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アカデミー賞は国際映画祭ではない 【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(3)
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  • 2018.09.11
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アカデミー賞は国際映画祭ではない 【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(3)

Photo By Shutterstock

先日閉幕した、第75回ヴェネチア国際映画祭。コンペティション部門では世界各国から選ばれた21本の作品が候補となり、最優秀賞の金獅子賞を競った。今回の審査委員長は、『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)で今年のアカデミー賞に輝いたばかりのギレルモ・デル・トロ監督。『シェイプ・オブ・ウォーター』は、昨年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた作品だったという縁もある。また日本映画としては、塚本晋也監督の『斬、』(18)が出品されたことも話題となったが、塚本晋也監督は1997年にヴェネチア国際映画祭の審査員を務めている。このとき、金獅子賞に輝いたのが北野武監督の『HANA-BI』(97)。つまり“世界のキタノ”と呼ばれるきっかけとなった作品を選出した人物のひとりが、塚本晋也監督であり、実は北野武監督よりも早く世界的な名声を得ていたということなのである。

映画界で権威があるとされるヴェネチア国際映画祭は、<世界三大映画祭>のひとつ。しかしその三つの中に、誰もが良く知る<アカデミー賞>は含まれていない。連載第3回目では、「アカデミー賞は国際映画祭ではない」ということについて解説してゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

アカデミー賞は労働組合問題の解決策だった

世界に数多ある映画賞の中でも、誰もがその名を耳にし、また権威があると思われているのは<アカデミー賞>だろう。アメリカの<映画芸術科学アカデミー>が主催するこの賞は1929年に始まり、2018年には第90回を迎えたという長い歴史がある。非営利組織として創立された<映画芸術科学アカデミー>は、プロデューサーや映画監督、俳優や現場の映画スタッフなどが会員となって構成。その創設者のひとりが、前回ご紹介したハリウッドのメジャー映画会社MGMのルイス・B・メイヤーだった。

アメリカの映画産業をトーマス・エジソンが独占していた時代を経て、1920年代には現在もメジャー作品を製作している大手映画会社の時代へと移行。やがてハリウッドの撮影所は、“労働組合の活発化”という問題を抱えるようになっていた。ルイス・B・メイヤーは、その労働組合問題に対して先手を打つべく、監督や俳優などハリウッドの人気者に接触。そして、製作者・脚本家・技術者など各部門の実力者を集めた会員制の協会を1927年に設立、これが<映画芸術科学アカデミー>なのである。表向きには、当時のトップスターであり、実生活では夫婦でもあった、ダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードが提案したことにして、仲間内で労働組合問題の調停にあたらせるという思惑があったのだ。

<映画芸術科学アカデミー>設立に関しては「映画芸術および科学の質を向上させ、文化・教育および芸術の発展のために指導者間の協力を助成する」という名目があった。その過程で「特に目立った功績のあった人物に賞を与えてはどうだろうか?」というダグラス・フェアバンクスの提案により、晩餐会形式の授賞式がハリウッドのルーズベルトホテルで開催された。これが1929年の第1回アカデミー賞授賞式となったのである。つまり<アカデミー賞>は、労働組合問題渦巻く当時のハリウッド映画界において、仲間の労をねぎらうことで問題を解決しようとした策のひとつとして開催されたということなのだ。

世界三大映画祭では“誰もまだ観たことのない作品”が上映される

<アカデミー賞>の起源・由来については諸説あるのだが、現在も<映画芸術科学アカデミー>の会員によって投票され、受賞が決まるという特徴があることに変わりはない。また、<アカデミー賞>の対象となる作品には規定が設けられ、例えば作品賞の場合は「授賞式の前年度にアメリカ・ロサンゼルス地区の劇場で連続7日間以上の有料で商業公開した40分以上の作品」に限るとされている。このことから判るのは、<アカデミー賞>が“アメリカの映画人たちが内輪で仲間の功績を祝福する賞”であるという点である。例外を除いて(2011年の『アーティスト』のようにフランス映画が作品賞を受賞した例もある)、基本的には英語圏の映画以外の作品は<外国語映画賞>の候補とされていることからも、<アカデミー賞>が“ハリウッドにおけるハリウッドのための賞”であることを窺わせる。

一方、<世界三大映画祭>のカンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭は、世界中の映画を対象としている。これらの国際映画祭は、基本的にコンペティション形式。応募要項に添った作品が世界中から集められ、その中から作品選定の責任者であるプログラミング・ディレクターがコンペ作品を選んでいる。例えば、今回のヴェネチア国際映画祭の場合「2017年9月9日以降に完成した60分以上で世界初公開(ワールドプレミア)の作品」という規定がある。つまり、<アカデミー賞>は既に公開された映画の中から賞を与えているのに対して、<世界三大映画祭>では、映画祭のために集められた「誰もまだ観たことのない作品」に対して賞を与えているという違いがあるのだ。

<アカデミー賞>は授賞式がメインであるのに対して、映画祭では作品の上映がメイン。作品を鑑賞した上で投票が行われるのだが、ここにも違いがある。<アカデミー賞>は<映画芸術科学アカデミー>の会員である監督や俳優といったハリウッドの映画人によって投票されると前述したが、映画祭では10名前後の審査員の合議によって賞が決められる。今回のヴェネチア国際映画祭の審査員の数は、審査委員長を含めて10名。<アカデミー賞>の投票権を持つ会員が6,687人いることと比較すると、受賞作品を決める過程や性質が異なることも判るだろう。

カンヌ国際映画祭はヴェネチア国際映画祭のアンチとして生まれた

映画祭では審査員が賞を決定することから、「審査員が誰であるか?」という点が受賞結果に大きな影響を及ぼすと言われている。例えば、クエンティン・タランティーノ監督が審査委員長を務めた第57回カンヌ国際映画祭。最高賞のパルム・ドールに輝いたのは、マイケル・ムーア監督の『華氏911』(04)だった。ドキュメンタリー映画が初めて最高賞を受賞しただけでなく、9.11という世界中を巻き込んだ国際的な時事問題をアメリカの視点で描いた作品に対して最高賞に選んだ事へ、当時は賛否が渦巻いた(ちなみに、この年に男優賞を受賞したのが『誰も知らない』(04)の柳楽優弥だったという縁もある)。しかし、カンヌ国際映画祭の歴史は、政治的な思想と無縁ではないのである。

ヴェネチア国際映画祭は1932年に開催された“世界最古の映画祭”とされている。その起源は、1895年に現代美術の国際展覧会として始まったヴェネチア・ビエンナーレの映画部門として開催されたという経緯がある。美術や音楽、建築や演劇・舞踊と同じように、「映画も芸術のひとつとして認めていこう」という時代の潮流が生み出したものだったのだ。ところが、時代に軍靴の音が聞こえはじめ、ヴェネチア国際映画祭を開催していたイタリアはファシズムへと傾倒。最高賞の名称は、主席宰相だったベルニート・ムッソリーニの名を冠にした<ムッソリーニ賞>へと変更されてゆく。

1938年、ヴェネチア国際映画祭はレニ・リーフェンシュタール監督の『オリンピア』(日本では『民族の祭典』『美の祭典』として公開)に最高賞を贈った。1936年のベルリンオリンピックを記録したこのドキュメンタリー映画は、ナチス・ドイツの前面協力の下に製作されたプロパガンダ映画という性質を持っていた。このことに対して「ファシズムを礼賛する作品に最高賞を与えるとは何事か!」と怒りを露わにしたのが、フランスの文化人たちだった。フランスのカンヌ国際映画祭は「ならば自分たちの手で映画祭を開催させる!」という政治的な対立によって生まれたものなのである。

1939年、フランス政府の援助を受けて開催されるはずだった第1回カンヌ国際映画祭は、第二次世界大戦によって中止を余儀なくされる。そして戦争が終結した1946年になって、やっと開催されることになったという経緯がある。時に、カンヌの上映作品や受賞作品は「政治的だ!」と批判されるが、その起源には、そもそも政治的意識が存在しているのだ。そして奇しくも、ヴェネチア国際映画祭の起源となる第1回ヴェネチア・ビエンナーレが開催されたのは、フランスで映画が誕生したのと同じ1895年なのである。


出典:『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)

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