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覚えてる?パソコン黎明期のプリンターバッファーから1MBの増設メモリまで。日本の「パソコン業界」を支えてきた企業バッファローに潜入【前編】
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  • 2022.05.26
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覚えてる?パソコン黎明期のプリンターバッファーから1MBの増設メモリまで。日本の「パソコン業界」を支えてきた企業バッファローに潜入【前編】

取材・文・構成・写真:赤井大祐(FINDERS編集部)

国内のネットワーク関連機器業界において圧倒的なシェアを誇る株式会社バッファロー。今ではWi-Fiルーターや外付けHDDなどに強い印象を持つ同社だが、意外にもその始まりは小さなオーディオメーカーだった。そこからパソコン業界に進出したかと思えばさまざまな商品を生み出し、Wi-Fiルーターやストレージ商品を主力としたのは実は創業からかなりの年月が経過した後のことだったという。

バッファローはある種の日和見主義とさえ言える柔軟性を発揮することで生き残ってきたというわけだ(もっともそれを実現してきたのは企業としての先見性や熱意にほかならないわけだが)。ベンチャー起業の生存率は5年で15%とも言われる現代において、今後生き残りの道を模索していくためにここから学ばない手はない。

愛知県名古屋市大須のバッファロー本社

今回FINDERSの取材申し込みに対して案内役を買ってでていただいたのは、株式会社バッファロー取締役副社長の渡邊泰治氏。社名変更前の株式会社メルコの第一期新卒社員として1987年に入社して以来、現場での開発や米国法人の現地社長、生産部長などを経てきた、同社を知り尽くしたエキスパートだ。

前後編の前編では渡邊氏の案内のもと、日本のパソコン史と密接に関わるバッファローの歩みを振り返るほか、バッファローの製品作りの中核を成す2つの施設を紹介したい。

後編では、バッファローの秘密の施設「Wi-Fi Connected Home」をご紹介いただきながら、そこで使われる最新のWi-Fi技術、そして「自宅のWi-Fi環境を安定させるために知っておきたい知識」をご教示いただいた。

渡邊泰治

株式会社バッファロー取締役副社長

1987年、株式会社メルコ(現:株式会社バッファロー)に新卒1期生として入社。米子会社社長、事業・生産・品質部門長などを経て、2022年5月バッファロー取締役副社長に就任。

オーディオメーカーとして事業をスタート

―― バッファローと言えばルーターや外部ストレージなど、パソコン周辺機器のイメージがあります。どのような歴史を辿ってきたのでしょう。

渡邊:バッファローの前身となる株式会社メルコは1975年にオーディオメーカーとして創業しました。当時名古屋の大須にできたばかりの電気街、ラジオセンターアメ横ビル(※電子部品店、オーディオ店などがあつまる名古屋市大須のエリア)の一角に店を構えていました。

写真中央が株式会社メルコ(現メルコHD、バッファロー)創業者の牧誠氏

この頃ヒットしたのが、特殊な絹糸を使って回す「メルコ3533 糸ドライブプレイヤー」という高級ターンテーブルです。重量級のターンテーブルで、非常に安定感のある玄人好みのもので、今でも愛用してくださっている方もいます。

黎明期の不自由さが生み出したヒット商品の数々

―― そこからどのようにパソコン事業へ?

渡邊:糸ドライブプレイヤーは非常に好評で売上は伸びたのですが、オーディオ事業全体ではなかなか会社は軌道に乗らず、1981年当時、急成長し始めたコンピューター事業部を作りました。ちょうど「AppleⅡ」の発売や成田空港の開港、そしてオイルショックがあったあたりですね。

展示室には、かつて牧誠氏が使っていたデスクがそのまま残されている

この当時はまだ「マイコン」が主流の時代で、アメ横にマイコンをプログラミングしてくれるお店があり、いつも行列ができていたんですよ。だったら自分でプログラミングをするためのモノを作って売っちゃえばいいじゃん、ということで「P-ROMライター」というマイコンプログラミング用のインターフェイスを販売したところ好評となりました。これがメルコのパソコン事業のスタートです。

P-ROMライター

次にヒットしたのが、82年の「プリンターバッファー」という製品。当時はまだプロセッサーが8bitで、OSもシングルタスクの時代です。プリンターを使いながらパソコンの操作が同時にできなかったので、大量にプリントしてしまうと、1時間や2時間なにもできない、みたいな状況になりがちでした。このプリンターバッファーを挟むことで、出力するデータを一度このバッファーに貯めて、パソコンのデータ領域を開放することで、プリント中でもパソコンの操作を行えるようにしたんです。コストを安くしたいうえに、筐体を作る能力が会社になくて困っていたところ、市販されているプリンターの裏側にスペースがあることに気づき、ここに入れて使用するものを作りました。これが大きく注目を集めて、PC事業に本格参入ということになりました。

プリンターバッファー

ちなみにバッファローという名前はこの「バッファー」から来ています。それに一郎、二郎の「郎」をつけて名付けたと聞いています。ただ、この辺は社内でも諸説ありこれが一番有力のようです(笑)。

―― 今となっては考えられないような使い勝手ですが、だからこそさまざまな商品が登場したのですね。

渡邊:90年代後半になるとパソコンが16bitになる時代がやってきて、最大メモリ領域が大きく増え、それに合わせてメモリ増設の需要も急増し、「増設RAMボード」と呼ばれる製品を作りました。当時は増設といっても1MBとか2MBとかで、「Lotus 1-2-3」という表計算ソフト、今でいうところのExcelですね、あれのセル使用の範囲を広げるだとかそういったことに使っていました。

ちなみにこのRAMボード、接着剤のあとが残っていますが、この頃メモリが不足して非常に高価になっていたので、メモリチップを抜いてきれいにして売ると製品の何倍かで売れたんです(笑)。でもこれが続くとメモリメーカーから供給がもらえなくなっちゃうので、抜き防止として接着していたんです。

写真左、接着剤が残っている「RAMボード」

90年代はしばらくはプリンターバッファーやこういった拡張機器が主力商品でしたが、そういったものがファイル共有や、ネットワークが中心に変わっていきます。

――今のバッファローのイメージに近い企業になってきましたね。

渡邊:1999年にノートパソコンに挿入することで親機から電波を飛ばして、2Mbpsという今と比較すると低速ではありますが、ネットワークに接続できる無線LAN「AIRCONNECT」を発売しました。そして2000年には世界に先駆けて、当時最速のIEEE802.11bの電波規格対応で、個人でも手ごろに買える無線LANアクセスポイント「AirStation」を発売しました。

AIRCONNECT

―― ネットワーク機器の取り扱いはこのタイミングで始まったのですね。

渡邊:そして同じころに力を入れ始めたのが、ポータブルHDDなどの製品です。外付けHDDって昔は電源が必要だったんです。外出先なんかでは使えないものだったところを、どうにかパソコンから電力を供給できないかということで研究をしました。もともとUSBから少しであれば電力が取れることはわかっていたので、市販されているパソコンのUSBの電力を計測しまくり、ついに外部からの給電をしないで動かすことができる外付けHDDの商品化に成功しました。おそらくこちらも世界初のものでしたね。

その後2002年にリリースしたのが「LinkStation」という製品。いわゆるNASと呼ばれるもので、ネットワーク経由で使うことができるHDDです。当初はそこまで売れると思っていなかったのですが、一時的にやたらと売れるのでどういうことか調べたら、かなりのお客様が普通の外付けHDDとだと思って買っていた、なんてこともありました(苦笑)。当時まだNASは使い方をご理解されておらず、パッケージや広告、サポートなどでお客様に便利な使い方を理解いただく訴求活動を地道につづけた結果、一つの事業規模まで成長しました。

ちなみにバッファローはもともと製品ブランド名でしたが、2003年にメルコホールディングスの子会社として、株式会社バッファローへと社名を変更しました。

写真は「LinkStation」と同時期にリリースされた、法人向けNASの「TeraStation」。バッファローは最初期から個人・法人の外部ストレージを生み出すことに注力してきた。

2000年代前半まではパソコンといえば、ある程度リテラシーの高いユーザーが使用するものだったので、我々の製品もそれに合わせて作っていましたが、時代とともにだんだんと幅広いユーザーにも普及していきました。

それで2011年に発売したのが、写真の保存と観賞に特化した「おもいでばこ」という製品です。一般的なNASでも、保存した写真をネットワーク経由で閲覧する、といったことは当然できますが、専用の機器ではないので、パソコンやネットワークに関する知識がある程度必要です。おもいでばこは専門的な知識を必要としないという点や、ちょうど大型テレビが広まった時期で、で、大画面で写真を見るととてもきれいという発見も合わさって好評をいただきました。

実はこの製品、最近になってまたかなり売り上げを伸ばしていまして、いくつか要因は考えられるのですが、一つはGooglePhotoなどのクラウドストレージが月額課金に変わってきたりといった影響もあるのかと思います。

―― なるほど。確かにサブスクリプションは、利用中は問題ないけれど、課金をやめた際のデータの扱いや、期限なく課金を続けることにストレスを感じている人は多いように思います。そういった意味で買い切りのハードウェアもまだまだ需要はありそうですね。

渡邊:ただ、我々の肌感としてパソコン周辺機器に大きな変革がなくなってきているというのも事実。ですので、そういった意味でも、おもいでばこのような用途に専用化した商品はまだまだ広まっていくかもしれません。

創業者・牧氏の胸像と渡邊氏

次ページ:バッファローを支える製造の現場

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