CULTURE | 2023/10/04

人権先進国の北欧で「極右」が台頭するワケと、日本が目指すべき外国人との共生ビジョン 倉本圭造×橋本直子対談(中編)

連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」特別編

文・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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橋本直子氏(写真左)、倉本圭造氏(写真右)

※対談前編はこちら

※対談後編はこちら

FINDERSで連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」を手掛ける倉本圭造氏と、難民・移民政策の専門家である一橋大学の橋本直子氏との対談。当初は前後編の全2回掲載を予定していたが、両氏による記事チェック段階でもテキストベースでの対話は続いてボリュームが当初の倍以上となり、その内容も非常に有意義であると感じたため、前・中・後編の全3回に拡大することとした。

中編では、世界的な人権先進国として多数の難民を受け入れてきた北欧において、排外主義の極右政党が台頭してしまった理由の話からスタートする。これは「遠いヨーロッパの話」ではなく、X(旧Twitter)において埼玉県に住むクルド人住民を危険視する、主に右派系ユーザーによる投稿が最近注目を集める日本においても全く他人事ではない。

既にさまざまな分野において外国人住民たちが生活を支えている日本において、威勢良く「出ていけ!」と言えば済む話ではなくなっているのは誰の目にも明らかだが、一方でどの人種であろうと「不良」が増えて平穏が脅かされることは望んでいないはずだ。

前編から引き続き「対立陣営同士の批判合戦だけで終わらせず、一歩ずつ社会の課題解決を進める方法」を語っていただいた。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。

橋本直子

一橋大学大学院社会学研究科 准教授

オックスフォード大学難民学修士号(スワイヤー奨学生)、ロンドン大学国際人権法修士号、サセックス大学政治学博士号(日本財団国際フェロー)、取得。専門は難民・移民政策。 大学院卒業後15年近く、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際移住機関(IOM)、外務省、法務省等で、人の移動、人権問題、難民保護、移民政策等について実務家として勤務。現在は一橋大学にて教鞭を執る傍ら、ICU、東大、東京外語大学、ロンドン大学難民法イニシアチブなどで世界の学生の指導に従事。英語および日本語で主に難民・移民問題を中心に教育、研究、発信を続けている。

「人権・人道先進国」の北欧で極右政党が台頭する理由

倉本:前編のお話をうかがってより確信を深めたんですが、橋本さんの存在はこれからの日本にとって必要な「良い出羽守」だと思っているんです。「出羽守」というのはよく「海外では〜」という話を引き合いに出して日本を批判する人が言われがちな蔑称ですが、やはり海外の先進的な知見というのは無いよりあった方がいい。

ただ、実際には欧米諸国も色々な問題を抱えている中で、そういう現実は無視して「幻想の中で美化された欧米という理想」を振りまき、日本のあらゆる側面を「遅れている。こんなのじゃダメだ」というふうに言いまくるような人「出羽守」がいくらいても、実際問題として日本社会がそれを受け止めて改善に活かすことは不可能ですよね。そういうのは「悪い出羽守」だと思うんです。

橋本:それと同時に、「ほら見たことか、欧米はこんなに酷いのに、ニッポンはまだスゴイ!だから日本はこれからも難民も移民も受け入れずに、できる限り鎖国時代に戻っていく方が良いんだ」と、諸外国が抱える問題を一部分だけ切り取って盛りに盛って強調して、表層的な「日本スゴイ論」に固執する「にわか外国専門家」もSNSで流行ってききてますね。彼らも「悪い出羽守」の別バージョンだと思います。

倉本:確かに(笑)。言われてみて気づきましたが、前世紀から続く「欧米に過剰に神格化して日本の現状を全否定することしかしない出羽守バージョン1」に対する反発が行き過ぎて、今度は「欧米は崩壊しつつある、日本は今まで通りで完璧なのだ」という「悪い出羽守バージョン2」が流行りつつある側面はありますね。

ただそういう「悪い出羽守」は、バージョン1もバージョン2もコインの裏表にすぎず、結局何の有意義な情報も伝えられていないというか、単にワンパターンな党派争いをしているだけですよね。

地球の裏側で起きる事件ですらリアルタイムでいくらでも動画などのリッチな情報が飛び交うような時代には、当然地球は果てしなく狭くなっていきますし、人の移動も押し止めることはできない。

その中で、完全に「外国人排斥」みたいなことができるわけがない。一方で、考えなしに移民をどんどん入れすぎると社会が分断されて、余計に不幸な事件につながったりしてしまう。そういう「リアルな問題」は世界中で存在していて、欧州にもアメリカにも「完璧な理想像」などどこにもない。

どこにも理想がないなかでも、現実の中で「できるだけ不幸を減らす」ためには、「欧米が必ずしもバラ色の国家運営をしているわけではなく、実態としては日本社会のほうがよほど良い側面もある」「だけれども、同時に難民や移民の受入れで日本よりずっと先行している分、学ぶべき点ももちろん沢山ある」という、複雑でリアルな事情を党派的に図式化せずに適切に伝えてくれる本当の専門家の役割が大きいはずです。

世界中で色々な問題が噴出している中でもどうすれば一歩前進できるのかを、色々な国際的事例をもとに具体的に考え、提言してくれるような「良い出羽守」を、これからの日本はもっと活かしていかないといけないと感じています。

折しも、橋本さんは8月には北欧諸国の現地調査に行かれていたんですよね。北欧というのも、一部には「バラ色の理想国家」イメージを抱かれつつ、最近は極右政党が台頭していたりと色々と難しい現実もある地域なのかなと思うんですが。

「良い出羽守」的な橋本さんの眼から見て、北欧諸国の「今」から日本が学ぶべき点は、どういうことだと思われますか?

橋本:北欧諸国が伝統的に極めて人道的というのは確かに事実で、単に自力でたどり着いた難民を手厚く保護するだけでなく、遠くのアフリカや中東の難民キャンプにいる人達をわざわざ積極的に連れて来て受け入れています。

しかもその中には、身体障碍者だったり、末期がん患者だったり、多数の子どもを抱えるシングルマザー家庭など、第一世代は恐らく生活保護の受給者にならざるを得ないことが想定される人達まで含まれているんですよ。年や国によって増減はありますが、連れて来る方式の難民受け入れ枠は北欧諸国では毎年だいたい数百から数千人です。

倉本:へえ、それはすごい。なんというか信じられないほど理想主義的ですね。

正直ちょっとわざとらしいというか、「高貴な存在の私たち」は、「かわいそうな人たち」を助ける崇高な義務があるのです!的なおせっかい感が鼻につく感じがなくもないですが(笑)、ただ理想としては文句なく立派なビジョンだと思いました。

しかもスウェーデンの人口が約1000万人、デンマーク、フィンランド、ノルウェーが大体500万人前後で、東京都の人口(約1400万人)よりも少ないですから、対人口比の割合としてすごい高いですね。

橋本:確かに「ノブレス・オブリージュ」を地で行く感じですし、この「国際的おせっかい」は、ぜひ日本にもっと頑張ってもらいたいところではあります。で、だいたい90年代くらいまでは、北欧諸国はやって来た難民たちに自国民と同等の権利と生活保障を与えて、言語教育などは強制的にはやらなかったんですね。「どうぞ自由に好きに暮らしてください」と。

そうしたら、現地語がほとんど話せない、当然あまり良い仕事にもつけない、「社会から疎外されている」と感じる二世が増えてしまって、彼らの中には「不良化」する人も一部には出てきてしまいました。その結果として、現地住人の拒否反応も生まれて極右政党が台頭してしまった、うんと簡単に言うと、それが北欧諸国の現状です。

倉本:うーむ。それは結局、「理想は大事だけど、理想だけを追っていると民衆がついてきてくれなくなって、その理想ごと危うくなってしまう」ってことですかね?

橋本:長年、究極の人道主義を実践していたことは本当にすごいと思うんですが、それが北欧諸国の難民受入れ政策にも影を落とし始めていて。デンマークは特に2015年来のいわゆる「欧州難民危機」以降、かなり厳しい受け入れ政策に既に転換していたんですが、スウェーデンとフィンランドも今年から、わざわざ連れて来てくる難民の受け入れ枠が大きく減らされることになってしまいました。

ただし、その難民受入れ枠はゼロにはなっていないし、まだうんと脆弱な難民も積極的に受け入れ続けているので、なぜまだそんなことができているのか、北欧諸国の極右政党は比較的難民に優しい人たちなのかなとも思って、極右政党の移民問題担当議員からも話を聞いてきたんですけど…。

倉本:ちょっと話の腰を折るようですが、やっぱり橋本さんはそういう極右政党でも頭から「あんな野蛮なヤツら話す価値もない!」って感じにならずにわざわざ直接会いに行くのはエライですね。偏見で切り捨ててしまわないで、どういう話をしているのか知らないといけないですもんね。

そういうのも、対談前編でおっしゃっていた「紛争地であと10人本当に人を救うにはどうしたらいいか?」みたいなレベルで考えると当然出てくる発想なのかもと思いました。

橋本:まあ実際話を聞いてみたら、拍子抜けするくらい典型的な極右思想でした(苦笑)。「難民はみな嘘つきだ」「外国人はみな犯罪予備軍だ」「スウェーデンはできるだけ早くEUから離脱しないといけない」「難民受け入れ枠はゼロにしたかったのに、連立与党の政党との交渉に負けたからできなかった」って。

倉本:なるほど。じゃあ日本のSNSでよくあるイメージのように「北欧の人間」ならアプリオリにあらゆる人が理想に燃えてるというわけじゃなくて、「世界中どこにでもある極右思想」も当然そこにはあるし、最近はある程度広く支持を集めていたりもするのだ、ということなのかな。

橋本:はい、傍から見ると順調そうに見える北欧も、条件闘争を毎年やって各党間でギリギリの落としどころを探りつつ難民受入れ枠を設定しているのだ、ということがよくわかりました。

倉本:それは本当に学びが大きいというか、入管法改正の時に橋本さんを裏切り者扱いして攻撃していた人たちに大声で聞かせてやりたい話ですね(笑)。

北欧と言えども、橋本さんがあの時奔走したような「敵対する意見を持つ勢力との細かい条件闘争」みたいなものは常に存在していて、その綱引きを勝ち抜く形で、「理想」は具現化しているのだ、ということなんですね。

「自分と同じ意見の党派」の中だけで、ちょっとした違いも許さずに内輪で褒めあっているだけでは、北欧においてすらその「理想」を社会の中で維持していくことはできないということが伝わってきますね。

橋本:あともう一つの教訓は、北欧の中でもノルウェーだけがちょっと違う結果になっていて、この国だけは極右政党の躍進を食い止められているんです。

倉本:へえ!そうなんですね。他の極右政党に席巻されつつあるスウェーデンやフィンランドとはどこが違うんでしょうか?

極右政党が台頭する北欧で、ノルウェーだけが違う状況を迎えている?

橋本:2024年に難民政策に関する日本語の本を出版する予定で、ノルウェーの事例はその中で詳しく扱うつもりなのですが、ものすごく簡単に言うと「国からの援助も手厚くきちんとするけれど、病気やケガが治ったあとは難民もきちんとノルウェー語を習得し、社会に馴染んで、仕事を見つけて、なるべく早く納税者になってくださいね」ということを結構しっかり打ち出しているんですね。難民を受け入れた自治体にも確実に「得」になるような仕組み作りもしている。

倉本:なるほど。極右勢力に対して「それ見たことか!」という隙を与えないようにしているんですね。それはものすごく重要なメッセージですね。日本社会を、「スウェーデン型」でなく「ノルウェー型」の決着に持っていけるかどうか?というのが今考えるべき大事な問いの設定であるように思いました。

橋本:まあ、ノルウェーの政策決定者たちも「今は大丈夫だけど、うちも数年後にはどうなってるか分からない」と言っていたので、「ノルウェー型」と定義づけて良いかは私もちょっとわかりませんが。

ただ日本でも、日本語をしっかり学んで、できる限り早く日本の文化や様式に慣れてもらおう、というそのレベルの社会統合を試みることさえ「また人権無視の同化政策をやるつもりか!」と批判する層はほんの一部にはいるんですが、ほとんどボランティアのような条件で日本語教室を開いて地道にやっている先生達からは当然そんなことは聞きません。外国出身の子ども達がどうやったら高校受験に合格できるか、アフガニスタンから退避してきた日本大使館やJICA、日本のNGOの元現地職員たちや元留学生たちの職探しをどうするかなどに、昼夜奔走しています。

倉本:でもそういう人が本当の当事者、本当の専門家ですよね。

私のクライアントの建設会社の社長も「もはや外国人がいないと既に我々の生活自体が成り立っていない」と言っていて、そうやって自分のところで社員として引き受けて、戦力として働いてもらって毎日接している層こそが、「本当の当事者・本当の専門家」みたいなところはありますね。

「日本人の純血性」みたいなのにこだわってるSNSのネット愛国者さんが、じゃあスマホを置いて汗水たらしてそういう現場で働いてくれるかっていうとそういうわけでもなさそうですし。

そういう意味では先程の、「日本語学校で必死に日本語を教えている人たち」の人は、人間のタイプでいうと「左派的」な人が多いと思いますし、私のクライアントの土建屋さんとかは、どちらかというと「右派的」な人が多いとは思いますが、でもそういう「本当の当事者」の人たちの間では、今必要なことが何なのか、結構合意できるところがありそうですね。

そうした現場の考え、目立たない専門家の知見を、毎回声高に批判して騒いではすぐに忘れて次の話題に移るだけの層を押しのけて、いかに「みんなの話題」にしていけるかということが今後大事になってくると思います。

橋本:そうですね。現地語教育についてもう一つ面白い事例を付け加えると、オランダでは、難民として受入れた人達(つまり半永久的に住民となる人達)にはオランダ語を真剣に学んでもらえるように、一定期間の語学研修の後でオランダ語試験に受からなければいけないとしていて、試験に受かったらその間の授業料が全て無料になり、試験に落ちたら自腹、というすごくいネオリベな制度を設けています。

倉本:それはめっちゃ面白い(笑)。なんせ自国語を外国人が習得してくれるってことは、保守派側の感性の人にも単純に嬉しいことであるはずですし、そういう制度を作るのは統合策として有効かもしれませんね。

橋本:当然「人権派」からは批判もありますし、現状の日本の難民受け入れ数はオランダの数千分の1程度ですから、すぐに日本でそれをコピペするのは非人道的だし逆に非効率になると思います。ただ、例えば日本のように、伝統的な移民国家ではなく、しかも多くの旧植民地を抱えていない国は、外国人には「特殊言語」を学んでもらわないといけませんから、どの国も苦肉の策を編み出しているという事例の一つではあります。

倉本:特に「英語圏の事例とは違う」というのは確かに大きなポイントだと思いますね。

英語圏なら当然のようにできることが、他の言語圏では簡単ではない。それは英語圏の国が「高潔だから人権に配慮できている」というより、単なる「強者の論理」に過ぎないことも多く、だからこそそれぞれのローカル社会の実情に合わせて使える方法は使っていくべきだ、というのは考える価値があるメッセージだと思いました。

橋本:英語圏で言えば、カナダで30年くらい移民局の職員をしていた友人が、「移民・難民受入れ政策成功のカギは、一に言語、二に言語、三・四が無くて、五に言語」と言っていました。英語圏で移民国家の代表格であるカナダですらこうなんですから、いわんや日本は日本語教育でどれだけ知恵を絞らないといけないか、想像頂けるかと思います。

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