CULTURE | 2020/09/24

“宇宙CM”を成し遂げた男が、再び宇宙を目指す理由 高松聡(写真家・アーティスト)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(16)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

宇宙飛行士という“失った夢”……そして明かされた“新たな夢”

宇宙飛行士訓練の卒業証書を前に。(撮影:織田桂子)

高松:そうやって何とか8カ月間の訓練を修了し、卒業式を迎えることになりました。卒業証書を授与されて、満面の笑みを浮かべてロシア語でスピーチをして……。卒業証書は当然ロシア語で書かれていて、一語一句までは理解していなかった。そうしたら数日後に宇宙飛行士訓練を仲介したアメリカの旅行代理店から電話がかかってきて、卒業証書の文面には「宇宙飛行士として認定する」という言葉が含まれていないという指摘を受けたのです。

星の街におけるすべての訓練を終了して迎えた卒業式の様子。

つまり、ただ訓練を卒業しただけで、宇宙飛行士として正式には認定されなかった。それはもう、呆然としましたよ。それまで訓練の様子を報告していたFacebookには「卒業した」と投稿したところで投稿をやめて、「宇宙飛行士になれました」と投稿することはできなかった。それでも、「おめでとう」というメッセージがたくさん来たけれど、全部スルーして沈黙を守り抜きました。

実は僕自身が宇宙旅行代理店を経営していたこともあり、様々なパートナー契約や秘保持契約もあって、この話は今まで一切公表できずにいました。でも5年を経て契約を見直し、今回、この写真展とともに“告白”をすることにしたのです。

「このケースに横たわっているのは訓練用の宇宙服です。まるで棺のようですが、宇宙飛行士になりたかったという僕の夢はロシアで一度死にました。いわば “death of my dream” ですね」(撮影:織田桂子)

なぜ、そうしようと思ったのか。宇宙飛行士になるという、僕の夢は一旦絶たれました。でもそこで、僕は新しい夢を見つけたんです。写真を撮り続ける日々の中で、星の街で出会った宇宙飛行士たちにある質問をしました。「宇宙から見た地球の美しさを100だとしたら、写真に写された地球の美しさはどれ位だと思いますか?」と。答えはだいたい10%程度。それはそうだと思うんですよ。宇宙から地球を見て、「人生観が変わった」という宇宙飛行士はたくさんいる。でも、写真に写された地球を見ても、そこまでのインパクトは感じない。

というのも、これまでに宇宙へ行った約500名は、軍人や科学者、エンジニアなどで占められているけれど、写真家はただの1人も宇宙には行っていない。それならば僕は写真家として、“宇宙から見た地球”という視覚体験を、可能な限り地球上で再現したいと思った。僕の計算によれば、それには動画なら24Kから32Kのスペックが必要になる。今ある最高の機材を複数つなげて撮影し、30〜50メートルの表示サイズで宇宙から見た地球の姿を再現できれば、人生観が変わる位の視覚体験を再現できるのではないか。

そのためにメーカーと協力して機材を開発し、ISSに滞在して撮影を行い、そのデータを超高精細な映像やプリントとして表現する研究を進めていく。「宇宙へ行ったら地球はこう見える」という視覚体験を、全人類に共有すること。それを自分のミッションにしようと決意したんです。

―― 6歳から宇宙飛行士を目指しながら挫折を味わい、次にクリエイティブディレクターとして宇宙CMを制作し、そこから自分が宇宙飛行士になる機会を得た。5年前、その夢も絶たれたかのように思われたけれども、今度は違う立場から宇宙を目指そうとしているわけですね。

そうです。幸いにして広告の仕事に携わる中で、技術的な制約も含めて前例のないビッグプロジェクトを計画し、実行する能力を養ってきました。そして宇宙飛行士としては、全試験に好成績で合格することによって、自分の能力を証明することができた。写真家の技量については今回の展覧会を見る方々に委ねますが、これら3つの点で、今やろうとしていることはまさしく自分にしかできないミッションだと確信しています。

今地球上には、環境破壊や戦争、資源を巡る問題などが蔓延(はびこ)っています。でも、あらゆる人々が自分の目で地球の姿を前にしたなら、「この星を守らなければ」という意識が生まれるかもしれない。初めて海外から日本を見た時が“日本人”としての意識の芽生えになったように、宇宙から地球を見て初めて得られる“地球人としての意識”があると思う。「宇宙飛行士になりたい」という想いは僕個人の夢に過ぎないけれど、宇宙から見た地球の姿を体験したい人はそれこそ限りなくいるでしょう。だから今回の写真展を“告白”のきっかけとして各地で開催し、このビジョンを世界中の企業や組織にプレゼンしていきたい。それが、宇宙飛行士になるという夢を失いながら新たに見つけることができた、僕の“新しい夢”ということです。

訓練中に訪れたバイコヌール宇宙基地にて、打ち上げを待つソユーズロケット。この時の打ち上げにはフライトエンジニアとして日本人宇宙飛行士の油井亀美也が搭乗していた。

次ページ:全人類に向けて、“宇宙から見た地球”の視覚体験を届けたい