AIが最適な「基地局間協調」を実行
ソフトバンクは2024年11月13日、AI(人工知能)とRAN(無線アクセスネットワーク)を同一のNVIDIAアクセラレーテッドコンピューティングプラットフォーム上で動作可能にする統合ソリューション「AITRAS」の全容を発表した。同年2月から同社がNVIDIAやサムスン、ノキアなどとともにアライアンスを構築してきた「AI-RAN」のコンセプトに基づいたプロダクトとして、世界で初めて商用化に向けて実装に成功した例となる。
AITRASが向き合う課題は、都市部での急激なトラフィック増加・基地局間の通信のオーバーラップなどによる通信速度低下だ。これに対し、ネットワークの制御や監視を行う基地局制御装置をNVIDIAのGPUサーバー上に仮想化して実装。日頃のネットワーク使用傾向を学習したAIが基地局同士をグルーピングして最適な協調を行うことで、高効率で高品質なネットワーク環境を実現するという。さらにこのサーバー上ではサードパーティ製のLLMも含む多様なAIアプリケーションを稼働させることもできる。ソフトバンクはAITRASを次世代の新たなネットワークインフラとして位置付け、国内外への大規模な展開を狙う。
「RANのためのサーバー」から「AIのためのサーバー」の逆転も近い
プレスリリースに先駆け11月12日には、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでメディア向けにAITRASの事前発表会が行われた。同キャンパスではすでにAITRASの実証実験としてサーバーと20基のアンテナが稼働しており、このネットワークを使った通信や、LLMロボットの制御・自動運転の遠隔サポートといったAIサービスの実演デモも披露された。
湧川隆次・ソフトバンク執行役員兼先端技術研究所長は「AITRASがやりたいのは(通信状況に応じた)基地局間制御」と強調。RAN全体の制御を仮想化することによるパフォーマンス低下の懸念についても「我々は通信の大容量化に注目しており、すでに現状のハードウェアを凌駕している部分もある。現場ではRAN用のサーバーでAIを動かすシステムだが、GPUは進化を続けており、数年後にはAIのためのサーバーでRANを動かすように逆転するタイミングが必ず来る。この(技術)進化は、追いかけていかなければならない」と断言した。
また AITRASの実用化に向けては、「最短で2026年から、5G超大容量のキャパシティバンドへ導入し、その後エリアに向けて段階的に導入していく」とのロードマップも明かされた。
大規模展開による収益性にも社内外から期待が集まる
発表会場にはソフトバンクの宮川潤一・代表取締役社長兼CEOも登壇し、「AITRASは弊社の全国20万近く設置している基地局全てに入っていく。ソフトバンクはAI-RAN技術によってネットワークを全て作り直す。今日はその第一歩です」と力強く宣言。「これから経験するものは、今までの議論とは全く違う世界観になる。CPUだけでなくGPUこそ、全国のユーザーの近くに置くべきと考え、(AITRASを)会社を挙げて推奨している」と期待を込めた。
また宮川氏は、都市部だけでなく地方部でも同様のAI-RAN環境を整えたいとして、「高価なGPUを使ったインフラを全国に整備するためにも、無線サービスだけでなくAIサービスも組み合わせ、収益化していく。AIは日本のGDPを成長させるエンジンであり、市場規模は1兆2兆ではなく、数百兆円の話をしているつもりだ」と力強く語った。
またNVIDIAからは通信事業担当シニアバイスプレジデントのロニー・ヴァシシュタ氏が登壇。AITRASの特徴について「従来の無線機器は単一目的だったが、今後はデュアルパーパスになることが柔軟性と拡張性にとって重要になる」と表現し、「最もエキサイティングなのは、RANが収益源になる可能性が開かれること。「AIトークンを生成することで、6,000台のAIサーバーで10億ドル以上の収益を上げられると見積もっている。これは、5年間で投資額の5倍の収益を意味する」と収益性に注目した。
キャンパス内の基地局と100台のスマホでRANを実演
続くRAN機能のデモでは、実際に100台のスマートフォンをキャンパス内のAITRASの20セルの基地局に接続して一斉に動画を再生し、CPU・GPU使用率やスループット(データ処理速度)、消費電力などをリアルタイムでモニタリングした。
担当研究員は、現状のRAN性能について▼対応周波数帯域:4.8Ghz~4.9Ghz(TDD)▼対応帯域幅:最大100MHz幅▼同時収容セル数:20セルなどと説明し、「今後はより幅広い周波数にも対応していく」と話した。100㍍間に5基の基地局アンテナを配置するなど、都市部の高密集な局配置を模した状況の中でも「DL1.3Gbps・UL180Mbpsの性能を引き出せる」とした。
サーバーごとにRANとAIの機能を最適に配分する「AITRASオーケストレーター」も披露された。時間帯やイベント開催、天候などによるネットワーク需要予測と、稼働させるAIサービスの内容を踏まえ、AIが自動的にリソースを配分するものだ。こちらのデモでは、日中時間帯の高いRAN需要から、深夜帯にRANの需給が減少した際に、GPUのリソースをAIが自動的に再分配する様子がモニタリングされた。
低遅延・高セキュリティを生かしたLMMロボットも
実際に想定されるAIサービスとしては、業界や業種に特化した知識を学習させたカスタムLLMなどのアプリケーションが挙げられる。AITRASのエッジAIサーバーにNVIDIA AI Enterpriseソフトウエアを実装したことで、低遅延・高セキュリティが実現されることが特徴で、リアルタイムにロボットの動作生成を行う超低遅延LLMもソフトバンクが独自開発。開発したモデルを「AITRAS」のエッジAIサーバー上で動作させ、ロボットからのセンサー情報の入力とLLMの制御情報の出力を低遅延で行うことで、外部計算機上のLLMからロボットをリアルタイムで制御することができるという。
デモで実演されたのは、不審者を追跡する4足歩行ロボットだ。人物を認識し追尾するシンプルな機能だが、意図的に高遅延の状態を作ってみると、信号の送受信が遅れ、あっという間に不審者役を見失って追跡が失敗。一方、低遅延ではわずか0.1秒でロボットを制御可能となり、不審者役を常に視野に捉え続け、低遅延の重要性が披露された。
研究員は「ロボットとの共存社会はいずれ絶対に来る。人通りが多い場所で清掃するロボットがいたり、ウェイティングスタッフロボットがお客さんとコミュニケーションを取ったり料理を運んだりと、様々な高度な判断をするようになる。そのためには高度な計算機が必要になるが、ロボット搭載のものはバッテリーの容量や熱などの制約を受けて、どうしても小さくなってしまう」と現状の課題を紹介。より大きな計算リソースで、より高度な判断ができるAITRASの有用性を説明した。
高度な状況判断が可能なLMMで自動運転の遠隔サポート
ほかに、自動運転向けの「交通理解マルチモーダルAI」のデモも行われた。交通教本や交通法規などの日本の交通知識に加え、予測が困難な走行状況におけるリスクと対処方法を学習させたもので、この「交通理解マルチモーダルAI」を低遅延・リアルタイムで稼働させることで、自動運転中に周囲の交通状況とリスクを分析して車両への適切な指示を生成し、外部から自動運転の遠隔サポートを実現するという。
デモでは、キャンパス内の道路を使い、横断歩道の手前に停止している車両を自動運転車が追い越すケースを想定。道路交通法を学んだAIが、一時停止して横断歩道上の状況を把握するよう車両に指示を出し、安全が確認されると発進可能の合図を送る様子が披露された。
研究員は、マルチモーダルAIの可能性について「従来、AIに運転を数万時間学習させても自動運転はできないと言われていた。しかし人間は2週間合宿免許に行くだけで、運転できるようになる。LMMであれば、人間と同様に基盤となる知識、法律データを身につけた上で、運転時の判断ができるのではないかと考えている」と手応えを語った。
新たなインフラとしての本格展開に注目
AITRASは今後、国内プライベート5G回線での実用化と、国外への輸出を見据え、米国・ダラスでも実証実験を行う予定だ。ソフトバンクは従来のAI-RANアライアンスに加えて今回、AITRASの本格展開に向けてレッドハット・富士通とのパートナーシップを締結するなど、AI・無線通信のイノベーションをけん引する構えを見せる。
湧川氏は「日本一トラフィックの多いオペレーターであるソフトバンクの次の一手」、宮川氏も「サービスも含め輸出していきたい。日本での実証実験は世界への第一歩だ」と期待を込めるAITRASは、次世代のRANインフラの重要な分岐点となりそうだ。