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Jini
ゲームジャーナリスト
はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
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任天堂本社への「参拝」したい観光客
筆者は仕事柄、ゲーム会社の人間と取材や会食を通して話をする機会があるが、中でも海外のゲームクリエイターが来日した際に必ず訪れたがる場所がある。京都だ。
目的は言わずもがな、八ツ橋を食べて清水寺を歩きたい……ではなく、任天堂本社への「参拝」である。特にインディーゲームの開発者を含む若手にとって、任天堂ハードは自分が育った第二の家であり、マリオは自分を育てた親のようなもの。故に、一度は任天堂本社を訪れたいというのが、クリエイター、そしてなにより多くの任天堂の熱烈なファンでもある彼ら・彼女らの夢なのだ。
そしてその夢が、理想的な形で実現しつつある。それが6月2日に任天堂が発表した、資料館計画だ。
1969年に宇治市に建築された「宇治小倉工場」の跡を利用し、過去に発売した商品を展示する「任天堂資料館(仮称)」の設置を決定したという。完成は2024年の3月を予定しており、まだ具体的な施設内容も決まっていないものの、完成イメージ図からは工場時代の面影をあえて残した大きなシャッターに、緑と調和した近代的なテラスが組み合わさった様子がうかがえる。
任天堂プレスリリースより
ゲームクリエイターをはじめ、任天堂本社に「参拝」しようとする観光客は、特にNintendo Switchの販売台数が8000万台を超える大成功を収めてからさらに増えたものの任天堂本社それ自体は当然普通のオフィスビルであり、立ち入りができない。
せっかく訪れてもこっそり写真撮影するぐらいで、それも社員の迷惑になりかねないためさっさと退散する他なかった。任天堂のQ&Aにも、「お取引先各社様の機密情報をお預かりしていますので、工場見学および会社見学は受け付けておりません」と記載されている。
任天堂の公式YouTubeチャンネルでも英語圏向けに本社へに潜入動画を公開しているが、結局その殆どが謎に包まれたままだ。
今回の任天堂資料館により、ファンは任天堂の史跡を訪れるだけでなく、そこで数々のアーティファクトも鑑賞できる。ファンの「聖地」がようやく実現するのは、ファンにとっては願ったり叶ったりといえるだろう。
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資料館に期待したいこと
さて、資料館の概要はまだ不明な部分も多いが、期待したい点をまとめたい。
まず、充実したコレクションだ。ファミリーコンピュータやNINTENDO64など誰もが遊んだ名機は無論として、『スマブラ』参戦で一躍有名になった「ファミリーコンピュータロボット」、衛生データ放送を活かしてスーパーファミコンにゲームソフトをダウンロードできる当時としては画期的な「サテラビュー」、1995年にして早くもVRゴーグル的な仕組みを持つ「バーチャルボーイ」は絶対に欲しい。
マニアはもちろんのこと、少年少女たちも「え!任天堂こんなすごいモノばっかり作ってたの!?」とウケること間違いなし。京都駅では6番のりばから降りた外国人がぞろぞろと近鉄京都線に乗り付ける、過去あまり京都府民が見なかった光景が見られることだろう。
こういったコレクションに加え、筆者が個人的に資料館に期待するポイントがさらに2つある。
1つはなるべく多くの展示品をプレイアブル、つまり遊べる状態にして欲しいということだ。美しいゲームのアートボックスは眺めているだけで幸福になれるが、やはりゲームの真価は実際にコントローラーを握って遊んでこそ。任天堂の大黒柱、宮本茂が何度も「ゲーム」ではなく「おもちゃ」という表現で強調したように、やはり遊びを通じて任天堂について学べる場所がいい。ただ公式のプレスリリースの隅にも、こっそり「展示と体験を行う観光施設」とあるので、こちらは期待できそうだ。
もう1つが、すでに東京の渋谷PARCOにある「Nintendo TOKYO」のような巨大お土産コーナーを併設すること。任天堂初の国内直営ショップの同店ではマリオ、ゼルダ、スプラトゥーンなど名作のキャラクターたちをかたどった、とてもユニークな小物やアパレル、お菓子がたくさん置かれており、休日になるといつも賑わっている。
もし任天堂ファンが一歩でも踏み込めば、気づかぬ間にカードに5万10万の請求が来るある意味で恐ろしいお店だが、関西には残念ながらない。ぜひ「Nintendo KYOTO」を資料館に併設してほしい、という関西の任天堂ファンはかなり多いはずだ。
任天堂IP戦略の要としての「聖地化」
このように、資料館はゲーム好きなら妄想が止まらなくなる施設だが、ここには任天堂と京都の「聖地化」に向けた合理的な思惑が見て取れる。
まず任天堂が近年、明らかに力を入れているのがIP戦略だ。近年、ゲーム開発費が年々高騰しており、SIEワールドワイド・スタジオ(SIEWWS)の元会長、ショーン・レイデンはゲームの開発費に約80億~150億円近くかかっていることを説明し、発売したゲームがある程度売れても、開発費を回収することも難しくなりつつあると指摘する。
そこで、一度作ったゲームの世界観を応用し、映画化やコミカライズ、またグッズ販売などで収益の積み増しを図ることが、ゲーム企業に近年問われるようになった。
事実、任天堂の古川社長は株主・投資家向けのリリースにて「任天堂IPに触れる人口の拡大」を基本戦略として掲げることを発表するなど、ゲームソフトやゲーム機に限らない手広くコンテンツビジネスを拡張している。その実績として、2019年に「Nintendo TOKYO」を、2021年3月には大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン内に「スーパー・ニンテンドー・ワールド」を作り上げた。変わり種ではLEGOと協力してアメリカ版ファミコン(NES)のレゴセットを販売するなど他社とのコラボにも意欲的だ。
『TitleMax』によれば任天堂のマリオブランドはこれまでに約3兆6000億円の収益(マルチメディアで展開するキャラクターコンテンツの中では世界8位)を上げているが、うち関連グッズの販売によるものは4000億円ほど。今後はさらに伸びる期待が持てる。
任天堂の思惑は、この資料館とテーマパークをあわせて関西を「任天堂の聖地」として構築することで、任天堂のIPを家庭内だけでなく外の世界にも根付かせることだ。
USJのあるユニバーサルシティ駅から小倉駅までは早くて1時間半程度で到着するため、1日目はUSJで思い切り遊び、2日目は資料館でじっくり鑑賞という計画も組める。また任天堂ブランドではないが、下京区の任天堂旧本社ビルをホテルとして改装する計画もあり、聖地巡礼の宿泊地にもってこいだ。
特に外国のゲームファンからのグッズ販売や入場費の収益はかなり期待できるといえるだろう。
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