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難題を抱える第91回アカデミー賞授賞式 【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(8)
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  • 2019.02.12
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難題を抱える第91回アカデミー賞授賞式 【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(8)

グリーンブック』 3月1日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
(c) 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

過去の連載はこちら

今年で91回目を迎えるアカデミー賞授賞式が、日本時間の2月25日(月)に開催される。日本でも大ヒット中の『ボヘミアン・ラプソディ』(18)や『アリー/ スター誕生』(18)が作品賞候補となり、フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックが主演男優賞候補に、レディ・ガガが主演女優賞候補となっている。また、カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた是枝裕和監督の『万引き家族』(18)が外国語映画賞候補に、アニメーションのアカデミー賞と呼ばれるアニー賞でインディペンデント作品賞を受賞したばかりの細田守監督の『未来のミライ』(18)が長編アニメーション賞候補となっているように、日本の映画が候補となっているのも今回の特徴。これらの作品は決して今回の有力候補とは言えないのだが、アメリカで公開された映画の中から僅かに選ばれた作品だと考えると、受賞の有無よりも候補となったこと自体が快挙なのだと判る。

連載第8回目では「難題を抱えている第91回アカデミー賞授賞式」と題して、今回の授賞式で問題となっている、いくつかの点について解説してゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

アカデミー作品賞の候補作品は、その年によって本数が異なる

1月22日に第91回アカデミー賞の候補となる作品や映画人が発表された。作品賞の候補となったのは、以下の8作品

ブラックパンサー』(18) DVD&Blu-ray発売中
ブラック・クランズマン』(18) 3月22日公開
ボヘミアン・ラプソディ』(18) 公開中
女王陛下のお気に入り』(18) 2月15日公開
グリーンブック』(18) 3月1日公開
ROMA/ローマ』(18) Netflixにて配信中
アリー/スター誕生』(18) 公開中
バイス』(18) 4月5日公開

アメリカの“映画芸術科学アカデミー”の主催するアカデミー賞が設立された経緯は、連載第3回で解説したように、「映画界の発展を目的とし、監督・俳優・スタッフを表彰することで、その成果を称える」ことが目的となっている。アカデミー賞の投票権を持つのは評論家や映画ファンなどではなく、候補となるためには興行収入の大小も関係ない。ハリウッドで活躍する監督、プロデューサー、俳優、撮影や編集などの技術者で構成される“映画芸術アカデミー”のアカデミー会員が投票権を持っているからだ。カンヌ国際映画祭やゴールデン・グローブ賞などの映画賞と異なるのは、“ハリウッドの映画人”という、同じ映画業界内の“身内”が賞を授与することで御祝いする、という点にある。会員数は6,261人(2014年末時点)。作品賞に対しては全てのアカデミー会員に投票権がある一方で、演技部門・監督部門・技術部門は、同じ部門に所属する会員のみが投票できるという仕組みになっている。つまり、その道の専門家たちが、その道の専門家に対して投票しているのだ。

また、アカデミー賞のノミネーションには厳密な規定がある。部門によって詳細は異なるのだが、例えば作品賞の場合「前年の1月1日〜12月31日の間にロサンゼルス地区で連続7日間以上の有料商業公開された40分以上の作品」という条件を満たした映画のみが作品賞候補の対象となる(2014年は307作品が対象になったと公表)。作品の国籍は問われないが、ロサンゼルス地区での上映以前にアメリカ国内でテレビ、ビデオ、ネット等で公開されたものは対象外とされ、最終的に作品賞の候補となるのは“最大10本”と規定されている。

実は、2008年の第81回までは5本だった作品賞候補が、第82回から“最大10本”に変更されたという経緯がある。これは、アート志向の強い作品が候補となることが増え、エンタメ系の大作映画が候補から漏れるようになったことに対する改善策だった。一説には、第81回で前評判の高かった『ダークナイト』(08)が、候補にすらならなかったことが変更の理由だったとも言われており、以降、候補作品は10本〜8本の間で推移している。ちなみに前年の第90回の作品賞候補は9本だったが、これは「全体の5%の得票を獲得した作品のみ」という規定に準じた結果。つまり今回が8本だったのは、9本目と10本目の作品が全体の得票の5%を下回っていたから、という訳なのである。

アカデミー賞の歴史で黒人監督は一度も受賞していない

“エンタメ系の大作映画が候補から漏れる”という点では、マーベルのヒーローものである『ブラックパンサー』が作品賞の候補となったことに大きな意義がある。それは、アメコミを原作とする作品群が、これまでは特殊効果など技術部門での候補にとどまっていたからである。それだけではない。『ブラックパンサー』が、アメリカの年間興行成績上位を記録したメガヒット作品であるという点、また、マーベル作品として初の作品賞候補となったという点はもちろん、黒人を中心としたキャストや主要スタッフ編成による作品であるという点において快挙だと言えるからだ。

実は、アカデミー賞の歴史において黒人監督が監督賞を受賞した例は、これまで一度もない。第64回に『ボーイズン・ザ・フッド』(91)で、黒人監督として初めてノミネートされたジョン・シングルトン監督が最初の例なのだが、その次に黒人監督が候補となったのは、それから18年もの年月が経過した第82回。『プレシャス』(09)のリー・ダニエルズ監督が候補になった時だった。その後、第86回に『それでも夜は明ける』(13)のスティーヴ・マックイーン監督が、第89回に『ムーンライト』(16)のバリー・ジェンキンス監督が、第90回に『ゲット・アウト』(17)のジョーダン・ピール監督が候補となっているが、僅か5例しかない。しかも驚くべきことに、そのうちの3例はここ5年間ほどの出来事なのである。

この偏向は2016年の第98回アカデミー賞で「2年連続で俳優部門の候補となった20人が全て白人だ」と問題になり、ウィル・スミス夫妻やスパイク・リー監督といった映画人が、授賞式をボイコットするという騒ぎに発展。当時、黒人女性初のアカデミー会長だったシェリル・ブーン・アイザックは、A2020委員会を設立し、2020年までに女性や黒人のアカデミー会員数を2倍にする計画を立てた。2012年の調査では、投票権を持つアカデミー会員のうち、94%が白人で、77%が男性、80%が50歳以上(平均62歳)というデータが発表されたように、アカデミー会員に保守的な傾向があることを裏付けている。ちなみに有色人種の占める割合は僅か2%、ラテン系も2%というデータも出ている。

このような状況で、『ブラック・クランズマン』のスパイク・リー監督が作品賞や監督賞、脚色賞の候補となっていることには大きな意味がある。スパイク・リーの名前を世に知らしめたのは、人種問題に切り込んだ『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)を監督したことにはじまる。本来であれば、黒人監督の地位向上のきっかけにもなったこの映画で、第62回の作品賞候補や監督賞候補に挙るべきだったのだが、当時は脚本賞の候補にとどまったという苦い過去がある。また、2015年にはアカデミー名誉賞を授与されたものの、マイノリティの俳優がハリウッドで正当な評価を受けていないことに対する抗議として、受賞のボイコットを表明したという過去もある。そんなスパイク・リーが、今回の授賞式でどのように紹介され、作品がどのように評価されるのだろうか。

Netflix作品を映画として認めるべきか否か?

『ゼロ・グラビティ』(13)でアカデミー監督賞に輝いたアルフォンソ・キュアロン監督の自伝的作品『ROMA/ローマ』は、2018年のヴェネチア国際映画祭でグランプリに輝いた作品。そして、Netflixが劇場公開を経ることなく、インターネット配信によってのみ視聴できる“映画”として製作したという経緯もある。つまり『ROMA/ローマ』は「映画館で上映されるわけではない」“映画”なのだ。ヴェネチアでは最高賞に輝いた一方で、カンヌ国際映画祭では「劇場公開を意図しない作品は映画に当たらない」としてNetflix作品は拒否され、世界の映画人の間でも、これらの作品群を“映画”と認めるべきか否かで意見が真っ二つに分かれている。

筆者は共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)の中で、<映画の誕生>には諸説ある、と前置きした上で、「アメリカのトーマス・エジソンが発明したキネトスコープではなく、フランスのリュミエール兄弟によるシネマトグラフが<映画の誕生>に対する公認の事実である」と記している。この認識に基づき、映画とは「フィルム作品をフィルム映写機により劇場で多数の観客に有料公開するもの」と本著の中で規定させていただいた。同様に『広辞苑』にも「映写機で投影するもの」との記述がある。エジソンの発明したキネトスコープは、箱の中を覗いて動く映像を観るという趣向のものだった。これは、“ひとりで動画を観る”という点で、パソコンやスマートフォンなどで映画を観る行為に近い。つまり「映写された映像を不特定多数の人間が同時に観る」ことを映画とするならば、<映画の誕生>という映画史的な規定が、「リュミエール兄弟ではなくエジソンによるものだ」と規定が変更されない限り、劇場公開を意図しないインターネット上での公開を目的とした“映画”を、“映画”と呼ぶには検証が浅く、映画史を専門とする筆者としては「時期尚早」と判断せざるを得ない立場にいる(この件に関しては本連載にて、いずれ詳しく取り上げます)。

とはいえ、このような歴史的認識は一般の映画ファンには関係ないことであるし、実は「現代映画用語事典」や「広辞苑」にも「デジタル環境により、フィルムの映写に限定されず、映画の概念も問われ続けている」と追記している。そのような複雑な経緯があり、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが、Netflixなどで配信される映画に対して、どのような対応をするのかが注目されていたのだ。今回『ROMA/ローマ』が作品賞候補となったことで、映画館での上映を意図しない映画群に門戸が開かれたかのように見えるのだが、実際には、前述した「前年の1月1日〜12月31日の間にロサンゼルス地区で連続7日間以上の有料商業公開された40分以上の作品」というアカデミー賞候補となる規定を満たすために、『ROMA/ローマ』は映画館での限定上映を行っている。つまり今回は、両者が各々の姿勢を尊重して、各々が歩み寄った第一歩、といったところではないだろうか。

今年のアカデミー賞は司会者が不在

今回の授賞式は、このほかにもいくつかの難題を抱えている。そのひとつは、司会者(ホスト)の不在。アカデミー賞授賞式といえば、ボブ・ホープやジョニー・カーソン、ビリー・クリスタルといった歴代の名司会者たちが、時事ネタを挟みながらユーモアを交えて授賞式の進行を務めてきた。ここで司会を務めるということは、アメリカのトップ、つまりは、世界でトップの司会者(ホスト)となる栄誉なのだ。しかし今回は司会者に内定していたケビン・ハートが、ネット上での過去の差別発言を指摘されて降板。現状、新たな司会者候補を探せないまま、1989年3月に開催された第61回アカデミー賞授賞式以来となる、“司会者のいないアカデミー賞授賞式”となる予定なのだ。但し、第61回の場合は、それまでのアカデミー賞授賞式のあり方を変革する意味で「司会者なし」という授賞式を実施したものの、視聴者から不評だったために翌年からは司会者を置くことが復活している。今回は司会者がいない代わりに、プレゼンターとして『アベンジャーズ』の面々が勢揃いする、との噂もあるのだが、果たしてどのような進行になるのだろうか。

もう一点、生中継に対する視聴率の伸び悩みから、今回は放送時間が4時間から3時間に短縮されることがアナウンスされている。近年、視聴率の低下は毎年のように問題視され、その対策として、第91回では<人気映画部門>という新たな部門が設立されるとのアナウンスもあった。芸術性の高い映画ばかりではなく、メガヒット映画にも賞を与え、人気作品を受賞させ、人気スターを呼ぶことで視聴率アップを図ろうとしたのだ。ところが、どのようなルールで<人気映画>を定義するのか?ということに対する議論が巻き起こり、今回は“延期”という決定が成されたという混乱ぶり。その点で、本来であれば<人気映画部門>カテゴライズされそうな『ブラックパンサー』が、作品賞の候補となったことは、投票権を持つアカデミー会員の姿勢が少しずつ変化してきたことの表れなのかも知れない。

放送時間の短縮によって、いくつかの部門はCM中に受賞者が発表される予定となっている。このことに対して映画芸術家科学アカデミーは「持ち回りで実施する」とアナウンスしているものの、作品賞や主演男優賞、主演女優賞などの主要部門がCM中の発表になるとは到底考えられず、短編映画やドキュメンタリー映画部門、技術部門などの、日頃はなかなか光の当たらない映画人たちを讃える場が失われてしまうという可能性がある。このように、映画芸術科学アカデミーが早期に解決すべき問題は山積みなのだ。

今年の傾向は“過去を描くことで現代の問題を指摘する”作品

作品賞候補となった『グリーンブック』、『ブラック・クランズマン』、『ボヘミアン・ラプソディ』、『女王陛下のお気に入り』、『ROMA/ローマ』、『バイス』の6本には、ある共通点が見出せる。それは「過去を題材に描くことで、現代社会の問題点を指摘しようとしている」という点。現代の社会問題をありのままに描くのではなく、過去と同じような事象を題材に描くことで「我々人類はまた同じような愚行を繰り返そうとしている」という警鐘を鳴らしているのである。そしてもうひとつ、これらの作品に共通するのは「社会的にマイノリティの立場にある人」が主人公となっている点。

例えば『グリーンブック』の舞台は、黒人に対する差別が激しかった公民権運動の時代にもあたる1962年。著名な黒人ミュージシャンの運転手を白人が務めるという、当時の社会通念からすると逆転した立場にある二人の男性が主人公で、アメリカ南部でのコンサートツアーへ向かう旅を経て次第に心を通わせてゆくという姿を描いている。第62回アカデミー賞で作品賞に輝いた『ドライビング・ミス・デイジー』(89)にも同じような時代を描いている箇所があるが、ここではユダヤ系の老婦人の運転手を黒人が務めていた。そのことからも、『グリーンブック』の設定が特異であることを窺わせる。また驚くべきことに、主人公である黒人ミュージシャンのドン・シャーリーと運転手のトニー・リップは実在の人物。現代にもつながる人種差別の厳しい現実を、ユーモアと忍耐によって牽制することで“非暴力”を実践させた難易度の高い着地点を見せる脚本が素晴らしく、個人的にも推薦する感動作なのだ。肌の色や国籍、宗教などを理由に、誰かを排斥しようとする昨今の社会傾向が「半世紀以上前と何ら変わらない」という社会的メッセージを内包させながら、エンタテイメント性とドラマ性豊かに描いた『グリーンブック』は、現代のアメリカ社会を映す“社会の鏡”にもなっている。

アカデミー賞の結果は「何が受賞したのか?」ということばかりが報道され、受賞しなければ「逃した」と表現されがちだが、先述の通り、候補となっただけでも「その年を代表する映画」のひとつと公認された栄誉なのだ。アカデミー賞は、ハリウッドの映画産業に携わる人々による、身内を祝福するための賞でもあり、映画人同士の羨望や嫉妬という要素も受賞結果に反映される。そのような経緯からも、「アカデミー賞は“必ずしもその年の一番素晴らしい作品が受賞するとは限らない”ということが大前提」と、個人的に提言している。以前は「アカデミー賞なんて、どうせ“出来レース”でしょう?」という意見も散見されたが、第89回アカデミー賞で『ラ・ラ・ランド』(16)が誤って作品賞と発表された失態によって、奇しくも受賞結果が“出来レース”ではないということが証明された。それゆえ「なぜ受賞したのか?」あるいは「なぜ受賞できなかったのか」という点を考察することが重要なのである。その視点を持つことで、アカデミー賞の受賞結果からはハリウッドの映画事情だけでなく、“社会の鏡”として現代社会の問題点までもが見えてくるからだ。


出典:『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
『広辞苑 第七版』」(岩波書店)
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