第7回/商空間(販促空間)の可能性(全7回)
これまで、販促空間における壁面グラフィックの手法が、チラシなどの2次元グラフィックと異なる点について事例を交えながらお伝えしてきた。空間系グラフィックとは、紙面とは異なり、その空間内にある様々な要素と関連しながら、その在り方が決まってくることがお分かりいただけたのではないだろうか。そして、その中でも何らかのビジネス的な結果を出すことが求められる「販促空間」では、その結果を出すための「戦略」が必要であることもご理解いただけたのではないだろうか。
最終回となる今回は、販促空間全体に視野を広げてその在り方、可能性について私見を述べて連載を終了したいと思う。かなり主観的な話になることをお許しいただきたい。
「空間デザイン思考」の可能性
空間をデザインすることは一般的に「空間デザイン」と呼称されている。今回、その空間デザインという言葉を使わず、敢えて「空間デザイン思考」という言葉を用いているのは、「空間デザイン」というものが一部の専門家しか獲得することのできない特別な能力のように感じ取れるからである。もちろん、これは私の単なる主観でしかない。しかし、「空間デザイン思考」と呼称した方が、どことなくより幅広い方にとって受け入れやすい表現なのではないかと感じている。
これまで本連載でお伝えしてきたこの「壁面グラフィックの手法」はこの「空間デザイン思考」の中の一部分となる。しかし、空間デザインにこれまで関わってきた方の多くは、この壁面グラフィックについて、ここまで深く、細かく検討してこなかったのではないだろうか。特に、「結果を出すための戦略的な部分」については、本稿と同様の話を聞くことはほとんどない。
私事になるが、私はもともと建築設計の人間で、独立してからインテリアデザインに携わり、結果的に現在は展示会デザインに携わることになったという経歴を持つ。そして今でもインテリアデザインには時々携わり、インテリアデザインに関わる仲間も大勢いる。そのような中、日頃展示会ブースのデザインを行い、どのように「結果」を出すのかを試行錯誤する中で、ある思いを感じ始めることになった。
それは、現在の商空間デザインは、「結果を出すための空間戦略」が弱いのではないか、というものだ。もちろん、実際には、多くの店舗デザイナーはどのように集客をするかについては程度の差こそあれ、考えていることだろう。しかし、少なくとも「結果を出すデザイナー」やその手法が表に出ること、取り沙汰されることはほとんどない、と言ってもいい。多くの場合、商空間のデザインが取り沙汰される際には、そのデザイン性やその在り方、シンプルな意味での機能性などが主に取り上げられている。方や、そのデザインがもたらした結果や、集客等の「結果を出すための空間的な仕掛け」について、取り沙汰されることはほとんどない。
一方で、店舗集客の概念には「VMD」というものがある。しかし、このVMDという考え方は、店舗コンサルタントの方々をはじめとした「設計者以外」の方が中心となって語られており、このVMDの概念を理解している店舗デザイナーは「集客に強いデザイナー」として捉えられる。そのような傾向があるのではないか、と感じている。ここで、大事なことは「設計者が発端ではない」概念であるため、「空間デザイン」が基になっているわけではない、という点だ。
だからこそ、「空間デザイン思考」という概念と「VMD」という概念を共に考え合わせると、「何かが足らない」、又は「もっと進化できるのではないか」と、その先にある「可能性」を感じることができる。そして、その発想の契機になるものが、展示会デザインのデザイン手法なのだ。
本連載の初期に説明をした通り、展示会はわずか3日間で終了してしまうため、展示会ブースのデザインが出展結果に対して持つ役割・責任はかなり大きくなる。すると必然的に、単なるデザイン性だけでなく、「結果を出すための空間的仕掛け」についてかなりシビアに考えざるを得ない状況となり、単にデザイン性を考えるだけではない、結果を重視した空間デザイン思考となるのである。
このように、店舗を中心として考えられる「商空間における空間デザイン」と、「展示会における空間デザイン」を比較して考えるようになると、商空間デザインは「結果を出すための空間戦略」が弱いのではないか、とどうしても感じてしまうのである。
2つの「空間デザイン思考」
そこで、このような思いの中、ふと「空間デザイン」には2つの方向性があるのではないか、と考えるようになった。それが「アート系空間デザイン」と「ビジネス系空間デザイン」という2つの概念となる。
「アート系空間デザイン」とは主に見た目の「印象」や、シンプルな意味でのその空間の「機能性」やその在り方に重きを置いた空間デザイン思考のことを指している。一方で「ビジネス系空間デザイン」とは、その空間デザインによって「結果がどうなるのか」といったビジネス的な成果を見据えた空間デザイン思考のことと言える。
これまでの商空間デザインにおいては、主に見た目の印象やその在り方に重きをおいた「アート系空間デザイン」の視点が重視されてきた。もちろん、これは間違いではないし、私もそれを否定するつもりはまったくない。商空間のデザイン性やその印象が与える影響は商空間の在り方にとって重要な要素となる。方や、展示会のデザインにおいては、先に説明した通り、結果を出すための空間デザインの手法、つまり「ビジネス系空間デザイン」に重きが置かれることになる。
これら、2つの空間デザイン思考を考え合わせると、様々な空間に対していろいろと説明がつけやすくなることに気が付く。空間デザインには様々な種類がある。住宅のような居住空間をデザインすること、博物館のような空間をデザインすること、これらは主に「アート系空間デザイン」的な要素が大きくなる。一方で、店舗や飲食店、ショールームなど、何らかのビジネス的な空間の場合、「ビジネス系空間デザイン」の比重が大きくなる。この2つはどちらか一方に完全に偏るのではなく、その空間の用途によって「バランス」が変わるものだと感じている。
商空間(販促空間)の可能性
このように空間デザインを2つの視点から捉え直すと、商空間にはまだまだ「ビジネス系空間デザイン」の視点が不足しており、今後さらにこの要素を強くしたデザインが増えてくるなら、現在の社会における「商空間デザイン」は更に進化する余地がある、と感じている。そして、本連載において一例としてお伝えしてきた「壁面グラフィックの手法」や「展示会のデザイン手法」はその契機の1つになり得るのはないだろうか。
本連載では、「壁面グラフィック」に焦点を当ててお伝えしてきた。しかし、それ以外にも商空間に応用可能な展示会デザインの手法は数多くある。例えば、その1つが「商品陳列の手法」だ。
昨今店舗の在り方が変わってきている。「ショールーミング」という言葉に表現されているように、実店舗では商品を見るだけで、実際にはネットで買う、という事象が増えてきている。このような状況から、「ショールーミングストア」という店舗形態が台頭することとなった。そこでは、商品をその場で売るのではなく、体験し、判断してもらう、という流れとなる。実は、この状況はギフトショーやインテリアライフスタイル展といった「バイヤーが主に訪れる展示会」における商品陳列手法が応用可能となる。ギフトショーなどの展示会では、その場で販売は行われず、バイヤーが商品を細かく見て、自身の店舗で採用するかどうかを「見極める」ことになる。必然的にそのようなブースにおける商品展示方法は、商品が何かを分かりやすく伝え、印象を最大限よく見えるような商品陳列方法にする。このような展示会ならではの手法もおそらく、今後の商空間に応用可能となるだろう。
また、「言葉」についても同様だ。本連載の第4回において「キャッチコピー」について説明を行ったが、この考え方も現在の商空間全体に応用可能なことと感じている。現在の商空間には全般的に「言葉が足らない」。日頃、展示会のデザインに携わる中で、そのようにも感じている。
本連載では、展示会のデザインを基にして「販促空間」におけるデザイン手法の可能性を説明してきた。商空間と言わず敢えて「販促空間」と表現したのは、店舗などの商空間だけでなく、ショールームやオフィスエントランスなど、「販促」を行う空間全てにおいて、これらの手法は応用可能だと考えたからだ。
展示会のデザインには、視点を変えればまだまだ多くの可能性ときっかけが埋まっている。本連載を通じて、このように感じてもらえればありがたい。そして、機会があれば是非様々な展示会へ足を運んで、「販促空間」全般を見据えた、広い視点で、改めてその空間を見つめ直してもらえればと思う。
※本記事は月刊 「Signs&Displays」 で2025年2月号から8月号までに掲載された記事から転載しております。
連載:展示会デザイナーが伝える販促空間の「壁面グラフィック」の手法https://finders.me/series/kqJTU8QIxo5Tr4Qqiu0/
Product Planets by Signs&Displays (月刊サイン&ディスプレイ)
https://signs-d.ne.jp/
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