CULTURE | 2023/09/29

SNSで「敵」の悪口を書き連ね、仲間内だけで褒め合っているだけでは無意味 「本当に社会を変える」のに必要な戦いとは何か?倉本圭造×橋本直子対談(前編)

連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」特別編

文・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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橋本直子氏(写真左)、倉本圭造氏(写真右)

※対談中編はこちら

※対談後編はこちら

FINDERSで連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」を手掛ける倉本圭造氏の対談シリーズ第3弾として、難民・移民政策の専門家である一橋大学の橋本直子氏との対談をお届けする。

橋本氏は、これまで大きな反対運動が巻き起こりながらも、今年6月に成立した改正入管法に関して、立憲民主党推薦の参考人として「修正協議」を訴えた人物で、政府提出の法案に反対し修正案を提案していた。修正案は一時は合意しかけたものの、改正案そのものの廃案を主張していた一部の弁護士、活動家、外国人支援団体は到底納得できる内容ではないとし、最終的には立憲民主党が合意を拒否。つまり政府案がそのまま可決することとなってしまった。

その顛末をForbes JAPANウェブ版での連載記事「押し通された「改正入管法」の舞台裏 国会参考人が問う」として怒りを交えて執筆したところ、「廃案一択派」からは批判を受けた一方、無党派や冷静な有識者、一部のリベラル層からは「100かゼロかではなく、泥臭く条件闘争する姿勢もやはり必要なのでは」「リベラルがこの10年ほど負け続けてしまう要因はこうした面にもあるのでは」という声も少なくなかった(本対談はその内容自体にはあまり触れないため、ぜひ当該記事を読んでいただきたい)。

倉本氏による本連載も「対立する勢力同士の罵り合いをいかに乗り越え、問題解決を果たしていくか」を重要なテーマに掲げており、橋本氏の記事を高く評価したことから今回の対談が決定している。

「専門家の知見」、それ自体は合理的で有用であることが多いが、ある人にとっては立場上受け入れることができない内容だったり、白黒はっきりしない複雑さを前提とした内容だったりするため、「はい論破!」が求められがちなSNS空間との相性は悪い。だがそんな現状は本当に変えられないのか。本記事は前後編を通じて難民政策や日本に住む外国人に関する話題がメインとなるが、ここで語られる問題意識は多くの業界において心当たりがある人が多いはずだ。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。

橋本直子

一橋大学大学院社会学研究科 准教授

オックスフォード大学難民学修士号(スワイヤー奨学生)、ロンドン大学国際人権法修士号、サセックス大学政治学博士号(日本財団国際フェロー)、取得。専門は難民・移民政策。 大学院卒業後15年近く、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際移住機関(IOM)、外務省、法務省等で、人の移動、人権問題、難民保護、移民政策等について実務家として勤務。現在は一橋大学にて教鞭を執る傍ら、ICU、東大、東京外語大学、ロンドン大学難民法イニシアチブなどで世界の学生の指導に従事。英語および日本語で主に難民・移民問題を中心に教育、研究、発信を続けている。

自身の社会観を一変させた9.11と英ブレグジットの体験

倉本:私が橋本さんのことを知ったのは、改正入管法が成立した時の、大変強い感情の籠もったForbesの記事を拝読したことがキッカケでした。

「現実的に入管行政が少しでもマシになるように奔走したら、少しの妥協も許さない左翼活動家たちから裏切り者扱いされて潰された」御本人から出てくる、「(異論を許さない)リベラルでないリベラル」だとか、「ハッシュタグをつけたツイートとか散発的なデモなんかより、法案の妥協点を専門的に探り合い交渉を重ねることこそが“本当の戦い”なのだ」みたいな強い言葉には本当に心動かされました。

記事一本読んだだけでファンになってしまったというか、でも自分で言うのも憚られますが、私自身が追い求めてきた活動のスタイルと「同じ目線」を持っておられる方だなとも感じまして、今回お会いできるのを大変楽しみにしていました。

でも「現実の難しさとぶつかりながら、諦めないで理想を追っている人」って、結構孤独になりがちですよね。党派の内側で「いつもの話」をしてるだけの人たちにはそれがなかなか理解してもらえない。

現実を少しでも変えるために、時には「敵」側とも交渉し、妥協も含めて実際に何かを変えることを重視するような動きをしていると、「純粋な理想」以外のものは一切受け入れられない!というタイプの人たちから裏切り者扱いされてしまったりもする。橋本さんも今回の件で少し「友達」を失ってしまったりもしたとお聞きしました。

でも普通に考えたら、「現実を変えること」よりも党派の中に引きこもっていつもの話をして「そうだそうだ!」って言い合っている方がよほどラクですよね。

「そういうのじゃダメなんだ」って思って実際に法案を作ったり与野党の国会議員に働きかけたりというアクションを起こすには、よほどの「個人的な思い」の源泉がないと難しいかと思うのですが、橋本さんをそういう行動に駆り立てている原体験みたいなものはどういうものなんでしょうか?

橋本:今回お声掛け頂いてありがとうございます。経歴という意味でも専門分野という意味でも、倉本さんとは今まで全く交わりが無かったのに、1言えば100伝わるみたいな感じになったのは、正直驚きました。今まで「仲間」だと思っていた人達との距離が遠くなってしまったのは悲しい反面、ものすごく強力な新たな理解者を得られたみたいで、それはとても心強く感じています。

さて、ご質問に答えると私のキャリアは国家公務員からスタートしています。具体的に言うと外務省の職員でニューヨークにある国連に常駐する、日本政府国連代表部社会部の人権人道問題担当専門調査員をしていました。で、その1年目に9.11(米同時多発テロ事件)が起こってしまうんです。

倉本:それはメチャクチャ象徴的というか、「単一の正義の世界観」が吹き飛んでしまうような大変な体験ですね…。

橋本:毎年9月には国連総会があって、その時期が繁忙期ピークになることもあり、事務方は1日20時間ぐらいずっと事前交渉のための会議漬けの毎日なんです。そんな時に、結果として誤報でしたが「3機目の飛行機が国連本部ビルに向かっているという情報があるので、速やかに退去してください」というサイレンが鳴りました。

当時はもともと「24時間働けますか」みたいな世界でしたし、事件発生から2週間ぐらい、ずっと黒い煙がモクモクモクモク立ちのぼる中で邦人保護のチームに緊急配属されました。ただ私はすぐ急性胃腸炎みたいになっちゃって、戦力としては全然使えなかったという苦い思い出があります。

テロリストにとって、ワールドトレードセンターのツインタワーは「悪の象徴」だったわけですよね。資本主義の悪者たちが自分たちの国にも手を伸ばしてきて、居場所がない人が生まれてしまい、それが最も悪いかたちで弾けてしまった出来事だったと思っています。当然テロは悪であり絶対に許されてはならないです。ただし、テロという絶対に許されない方法を使って彼らが訴えたかったことの「中身」には耳を傾けなければ、テロが撲滅されることはない。

その結果、最も凄惨な形で被害を被るのはいつも無辜の市民たちです。テロリストにとって「悪の象徴」だったワールドトレードセンターには富士銀行(当時)のニューヨーク支店もあって、日本人も20人以上犠牲になっています。また、その後の20年以上の「テロとの闘い」に敗けた結果が今のアフガニスタンです。

倉本:確かに、9.11テロみたいな出来事を体験すると、物事が「こっちが正義、あいつらは悪」では済まされないということを本能レベルで痛感させられるところがありそうですね。

もちろんテロ自体は許されないことですが、しかしアメリカが生み出した秩序によって割を食った人たちが、その怨念を徹底的にまとめあげてぶつけてくる現実がある時には、最終的には「彼らが何を考えていて、何を許せないと思っているのか」を切り捨てずに理解することがどうしても必要になりますね。

「欧米VS非欧米」「アメリカVS反アメリカ」という秩序の中で、「俺たちが正しくてお前たちは間違ってる(だから全部言うとおりにしろ)」という構造では何も進まなくなってしまう。

橋本:仰る通りです。さらに続きがあって、NYの後は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員として紛争真っただ中の北部スリランカで緊急人道支援の仕事をしたり、国際移住機関(IOM)駐日事務所で国内の外国人支援などしてきたんですが、2010年代後半に博士論文執筆のためにイギリスに戻ったら、今度はブレグジットに遭遇しました。

倉本:過去20年の人類史の中で、「2つの相反する正義」がぶつかりあって予想もできない事件に発展してしまうような、そういう難しいタイミングの節目節目で現地にいらっしゃったんですね。

橋本:当時、「さすがにそんな愚行は起こらないだろう」と高を括っていたんですが、朝起きたら「離脱」の票数が勝ってしまっていて愕然としました。私はイギリスに合計6年以上住みましたが、当然周囲にブレグジット賛成という人は一人もいなくて。自分の周りがリベラルなエリートばっかりだったという事実を改めて突きつけられました

ただ、それもサッチャリズム以降の格差拡大を放置し続けていたことに対する、エリートへの回答なんだと気づかされました。その日、イギリスで一番グーグル検索された単語が「European Union(EU)」「What is EU?」だったそうです。

倉本:「EUって何?」レベルの人が賛成票を入れていたと。

橋本:つまるところ、「どうせ通らないだろうけど、政府に対する不満を叩きつけたいんだ!」と多くの人が考えた結果、通ってしまったのだと思っています。でもその結果、一番割を食っているのもそういう層の人たちなんですね。一方で「ブレグジットに賛成すべき!」と煽った政治家は国外脱出してEU市民権を得たりして涼しい顔をしている。

他国通貨に対してポンドも弱いし給料も全然上がらない。安い賃金でも働こうとする移民がこれで入ってこなくなるのかといえば、イギリスはコモンウェルスなので旧植民地の人たちは相変わらず流入してくる。その後はコロナ禍がやってくる、ロシアがウクライナに侵攻する、と経済が上向く材料がひとつもないわけです。

倉本:「エリートへの反発」で脱EUに投票した多くの庶民にとって、むしろ余計にダメージを受けてしまうような政策が実現してしまっているということなんですね。一方で、エリート階級は別にブレグジットしてもダメージは少ないというか、回避する方法をいくらでも持っていると。

それは確かに誰のためにもなってない不幸なすれ違いが起きている感じではありますね。

1人でも多く助けたいなら「敵の部族の長」とも挨拶できる関係構築が必要

倉本:橋本さんが奇しくも体験してこられた「過去20年の人類社会の分断の見本市」と言えそうな事件たちを考えると、要するにいわゆる「欧米のエリートが考える正しさ」と、それに対する反感を募らせる人々との間で、ただ「お前が間違っている」「いやお前こそ間違ってる」とやってるだけでは不幸の連鎖が止まらないのだ、というような、そういう諦念というか、本質的な「現実主義」みたいなのがあるのかな、と感じました。

橋本:違う意見を持つ人や敵を叩きまくると、あたかも自分が偉くなったみたいでその時は気持ちよいかもしれませんが、本当の意味でどの程度生産性があるのか。究極の目的は、自分が気持ちよくなることなのか、あるいは全体として少しでも漸進していくことなのか、真剣に考える必要があります。

私はスリランカ内戦(1983年〜2009年)が起こっていた時期に国連難民高等弁務官事務所の准法務官として紛争地で勤務した経験もあります。人道支援を実施するアクセスを確保するためLTTE(タミル・イーラム解放のトラ)側とも交渉していました。

人道支援活動に携わる人間は「全員を救うのは不可能なことが多々ある」という辛い事実に直面させられるトレーニングを積む必要があるんです。たとえ1人でも多くの命を救うには何をすれば良いのかという知恵を絞らなくてはいけません。

そういう現場に立ってみると、本当に「あと10人、いや1人でも助けるにはどうしたらいいか?」という切実な問題に向き合うことになります。

そう考えたら、例えば「敵側の部族の長」と挨拶もできない間柄になってしまったりするのは人道活動を放棄するのと同じことになってしまうわけです。

そういう体験をすれば、「逆側の立場の人」にも彼らなりの正義や譲れない思いがあるのだ、ということを前提にして、どうやって一歩ずつ歩み寄っていけるのかを、自然に考えるようになっていきます。

倉本:それはめっちゃ刺さるパンチラインですね!

自分は「あと10人どうやったら救えるか?」と考えて行動を決めているのかどうか?ただ「理想を追い求めて妥協しない自分」に酔っているだけではないのか?…というのは、これからの時代に大変重要な倫理的分水嶺になっていくように思います。

そういうタイプの倫理観を持った人をいかに増やしていけるかが大事ですね。

橋本:あとは、国際人道法を研究テーマの一つとして扱う者として、赤十字国際委員会のあり方を見ているというのが大きいでしょうか。私自身も紛争下で助けてもらったことがあったんですが、世界の団体の中で最も人道主義を原理主義的に掲げている組織は赤十字なんです。

ロシアによるウクライナ侵攻関連で言うと、ウクライナ人がロシア国内に強制連行されてしまっているため、その人たちが生きているのか、拷問などされていないかとチェックして、母国の家族との連絡などを仲介していたりします。

これを今の状況下でできるのは世界で赤十字だけで、だからこそ赤十字の代表はプーチンとだってある意味で「協力」しないといけないんです。

例えば、ミリアナ・スポリアリッチ総裁は、ロシアとウクライナの捕虜交換を訴えるために今年1月に訪露して、ラブロフ外相と握手もしているんですよ。前総裁のペーター・マウラー氏も同様です。

倉本:そこが完全に切れてしまったら、強制連行されてしまった人たちの情報を取ることもできなくなってしまうということなんですね。

橋本:はい。でもそうやって握手した写真がメディアで報じられると、ウクライナ人からも含めて西ヨーロッパの人達からは激烈な批判が相次ぎました。でも「赤十字はそもそも何をしている組織なのか。この試みが失敗したら当事者がどうなってしまうのか」を把握していないと「何故そんなことをしているんだ!」とただ感情的になってしまうのだと思います。

倉本:それは構図的に日本も含めてものすごく広範に当てはまるメカニズムですよね。

橋本:念のため補足しますと、赤十字の人間が他国を侵略し人権侵害するロシアを憎んでいないわけがないですからね。でも、赤十字は自らの組織が傍から見て「正しく映るか」ではなく、戦時下での人命救助を究極の目標に据えているから、揺るぎません。

倉本:その話は、最近のロシア問題における「どっちもどっち論でいいのか」みたいな論争にも繋がりますね。

ロシアの侵攻自体は明らかに悪で、それを断罪しないというのはありえない。しかし「ロシア人が何を考えているのか」を理解し、彼らとも関係を切ってしまわないように交渉を続けること自体をやめてはいけない、ということなのかな。

その構造の難しさは、9.11テロのときからずっと変わっていないというか、昔のように無邪気に断罪していればよかった時代が終わった分、余計に複雑になってきているかもしれませんね。

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