もあるし、何か問題が起きていれば解決のための提案もするでしょう。それが上司の役割の1つです。

そうした存在がいなくても、たとえ全員が同じ立場であっても遠慮することなく指摘しあえることができれば、組織として成長することができます。そんな遠慮のない関係性を築くことがフラットな組織には必要不可欠なのです。

Googleが取り組んだ労働改革プロジェクトの結果が2016年に公表されました。それによると生産性の高いチームに共通するのは「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」が上手くいっているということでした。

それを、心理学用語である「心理的安全」というキーワードで表現しています。チームの中で気兼ねなく安心して発言したり行動できるような心理的に不安がない状態、すなわち心理的安全な状態が高い生産性を実現するというのです。

心理的安全というのは、ただ仲良しでいるということではありません。互いを甘やかすだけでは成果は出せず、成長する機会も逸してしまいます。だから厳しく言う上司がいないからといって成果につながる心理的安全になるわけではないのです。

チームに問題があれば指摘をしても険悪にならず、一緒に問題解決に向けて考えられるような関係こそが本当の心理的安全ではないかと私は考えています。

なぜ心理的安全が生産性に影響あるのか?

そもそも、なぜ心理的安全が生産性に影響を与えるのでしょうか。もし仕事がマニュアル通りに手を動かすだけの作業ばかりであれば、もしかするとそれほど影響はないのかもしれません。

しかし、そうした心理的安全を考慮する必要のない単純労働は、今以上にロボットやコンピュータに置き換えられていくことでしょう。人間に求められる仕事は、アイデアや創造性を発揮して価値を生み出す仕事や、ホスピタリティある対応で満足してもらう仕事になっていきます。そうした仕事には、人間らしさが欠かせません。

新しい商品やサービスを考えたり、既存の商品から改良することを考えるような仕事であれば、チームでアイデアを出し合うこともあるはずです。そのときメンバーが「こんなことを言ってバカだと思われたら嫌だな......」と感じるような場だとしたら、そこから良いアイデアが生まれるわけはありません。

創造性が求められる仕事に正解はありません。より多くのアイデアを出して、議論しあって、より良いアイデアを見つけていくことで、うまくいく確率が高まります。当然、心理的安全がある方がアイデアは出やすくなるでしょう。

また、世の中の仕事はますます複雑化しています。どんな仕事も一人きりでは完結することが難しくなっており、さまざまな得意分野を持った仲間でチームを組んで助け合っていくことで成果を出すことができます。

互いに強みと弱みを知っていなければ、互いに助け合うことはできません。弱みを見せると付け込まれたり、存在価値を否定されるような環境では強がってしまうでしょう。心理的安全があれば、恐れずに自分の弱みをさらけ出すことができます。

人間を相手にする接客業やサービス業も、人間に求められる仕事です。店員同士がギスギスした感じの店で受ける接客を心地良いと感じる人はいないでしょう。良いサービスは心理的安全から生まれます。

人間にしかできない仕事をしようというのなら、必ず人間の心理や気持ちが成果や品質に影響が出ます。そうであるなら、心理的安全が高い方が良いのは間違いないでしょう。

心理的安全を生み出すマネジメント

私たちソニックガーデンが取り組んできた「管理しないマネジメント」も、心理的安全という観点から分析することができます。

たとえば、前回の記事にあるような社内の情報をオープンにすること。仲間内で不透明な意思決定があったり、何か自分の知りえぬところでものごとが決まってしまうと思うと安心して働くことができません。

人間関係を円滑にする方法として「驚き最小の原則」というものがあります。よくサプライズでお祝いをしたりしますが、嬉しいことなら良いですが、嫌なことや受け入れがたいことを急に言われても困惑しかありません。事前に少しずつでも伝えておくことで、受け入れる心構えができるのです。

社内の組織変更や経営戦略の見直し、事業を続けていると変化や変更を避けることはできません。そうしたときに前触れなく決定して周知するのでなく、そこに至るまでの考えや経緯をオープンにしておくことで、驚きは小さくできます。

また、失敗やミスを咎めない文化をつくることも心理的安全につながります。仕事でチャレンジを続ける限り失敗することは仕方がありません。だからといってチャレンジをしなければ成長することも大きな成果を得ることもできないでしょう。

だから、失敗を咎めずに学習の機会とするのです。「ふりかえり」と呼ばれる会を定期的に行なって、上手くいかなかったことを分析し、次のチャレンジへの糧とするようにしています。ふりかえりでは、失敗した人を責めるのではなく、チーム全体の問題として捉え直し、一緒に解決に向けて考える機会にするのです。

そして、ソニックガーデンでは究極的には評価をなくすことにまで至りました。組織内で最も恐れる要因となる評価がなくなったことで、誰もが安心して本来の自分を出せる土壌が整いました。もちろん、こうした制度や環境だけでは、まだ本当の心理的安全までは至りません。

本当の心理的安全に辿りつくためのステップ

仕事場がひたすら安心できるだけの場所になってしまうと、それはただのぬるま湯です。成長や成果のためには、互いに尊重しながらも、厳しいことも言い合える関係にならなければいけません。

しかし、どんなチームも明日からすぐにそんな状態になることは難しいでしょう。人間関係を変えていくには時間がかかります。

チームの変遷について、心理学者のタックマンが提唱したチームビルディングの進化を5つのフェーズで表した「タックマンモデル」という考え方があります。

第1フェーズは「形成期(Forming)」で、まだメンバー同士が互いのことをよく知らず、共通の目標もない状態です。この状態は一見すると心理的安全が保たれているように見えます。しかし、それは互いに遠慮があって、静かにしているだけに過ぎません。

この段階では、互いのバックグラウンドや価値観を知り合う機会を作っていく必要があります。それが、ただのグループをチームにしていく第1歩です。

そこから次のフェーズ「混乱期(Storming)」に移れば、互いに意見をぶつけ合うようになります。互いの信念や譲れないものをはっきりと出せるようになる代わりに、チームは混乱するでしょう。しかし、この状態を避けては次の段階に進めません。

その後、チームの目的が明確になり、それぞれが認め合って、役割分担でもって助け合う状態に向かう「統一期(Norming)」があり、高いパフォーマンスを発揮することのできる「機能期(Performing)」になるのです。

その段階におけるマネジメントの役割は、明確なビジョンと共通の価値観を示すことです。目的を達成することがもっとも重要であり、それ以外は瑣末なことであるというメッセージを発信することで、意見を言い合うことを恐れなくなります。

私たちソニックガーデンで言えば、ソフトウェア開発が私たちの根幹であり、良いソフトウェアを作ることが重要で、そのためには厳しいことも言うけれども、決して個人攻撃ではないという共通認識を発信してきました。その姿勢は創業期から一貫しています。

メンバー同士は互いのことを尊重しあい、それぞれの心情に配慮しながらも、成果を出すためには遠慮なく意見を言い合うことができる。この状態こそが本当の心理的安全ではないかと考えています。


ソニックガーデン

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