世界のどこでも、社会は進化している
世界すべてが、10年単位で見れば大きく進化しています。
2世紀前、1800年代の欧州は世界の先進国でしたが、21世紀のアフリカよりも貧しい社会でした。一人あたりの栄養摂取は2000~2500キロカロリー程度。それが1950年には3000キロカロリーほどになり、平均身長は167センチだったのが179センチに伸びました。世界で最も豊かな場所で暮らしていても、第二次世界大戦が終わるぐらいまで、栄養が足りなくて背が伸びない人が多くいたのです。
ほぼ100年前の「スペイン風邪」と呼ばれるインフルエンザは、世界人口の4分の1を感染させ、アメリカの平均寿命を12歳ぶんも縮めました。犠牲者は1700万人とも5000万人とも言われています。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大でも多くの犠牲者が出ています。世界の人口は100年前の4倍になり、人々の移動や人口密度もはるかに上がっています。僕を含めて多くの人が影響を受けていますが、犠牲者は100年前に比べるとはるかに少なく収束するはずです。
栄養や医療は、この10年で世界のほとんどに行き渡りました。世界全体を見ると、ヒッピー世代の1970年代、世界の30%ほどは栄養失調に晒されていました。ウッドストックやベトナム戦争の頃、アフリカや中国のほとんどでは、食べ物が充分になかったのです。それが2014年以降では10%ほどになっています。この50年で世界人口ははるかに増えましたが、飢える人は減りました。
現在の物価で考えて1日あたり1.9ドル未満の収入で暮らす人は、世界銀行のデータで極貧層と分類されます。1820年には世界人口の94%が、1910年には82%が、1950年には72%が極貧そうに分類されています(当時の物価を反映しての話です)。それが、2015年にはそれが9.6%になっています。飢えや貧困は世界からなくなりつつあります。
デジタル社会になってから、先進国のテクノロジーが新興国にも恩恵をもたらす速度は、ますます速くなっています。新興国のバスの乗り心地は、日本よりはだいぶ悪いでしょうし、道路舗装やメンテナンスなどの仕組みが進化するのは10年単位での時間がかかります。しかし、デジタル技術はそれより短い時間で進化します。さらにムーアの法則により、コンピュータやクラウドの価格は日々低下し、先進国と新興国の間で触れられるコンピュータの環境は、あまり変わらなくなっています。
インド・デリーの電気街。売られているコンピュータは安物ですが、先進国と極端に性能差があるわけではありません。
前回の記事『「新興国だから遅れている」は過去の話。テック全盛社会は世界中の「手を動かした者」に富をもたらす』では、インドのIDシステムAdhaarを例に、何もない新興国がデジタルの力で先進国を越えるインフラを構築するリープフロッグについて書きましたが、これはデジタル化された技術が、さらに進化を加速している例です。今僕が使っているパソコンやスマホの性能は新興国の人に比べて倍も違わないし、おそらく3年後は新興国の誰でも、今の僕よりも性能の高いマシンを使っているでしょう。つまり、新興国を含めて、イノベーションに携わる人間の数は、どんどん増えていくのです。
僕は、デジタル技術の普及とムーアの法則によって、少し先のアフリカやインドから、多くのイノベーションが生まれると思っています。
男女平等とか、身分制度からの解放、教育の機会といった基本的人権も、この20年で大きく進化し普及しています。今や世界では高等教育を受けられ、インターネットに接続できる人が、そうでない人より多いのです。社会は一貫して進歩し続け、その進歩は「さらに社会が進歩する方へ」進んでいます。この進歩は、「誰でも学べる」「誰でも新しいことを起こせる」という方向に向かっての進歩です。
こうした人類の進歩について述べた書籍『進歩: 人類の未来が明るい10の理由』の中で、著者のヨハンノルベリはこう語っています。
この言葉には深く同意します。僕は、進歩と、その原因である技術について注目する人が増え、それにより技術を学び自由に使いこなす人が増えることで、さらに未来がよくなると思っています。