なぜ世界戦の舞台は名古屋だったのか、IGアリーナが変えた都市の存在感
2025年9月、ボクシング世界戦の舞台に名古屋が選ばれたことは、都市の存在感が大きく変わりつつある兆候だった。エンターテインメント業界ではかつて、大規模イベントの開催地から名古屋が外れがちな状況を指して「名古屋飛ばし」という言葉が使われていたほどだ。
その転換点となったのが、2025年7月に誕生した多目的アリーナ「IGアリーナ」である。新潮新書『愛知県は天下を取るがね』(篠原匡著、新潮社)は、こうした愛知県の急速な変貌を追った一冊だ。
IGアリーナは、設計・施工の段階から民間企業が主体となって関わるPPP(Public Private Partnership、官民連携)という手法で整備された。受託コンソーシアムにはNTTドコモや前田建設に加え、ローリング・ストーンズやテイラー・スウィフトのツアーも手がける世界的な興行会社、アメリカのAEGが名を連ねている。海外のスタジアムやアリーナ、プロスポーツチームの運営で培ったノウハウを設計の段階から組み込んだ施設が生まれた背景には、この座組みがある。
公共施設の刷新とSTATION AIが体現する製造業とスタートアップの融合
愛知県は、こうした官民連携による公共施設の刷新をIGアリーナに限らず進めてきた。県営高速道路や国際展示場、美術館や劇場からなる複合施設「愛知芸術文化センター」も民間に運営を委ね、着実に成果を挙げているという。
なかでも本書が注目するのが、県主導で整備されたインキュベーション施設「STATION AI」だ。運営だけでなく施設整備の段階から民間が関わる方式はIGアリーナと同様で、ソフトバンクグループが運営を担う。既存の製造業とベンチャー企業が同じ施設に入居し、互いの課題を持ち寄って新規事業の創出や社会課題の解決につなげる仕組みを備えている。製造業の集積という愛知県の強みに、AI実装が進む時代の変化を重ね合わせた制度設計だといえる。
2011年に就任した大村秀章知事は、社会学者リチャード・フロリダの著書『クリエイティブ都市論』を愛読し、クリエイティブ人材の集積に力を注いできたという。ジブリパークやIGアリーナ、愛知芸術文化センターといったエンタメ施設の整備・刷新を進めてきたのも、「つまらない都市には人が集まらない」という考えに基づく。製造業は強いが地味な土地と見られてきた愛知県・名古屋市のイメージは、着実に塗り替えられつつある。
愛知を「地方創生のファーストペンギン」と描く、篠原匡の新刊
愛知県は、上下水道の運営を自治体の垣根を超えて流域単位で一体化させたり、認知症対策に力を入れたりするなど、人口減少・高齢化社会を見据えた取り組みにも力を注いでいる。著者の篠原匡氏は、こうした広域自治体としての刷新を続ける姿勢を「地方創生のファーストペンギン」と表現する。
篠原氏は日経ビジネス記者やニューヨーク支局長などを経て独立したジャーナリストで、『腹八分の資本主義』『神山 地域再生の教科書』など地域と経済をテーマにした著作で知られる。本書『愛知県は天下を取るがね』は、そうした取材経験を生かし、エンタメ施設の刷新から製造業とスタートアップの融合まで、愛知県の変化を多角的にレポートしている。
都市戦略やまちづくりのヒントを探すビジネスパーソンにとって、行政と民間が手を組みながら地域の存在感を刷新していく過程は、他地域への応用も考えられる実践知として読み応えがあるはずだ。気になる人は、書店で手に取ってみてほしい。
ジャーナリスト・編集者。1975年生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、日経BP社に入社。日経ビジネス記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て独立。著書に『腹八分の資本主義』『神山 地域再生の教科書』『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』など多数。
愛知県は天下を取るがね
著者:篠原匡
発売日:2026年8月19日(水)
価格:1,078円(税込)
造本:新書
ISBN:978-4-10-611132-7
出版社:新潮社
公式サイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/611132/