CULTURE | 2023/10/17

SNSで吹き荒れる「川口市のクルド人問題」を「体感治安」から捉え直す 倉本圭造×橋本直子対談(後編)

連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」特別編

文・構成・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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橋本直子氏(写真左)、倉本圭造氏(写真右)

※対談前編はこちら

※対談中編はこちら

FINDERSで連載「あたらしい意識高い系をはじめよう」を手掛ける倉本圭造氏と、難民・移民政策の専門家である一橋大学の橋本直子氏との対談。最終回となる後編をお届けする。

中編では、日本でも「人権先進国」と見られている北欧諸国においても極右政党が躍進してしまっている現状と、一方で「その国の言語習得を求め、社会に馴染み、仕事を見つけ納税する」ことを明確に求めていく「社会統合策」を推進し排外主義を食い止められているノルウェーの例を紹介した。

今回は「ではその知見を日本でどう活かせば良いのか」をテーマに、SNSで主に保守/右派系ユーザーから危険視する声が高まっている、埼玉県川口市のクルド人の件について語り合う。

SNSの書き込みだけを見ると、とんでもない治安崩壊状態に陥ってしまっているようにも感じられるが、川口市の犯罪発生件数は増えるどころかむしろ減っている。

ただ、これをして「ちゃんとデータを見ろよ!」と批判するのは簡単だが、それで済めば「問題」にはなっていない。

データを提示するだけでは解消されない、「頭ではわかっていても怖いと感じてしまうんだ」という感情を、いかに「ここまでやってくれているなら安心だろう」へと転換してもらうか。「リベラルの理想」を「一般人の納得感」に落とし込むため、あと一歩必要なことは何なのだろうか。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。

橋本直子

一橋大学大学院社会学研究科 准教授

オックスフォード大学難民学修士号(スワイヤー奨学生)、ロンドン大学国際人権法修士号、サセックス大学政治学博士号(日本財団国際フェロー)、取得。専門は難民・移民政策。 大学院卒業後15年近く、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際移住機関(IOM)、外務省、法務省等で、人の移動、人権問題、難民保護、移民政策等について実務家として勤務。現在は一橋大学にて教鞭を執る傍ら、ICU、東大、東京外語大学、ロンドン大学難民法イニシアチブなどで世界の学生の指導に従事。英語および日本語で主に難民・移民問題を中心に教育、研究、発信を続けている。

日本は国境管理を世界一厳格に行っている国

倉本:対談中編の話は、多くの日本人にとって色々と大きな学びがあったと思うんですね。

まずは、北欧のように日本では理想化されたユートピアに見えるような国でも、日々具体的な政治的条件闘争の結果として積極的難民受入れ枠などが設定されるのであって、「敵側」との地道な政治的交渉をバカにして自分たちの党派的な理想に引きこもってSNSで大騒ぎしているだけではダメなのだ、という話がひとつ。

そしてもうひとつ大きな学びは、北欧の中でノルウェーだけがまだ極右政党の台頭を許しておらず、それは国家として移民・難民に対しノルウェー語の習得を求め、「社会に馴染み、仕事を見つけ納税してください」と強くメッセージを送り具体的仕組みを作る「社会統合策」を徹底してやっているからだというお話でした。

こういう外国人問題を考えると、「専門家」は、何らかの「郷に入りては郷に従え」的な要素を少しでも実装しようとすることですら、どうせ「人権侵害だ」というように拒否するんだろうと思われているところがあって、それが余計に保守派の排外主義的反発を招いているところがあると思います。

逆に、保守派でなくリベラル側が率先して「社会統合策」を行っていくことによって、極右勢力に対して「スキ」を与えないようにしていくことが大事なのだということですね。

だからこそ、日本においても象徴的な意味で「スウェーデン型でなくノルウェー型の未来を目指すのだ」というような合意を、極端な右の人、極端な左の人の意見それぞれから分離して、ど真ん中でシェアしていく情勢を作っていくことが大事だと思いました。

これはまさに私がよく言う「メタ正義」的感覚というもので、「相手の意見でなく相手の存在意義」を直視し、その「解決」を自分たちが行えば、相手に本当の意味で打ち勝つことができるという話であるということなんですね。

で、対談中編で扱ったそういう「本質論」から今度は一転してより具体的な「今の日本社会」における話を考えてみたいと思います。

最近は埼玉県川口市に住むクルド人に対する「あいつらは何をしでかすかわからない。怖い」という敵視がSNSで盛り上がってしまっていますよね。今度はいま目の前にある問題に対して、ここまでの話がどう応用できるかもご一緒に考えてみたいですね。

橋本:本当に残念ながら、一部にはレイシストと批判されても仕方ない発言が増えてしまってますね。でも、一方でそうした層が問題視するトピックには一部には理解できるものが無いわけではない。

例えばこの夏には川口市に住む未成年のクルド人も巻き込んだ事件が色々と話題になりました。彼らはこれをして「これだから外国人は危ない!」と言い募るわけですが、そもそも子どもというのは少なくとも15、16歳ぐらいまでは住んでいる国の学校に通うべきだと思っていて、そうでなければ働かされる、つまり児童労働の問題が生じてきてしまうからです。そもそも日本でしっかりした仕事に就こう、自己実現しようと思ったら、やはり日本語ができないことにはどうしようもありませんし。

日本在住の外国人関連政策で私が良いと思っている制度のひとつは、在留資格の有無に関わらず子どもは公立学校に入学できることです。先生がその児童が不法滞在者かどうかチェックする法的義務も、報告通報義務もありません。どのような扱いにするかは法務省や文科省のご意向をいちいちうかがう必要はなく、現場で決められるんです。だから校長先生や教育委員会がどんな考え方かに左右されてしまうとは言えるんですが。

倉本:そんな制度があったんですね。なるほど。

橋本:ただ一方で、日本語が全く話せない・書けない子が増えすぎると、現場の先生たちはどうクラスを運営していいか分からず困ってしまう。だからそれを補うために、現場の日本語教師の方々が(良くないことですが)ボランティア同然で頑張っているんです。そういう意味では保守・右派の方々が言っていることも、リベラルが拾えるところがあるなら拾っていくようなしたたかさがあってもいいんじゃないかと思います。

国会議員の中にはそれをわかっている方もいて、例えば立憲民主党の中川正春議員(元文科相)は10年ほどかけて「日本語教育の推進に関する法律案(日本語教育推進法)」の制定に尽力し、2019年に施行されました。うんと端折って言うと、さっきお話しした手弁当での日本語教員をちゃんと資格として認定したり、まともなお給料を支払えるようにするしたりしていく方向で、色々な法制度が作られていっています。

倉本:日本語教育についてちゃんと予算をつける動きが遅ればせながら実現したわけですね。まだまだ不足はあるでしょうが、そういう体制はキッチリ作っていく事が大事ですね。

日本語力の問題で学校に馴染めない子供がフラフラしないで済むようにとか、あと良く言われている日本語が得意でない外国人児童が多すぎて日本人児童への教育が後手に回るんじゃないかという話とか、大人になってから来日したので日本語が得意じゃないから地域に馴染めないような人を包摂していくとか、そういう問題にちゃんと正攻法で手当をしていくことが大事ですよね。

自民党議員でも、極右支持者の手前、大手を振っては言いづらいけど、それは必要だよねと思っている人はいっぱいいると思います。

橋本:そもそも日本語を国内外で広めていこうっていう主旨の法律ですから、極右も反対しずらいはずです。だからこの法律は超党派の議員立法として成立しています。対立点や相違点ばかりでなく、このように最大公約数を探っていくような姿勢こそ、様々な分野で必要ではないでしょうか。

倉本:あとこれは、中編の最後でも触れた話に繋がるんですが、保守派側の気持ちからすると、「無制限にバンバン移民を入れる話」とのつながりをあまり意識しないで済む建て付けの方が、もっと受け入れやすくなるかな、という感じはしますね。

「日本語教育を強化する」が、そのままイコール「際限ない移民拡大路線」だとイメージされてしまうと協力しづらいと思うので。

移民を拡大するかどうかは関係なく、「現実にいま日本にいる、多様なルーツを持つ子どもたち」に対して、ちゃんと日本語を話す仲間になってもらわないと困るよね?的な感じで理解してもらうことが大事だと思います。

橋本:ちなみに世界中で「無制限にバンバン移民を受け入れている国」なんて北米も含めどこにもありません。中でも特に日本は島国であることもあり、またいわゆる「途上国」から遠いという地理的事情もあり、国境管理が世界一しっかり超絶厳格にできている国だと断言できます。

例えば、コロナ禍前では一年間の外国人入国者数が3000万人を超えましたが、それでも不法滞在者は大体7万人、どんなに多く見積もっても10万人前後。これは世界的な比較で言うと驚異的に少ない数字です。アメリカなんて、不法滞在者の数は1000万~1200万人って言われてますからね。もう数えきれないでしょう、きっと。

ただ、日本の移民政策は現時点ではあまりに厳格・制限的すぎて、心から日本を愛する外国人達が「このままじゃ、日本は瞬く間に消滅するけど大丈夫?」と真剣に心配するレベルです。「大好きな日本が自ら滅亡しちゃうなんて耐えられない」みたいな。

倉本:そうそう、そういう視点は大事ですよね!

実際に今の日本は“世界一レベル”で厳密に国境管理を行っている国なんだ、っていう事実を踏まえた上で、ゼロか百かでなく「程度問題」として常に議論していくことが必要だと思います。

対談中編でも少し述べましたが、「一般人の感覚」っていうのはそういう「割合」の問題を適切に判断することがとても難しくて、10%の話と0.00000001%の話の違いを区別せずに延々としょうもないスジ論に熱中してしまうことが多いですからね(笑)。

これからの超国際化時代において、日本が多少は外国人を受け入れる国にならざるを得ないからといって、アメリカと同じレベルで大量に受け入れる国になることはおそらくありえない。

ただ、アメリカはその量が常に流入することで人口ピラミッドが先進国でダントツに健全ですし、それが経済の圧倒的な強さに繋がっていることは間違いない。一方で、そういう「ダイナミズム」が強すぎるゆえに社会の末端がかなり不安定になってしまっているアメリカに対して、日本はそういう点では安定している面もある。

そういう風に考えると、両極端の空疎な罵りあいから離れて「どの程度の受け入れなら許容できるのか?」というように考えていくべきなのだと思います。

またそのパーセンテージも、結局「ノルウェー型の社会統合策」がちゃんと成功すれば、0.01%を1%に引き上げても問題が起きなくなる、というような、状況に応じて適切に可変的に考えていくことが重要なのだと思います。

外国人から「日本人はそのまま滅亡したいのか」って思われてる状態のままでいいのか?という中で、「欧米みたいにする」という意味ではなくても、縁あって日本社会に参加してくれている人に対して適切な統合策を行っていくことは当然必要ですよね、という話ができればいいですね。

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