誰もノーと言わない(言えない)あの企業
By Coolcaesar - Own work, CC BY-SA 4.0,
本書は新たな発見や驚きに満ちているのだが、その中でもとりわけ興味深いと思った章を3つばかり紹介したい。
最初に紹介したいのは、第1章「日雇い職人」。この章では『Ultima Underworld: The Stygian Abyss』、『System Shock』、『Deus Ex』などの作品を手掛け世界的に評価の高いゲームデザイナー、ウォーレン・スペクターが主人公となる。
左がウォーレン・スペクター。ちなみに右は『ICO』『ワンダの巨像』などで知られるゲームデザイナーの上田文人氏
スペクターは日本でこそあまり知られていないが、北米においては非常に知名度の高いゲームデザイナーだ。とりわけ氏の集大成ともいえる作品『Deus Ex』は、戦闘から会話まで極めて豊富な選択肢が用意されたRPGとして評価が高く、各メディアによるレビューは平均して90点以上を獲得。発売から20年以上が経つ今もなお、名作との呼び声が高い。
だが氏は2000年にその『Deus Ex』を完成させて以降、10年もの間音沙汰を断っていた。第1章はそんな「成功した後」のスペクターが、あのウォルト・ディズニー・カンパニーとのゲーム開発に挑むものの、自社のブランドイメージへの固守とビデオゲームへの無理解からディズニーとの軋轢に苦しむ姿が描かれる。
特に、ディズニー幹部に「ノーって、何だい?誰もディズニーにノーって言わないんだよ」と言われたエピソードは衝撃的。(筆者自身も実体験にあるが)「超・一流企業」と働くことの本当の苦労、そして人気IPをゲームに落とし込んでいく難しさなどは、大変興味深いものだった。
ベテランクリエイターが「面白くないゲーム」を生み出すことになる理由
次に紹介したいのが、第4章「消えたスタジオ事件」。本書は基本的に「頑張ってゲームを完成させたのにすぐクビになった」とか「社長や株主の無茶ぶりに振り回されて残業しまくった」といった苦々しいエピソードのオンパレードだが、その中でもこの章のエピソードは本当に恐ろしい。
本章では2K(テイクツー)というアメリカのゲーム企業グループの2Kマリンを舞台に、親会社からどう調理しても面白くなりそうにない企画を押し付けられ、さらに応援として呼ばれた他のグループ企業は手一杯で双方の関係が悪化。その結果、自分たちのスタジオが「消える」という信じがたい結末を迎える(なぜ「消えた」のかは実際に読んで確認されたし)。ゲーム業界における杜撰極まる経営と軽視されきった雇用への意識を、ありありと描いている。
筆者は偶然にも2Kマリンが本章で開発した作品『The Bureau: XCOM Declassified』をプレイしていて、そのときは「あまり面白くないゲームだなぁ」という程度の感想しか抱かなかったが、何故ベテランのクリエイターが集まる企業でも「面白くないゲーム」が作られてしまうのか、その過程についてはよく知らなかったという人は多いと思う。
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