©2019 QQ-GLOVE
取材・文:6PAC
目代靖子
undefined
青森県八戸市在住。グラフィックデザイナー歴23年。主に印刷媒体の広告デザインを手掛ける。2人の息子を持つ母でもある。
なにかを思いつくのは簡単、ただし実行するにはエネルギーが必要
目代靖子氏
©2019 QQ-GLOVE
なにかを思いつくということは誰にでもあることだ。その先へと進む道は2つに分岐する。思いついたことを実行に移すか、移さないか。実行しないのは簡単だが、思いついたことを実行するにはエネルギーが要求される。
たまたま出向いた展示会で、小学生の手袋を使った工作を見たこと、その翌日に心肺蘇生法を推進するテレビCMを見かけたことがリンクし、「目の前で人が倒れたとしてとっさに行動できるだろうか。手元に救命手順のマニュアルが欲しいな。あ、手袋に書いてあればいいかも?」と思いついた人がいる。この思いつきをきっかけに、心肺停止者への救命処置手順を表面に印刷した手袋『QQGLOVE(キューキューグラブ)』を開発、6月1日から販売を開始してしまったのが目代靖子氏だ。同氏にアイデアを思いついてから具現化するまでの道のりについて訊いてみた。
©2019 QQ-GLOVE
QQGLOVEが形になるまでのおおまかな流れは、上記の「心肺蘇生法補助手袋QQGLOVEができるまで」という全12話の4コマ漫画に描かれており、公式Facebookページで公開中だ。「手袋がいいかも」と思いついた後は、「ちょっと作ってみようかな」という気持ちから試作品作りへ。「作ったら誰かに見せたい」ということで、今度は地元の産業支援機関である八戸インテリジェントプラザへ駆け込んだ。そこで出会った弁理士の助言により特許出願を検討するがだいぶ悩んだそうだ。単なる思いつきを実行へと移す決断を後押ししたのは、ご主人による「特許、やってみたら?」という一言だったそうだ。どこまで出来るかわからなかったが、「出来るところまでやってみようかなと思いました」と同氏は語る。
数多くの協力者を巻き込んだプロジェクトチームが発足
QQGLOVEの実物。目の前で人が倒れた時に何をすべきかがわかりやすく書かれている。販売価格は1セット650円(税別)
©2019 QQ-GLOVE
特許出願完了後は運命に導かれるように、「デザイナーとして仕事をしているだけでは知り合うことのない方々と、驚くようなご縁がどんどん繋がっていきました」という。前述した八戸インテリジェントプラザのバックアップもあり、株式会社フジタ医科器械 代表取締役の前多宏信氏、株式会社考える学校の代表取締役で日本医工ものづくりコモンズの専務理事でもある柏野聡彦氏と繋がった。フジタ医科器械は、プロトタイプ製造時の資金を支援。これがQQGLOVE商品化への歩みを大きく前進させることになった。その後、商品化の過程で出会った数多くの協力者を巻き込み、プロジェクトチームが発足した。
QQGLOVEを思いついた張本人の目代氏は、考案者・製造・販売元・問い合わせ先という位置づけだ。同氏を中心に、プロジェクトチームの各メンバーの役割は以下のようになっている。
undefined
undefined
株式会社フジタ医科器械:プロトタイプ製作への資金提供・もうひとつの販売窓口
株式会社考える学校:医工連携コンサルティング・プロジェクトのファシリテーター
株式会社八戸インテリジェントプラザ:事業化等の伴走・専門家コーディネート等支援
株式会社ugo:印刷工程窓口
有限会社プロスクリーン:手袋への印刷
有限会社アイテックシステム:専用WEBサイト制作
弘前医療福祉大短期大学部 立岡伸章教授:救急救命士・アドバイザー
弘前医療福祉大短期大学部 釜萢一正助教:救急救命士・アドバイザー
松田朋恵氏:フリーアナウンサー・防災士
プロジェクトチームの各メンバーは、皆この手袋に可能性を感じ、救命率の向上という理想に共感して関わっているという。加えて、イノベーションを生み出していくことへの好奇心というか、ある種の面白さも感じているようだ。プロジェクトチームは、月に1~2回の頻度でWEB会議を重ね、商品化に関する問題点、普及や販売促進についての意見交換をしている。
QQGLOVEを商品化する過程で難所となったのは?という質問をすると、「簡単なようで難しかったのが、手袋本体への印刷です。オートで給紙できる紙の印刷とは違い、指の形をした不織布の手袋に版がズレないように印刷しなくてはいけないのですが、コストが高くつきます。コストが高いと普及の妨げになってしまうのです。今請け負っていただいている印刷屋さんでは、この手袋の普及目的や理想に共感いただき、できる限り安価に、ひとつひとつ手作業でシワが寄らないよう、気遣ってプリントしてもらっています」という答えが返ってきた。
QQGLOVEに対する引き合いは、一般人向けに一次救命処置の講習をしている団体が多いそうだ。具体的には、日本防災士会からの「救命講習受講者へ渡したい」という要望や、工場を保有するような製造業からの「工場の安全管理・教育の場で使いたい」といった引き合いがある。救命講習を積極的に受講する人は少数派ということもあってか、QQGLOVE考案者としては、「学校や公共施設、不特定多数の人がいる場所で活用して欲しい」、「自動車教習所で免許を取得したら初心者マークと一緒にもらえ、車のダッシュボードに常備してもらいたい」といった希望があるそうだ。
QQGLOVEのビジネスモデルに関しては、「現在、特許出願中で、商標登録出願をしている状態です。期限内に特許申請をする予定です。販売まで様々な支援を頂きつつも、製造・販売元が考案者の私ですので、売価から製造原価や送料などの経費を差し引いた分が利益となります。充分と言える利益が見込めるにはまだまだですが、収益は今後より良い製品にできるよう費やしていきたいと思います」と同氏は話す。肝心の売り上げのほうは、「6月1日に発売開始してから約300セットお買上げいただきました。ご購入者は、北海道から九州の方、個人の方から学校、医療関係、防災関連のお仕事の方など様々です。1セットのみご購入という方もいれば、一度に30セットご購入される方もいます」という。
「必要な情報を必要な場所にセットする」というデザイン
2018年に青森山田高校の文化祭で行われた、心肺蘇生のデモンストレーション
©2019 QQ-GLOVE
『QQGLOVE』誕生の裏に、本業の広告デザインの知見が活かされたことはあったのか訊ねてみた。すると、「自分でも気づかなかったのですが、大いにあると思います。本業のデザインでは、“何を”、”どうわかりやすく”伝えるかを一番大切にしています。人は(とくに子供などは)順序を確認する時、指を折って確認したりします。それは人が無意識にやっている動作なので、『QQGLOVE』を思いついた時、私もまた無意識に10本の指に10項目を割り当てることを考えていました。動転している場面でも、一つ一つ確認しながら行動でき、勇気を後押しできるのではないかと。パッケージやウェブサイトのデザインも自分でできましたし、より視認性を考えて図解のイラストをピクトグラムにしたのも本業での知見が活きたのかもしれません。また、この手袋の“必要な情報(救命の手順)を必要な場所(手元)にセットする”という発想は、本業で鍛えられたデザイン思考があるからこそとも言われました」と語ってくれた。
『QQGLOVE』という商品名には、救急とQQ、手袋とグローブ、愛情のLOVEという意味が含まれている。このネーミングについても、「仕事柄、ロゴタイプやマークで提案できたのは、デザイナーだったから良かったのかもしれません」という。
無理と決めつけず、少しだけ行動してみることが思わぬ結果を呼ぶ
どうして『QQGLOVE』のような“ありそうでなかった”ものを思いつくことができたのか、という質問をぶつけてみた。「きっと”ものぐさ”で“お節介”な性格だからでしょうか(笑)。”こんなものがあったら便利なのになぁ”とよく空想しています。そして、普段から思いついたものは、何でもスマホにメモしています。職業柄、雑誌で見かけて“いいな”と思ったデザインを写真に撮ったり、”おっ!”と思ったコピーライティングをメモしたり。思いついたアイデアや雑念や愚痴や、買い忘れた物や、自分の力では出来なそうな壮大ことも、何でもメモします(笑)。
過去に思いついたものの、形にならなかったものは数知れずあります。日の目を見なかった企画書などは、今もクローゼットの中に(笑)。でも、何か思いついたら無理と決めつけず、少しだけ行動してみるのもいいかもしれないなって、今は『QQGLOVE』のおかげでそう思います」と同氏は話すが、これは企業で企画系の仕事を担当している人にも参考になりそうな答えではなかろうか。
『QQGLOVE』思いついた張本人として、どういった想いを込めているのか訊いてみると、「一人でも多くの方の命を救いたい!それに限ります」という率直な答えが返ってきた。さらに「元来、防寒や作業用として、日常的に様々な場面で実用されている手袋。“手を守るための手袋”が”命を守るための手袋”へ。文字や図を印字したことで“情報を伝えるツール”となったこと、ここに発想の転換があったと思います。『QQGLOVE』は勇気を後押しするもの。日頃から手の届く場所に置き、ぜひ大切な命のために、心肺蘇生とAEDの使用についてまず興味を持ち、覚え備えて欲しいと願っています。『QQGLOVE』は、AEDの使用前後に、人の手で胸骨圧迫を行う必要がある場面でも有効です」という想いも語ってくれた。