文:ヤジマミユキ
懐かしい音楽を聴くと、その時の記憶や思い出が蘇ってきたという経験はないだろうか?
音楽と記憶は、私たちの想像以上に強く結び付いているということを教えてくれる1本の動画がある。
アルツハイマー病型認知症を患った元バレリーナ
2019年に亡くなったスペイン人の元バレエダンサー、マルタ・C・ゴンザレスさんは、若い頃、ニューヨーク・シティ・バレエ団のプリマバレリーナとして活躍していた。イギリスのラジオ局『Classic FM』によると、マルタさんは晩年、アルツハイマー病型の認知症を患っており、車イス生活を送っていたという。
そんなマルタさんの失っていた記憶を呼び戻してくれたのは、音楽だった。音楽療法支援団体「Música para Despertar」は先日、マルタさんを生前に撮影した1本の動画を公開した。そこに映っていたのは、まぎれもなく1人のバレリーナだった。
車イスに座ったマルタさんは、ヘッドフォンでチャイコフスキーの「白鳥の湖」の音楽を聴き始めると、表情や目の輝きが一変。手を多く広げ、全身を使って踊り出したのだ。それは1967年に、マルタさんが舞台で踊っていた「白鳥の湖」の振り付けだった。その動きは正確で、かつ優雅で美しく、とても記憶がないとは思えないほどだ。まさに、マルタさんが長年の練習を脳と身体に積み重ねてきた記憶が、本能的に呼び起こされた瞬間であった。
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11万件いいね!世界中から寄せられる感動の声
この感動的な動画は、SNS上で大きな反響を集めた。さらに俳優、音楽家、振付師、といった著名人たちも動画をシェア。中でも、ブルックリン交響楽団の副指揮者であるフェリペ・トリスタン氏の投稿は、11万を超える「いいね」を集め、「本当に感動的な動画」「今まで一番美しい踊りを見た」といった感動の声が寄せられた。
イギリスでは認知症患者に対するダンスセッションが推奨。また、ある研究では音楽を聴かせることで認知症の投薬量が減ったという結果が出るなど、音楽療法が注目されている。さらに今後は認知症に限らず、さまざまな病気や不調に音楽療法の効果が期待されているという。
この動画を見れば、マルタさんがバレエにどれだけ多くの情熱と愛情、人生の時間を注いできたのかが伝わってくる。たとえ記憶を失っていたとしても、それまで生きてきた人生の証は、私たちの細胞レベルで刻まれているのだと教えてくれる。それを引き出してくれる音楽の力に、あらためて感動せずにはいられない。