調査によって見えてきた空き家とアーティスト移住の課題
ポートランド視察時の様子。住民主体によるDIY的まちづくりが進んでいる
より別府らしい移住支援のあり方を模索すべく、BEPPU PROJECTが事務局を務める混浴温泉世界実行委員会では、2016年から移住・定住に関する調査を積み重ねてきました。アメリカのポートランドなど国内外の先進地を視察すると同時に、全国のクリエイターやアーティストに向けたアンケート調査や空き家の所有者を対象とした調査を行っています。
移住先としてどういう場所が望ましいかをアーティストに尋ねると、さまざまな答えが返ってきました。音楽家であれば深夜であろうとも音を出して良い場所、彫刻家であれば大きな作品を外へ運び込むためにトラックが横付けできるような場所、絵描きであれば壁に絵の具が飛び散っても構わない物件や、自由にリノベーションできる場所など、さまざまな要望が挙がりました。しかし彼・彼女らの要望が叶うかどうかは、一般的な不動産会社のウェブサイトには掲載されていません。彼らが物件を探す時には、地域のことをよく知り、クリエイティブな活動にも理解がある人を頼っているということも、この調査によってわかりました。
また、高齢の不動産オーナーに話を聞くと「空き家を貸すことは可能だが、古くなった物件を修繕し、長期間貸すというイメージが湧かない」と言います。
つまり、物件を貸したくないわけではなく、従来の賃貸借の商慣習ではイレギュラーとなる要望が多く貸すことができないのです。そしてクリエイターやアーティストの中には、むしろ修繕前の状態を望んでいる人もいます。このニーズが認知されず、需要と供給が噛み合っていないということが課題だと思っています。
地元不動産企業、地域住民、アーティストらとおこなった懇談会の様子。活発な議論が交わされた
アーティストが町に住むメリット
よく、ビジネスとアートは対局にある存在であるように言われます。しかし、アーティストとビジネスの関係性をもう少し深掘りしてみると、ビジネスの課題は、売上や顧客との信頼関係など解決すべき課題が具体的で、多くの場合、そこにはロジックが存在しています。一方で、アーティストがつくる作品はある種の「衝動」であり、そこには今この時代に見出すべき新しい価値や、世界に対する問いかけが含まれています。
なんらかの疑問や社会的な課題を解決しようとする時、ビジネスにおいてイノベーティブな衝動を持った人が突然変異のように現れることも少なくありません。アートやクリエイティブのように自分を起点とする視点と、ビジネスの視点に多くみられるユーザー起点、どちらも併せ持つことは潜在的なニーズを探る上で有効です。
さらに、アーティストやクリエイターはこれまでにない価値や質を持った作品をつくる、いわばものづくりのプロでもあります。つまり、新たなサービスや商品などを開発する際に、そのアイデアや技術が必要となるシーンは想像に難くありません。
加えて、前述の通りBEPPU PROJECTにはクリエイティブを活用した課題解決を求める県内企業から、150件近くの相談が寄せられています。県内企業にとって、ビジネスにおけるアートやクリエイティブの有用性は浸透しつつあると言えるでしょう。
また、今後はスタートアップに近い発想を持った若手アーティストの支援にも注力したいと思っています。作品の制作や発表の場を提供することは、BEPPU PROJECTとしての重要なアーティスト支援の1つです。我々が中間支援組織となって、彼らの技術や能力と企業や地域の課題をつなぐことも、アーティストとしての経験値を上げ、活動の幅を広げる原動力にもなり得ると考えています。
さらに、アーティストやクリエイターの移住が進み、地域にものづくりの拠点が集積すれば、そのアトリエや工房をめぐる観光コンテンツが自ずと造成されていくでしょう。そしてその土地を「産地」として発信することができるようになれば、従来のように観光客を招き入れたり、商品を地方発送したりするだけでなく、新たな価値を提供し続けることも可能になっていくでしょう。
アーティスト・勝正光が別府駅前で油屋熊八像をデッサンしている様子。もしまちにこういった風景が現れ、日常となったら。
これらを実現するためには、エリアを限定して、高密度に集積したクリエイタービレッジを形成し、そこで社会実験を展開していくことから始めようと考えています。そこでは人・流通・企業と繋げていくためのソフト面のサポートと不動産などのハード面のサポートが必須です。
しかし、NPOとしてできることには限界があります。我々はこれまでソフト面のサポートを進めてきましたが、利益の伴うハード面のサポートに着手できないでいたことは大きな課題です。そこで、これらのサポートは我々だけでなく、企業や他団体とのジョイントベンチャーのような形で取り組む必要があります。
我々は近い将来、クリエイターやアーティストの移住者を1200人まで増やしたいと思っています。つまり今の10倍、別府市の人口の1%となります。この計画の素案となる基本構想が最近ようやく完成しました。年内には実働に向けた基本計画の発表の機会が持てるでしょう。
行政やディベロッパーだけに頼るのではなく、市民のアクションによって町を変化させていこうとするならば、都会よりも規制や法的な縛りが緩やかな地方の方が活動しやすく、面白い案件が生まれやすいかもしれません。
そう考えると、地方にこそクリエイティブが求められるし、地方であればあるほどクリエイティブな可能性があるのではないかと感じています。
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※編集部からのお知らせ
今回の記事をもちまして、連載『「ビジネス」としての地域×アート。BEPPU PROJECT解体新書』は最終回となります。これまでお読みいただいた読者の皆様、そしてご執筆いただいた山出淳也さん・田島怜子さんに感謝申し上げます。
以下の告知にもあります通り、今後もBEPPU PROJECTの活動は続いていきますので、ぜひ公式サイトなどをチェックしていただければと思います。
BEPPU PROJECTからのおしらせ
『廣川玉枝 in BEPPU』https://inbeppu.com
2021年11月20日(土)-2022年1月23日(日)
毎年1組のアーティストを招聘する個展形式の芸術祭「in BEPPU」。6回目を迎える本年は、最も旬なファッションデザイナーとして国際的に評価される廣川玉枝を招聘し、市民とともに新たな「祭」を創造します。今もなお新型コロナウイルス感染症による多大な影響を受けている観光地・別府において、本展の開催がさまざまな困難を乗り越えるため活力となることを願っています。
【同時開催】
ベップ・アート・マンス http://www.beppuartmonth.com
梅田哲也 『O滞』再公開 https://inbeppu.com/2020
『山口ゆめ回廊博覧会』https://yumehaku.jp
2021年7月1日(木)~12月31日(金)
山口市、宇部市、萩市、防府市、美祢市、山陽小野田市、島根県津和野町の7市町の地域資源を活用した周遊型の博覧会。「7つの市町でつなぐ、7色の回廊」をコンセプトに、圏域の魅力を7つのテーマ (「芸術」「祈り」「時」「産業」「大地」「知」「食」) に分類。食とアートのコラボレーションイベントやスペシャルなまち歩きなど、190以上のイベントや体験プログラムなどが開催されます。