CULTURE | 2018/12/07

日本のミュージシャンがスピルバーグにMVを依頼?前代未聞の「映画祭+リリパ」企画の裏側【前編】

さいとうりょうじ氏(写真左)とヒューマックスシネマ 新規事業プロジェクトチームの塩﨑さくら氏(写真右)
近年、メディア...

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さいとうりょうじ氏(写真左)とヒューマックスシネマ 新規事業プロジェクトチームの塩﨑さくら氏(写真右)

近年、メディアやコンテンツがネットを中心に多様化したことで、雑誌やテレビ離れが叫ばれているが、映画館も例外ではない。そうした中で、映画館という場の可能性を広げようとする取り組みが、ヒューマックスシネマの「シアタープラスプロジェクト」だ。

一方で、インディーズで2ndアルバム「My Sweet Allergy」を発売したミュージシャンのさいとうりょうじさんは、リリースパーティをするにあたり、どこでどんな企画をするか思案していた。

そんな両者が出会い、このほど、奇跡の化学変化が起きた。去る10月5日、池袋ヒューマックスシネマズにて、アルバム全10曲を1曲ずつ別の監督にミュージックビデオ(MV)を依頼し、完成したMVの上映をする前代未聞のリリースパーティー「さいとうりょうじ映画祭」が行われたのだ。中には、なんと、巨匠スティーブン・スピルバーグ監督に依頼したMVも…!?

MV上映あり、ライブありの中身の濃いイベントは、大盛況のうちに幕を閉じた。イベント終了後に、「シアタープラスプロジェクト」を担当するヒューマックスシネマ 新規事業プロジェクトチームの塩﨑さくら氏同席のもと、ご本人を直撃した。

文・構成:庄司真美 写真:神保勇揮

さいとうりょうじ

作曲家/ギタリスト/シンガーソングライター

2016年 1stアルバム「ME AND SIX STRINGS」がiTunesブルースチャート初登場1位獲得し高い評価を得る。2018年 2ndアルバム「My Sweet Allergy」のリリースパーティーを映画館で行う前代未聞の”さいとうりょうじ映画祭”を開催。
P.O.P、RHYMEBERRY、吉田凛音などのプロデュース、NHK Eテレ「シャキーン」や テレビドラマ 「吉祥寺だけが住みたい街ですか?」「ナイトヒーロ―NAOTO」などの劇伴音楽を担当するなど各業界で幅広く活動する音楽家。近年ではタイのスーパースターであるSTAMPやPolycat、台湾F4メンバーのジェリーイェンなど海外アーティストとの活動も多く注目をされる。

自分の名前を冠した映画祭なのに、本人NG一切ナシ!

さいとうりょうじ映画祭の締めくくりに行われたバンド形式でのライブ

―― 「シアタープラスプロジェクト」はどんな経緯で始まったんですか?

塩﨑(ヒューマックス):約1年前から、上映時間外の活用を目的に、映画以外のイベントに力を入れ始めまして、最初は場所だけを貸し出していました。次第に「映画館が好きだから、こういうことをやってみたい」といったさまざまなご要望が増えてきて、アーティストやクリエイターと組んで新しい映画館の活用法を探っていきたいと考えたんです。

そこで、テストケースとして渋谷の映画館でDJイベントをやったところ、とても好評で、手応えを感じるきっかけとなりました。プロジェクトとしてきちんと立ち上がったのは、今回のさいとうりょうじさんのイベントが初めてです。

―― さいとうさんはどんな流れで「映画館でリリースパーティをやろう」と思い立ったのですか?

さいとう:僕がこの夏に2枚目のアルバム『My Sweet Allergy』をリリースした時、いつも一緒に無茶なことをして遊んでいる運営スタッフやMVを作るチームに相談したら、勢いで「せっかくならアルバム10曲すべてのMVを作ろう」ということになったんです。といっても、映像制作は大変な労力もコストもかかります。なので、当初、映画館を借りてイベントをするなんて、僕は完全に引け腰でした(笑)。だけどなぜか「やっぱ止めよう」とはならず、「どうやったら実現できるかを考えよう」ということで企画は進んでいきました。

そこで僕は「MVに一切注文をつけず、ノーを出さず、監督が好きなように作ってOK」「出来たMVは監督の作品として映画館で上映する」と言えば、みんな企画に乗ってくれるんじゃない?と話し合いをし(実際ぼくのアイデアではないです)、スタッフが探してきてくれたのが、ヒューマックスシネマだったんです。

10人の監督による、10曲のMVをYouTubeでも公開

映画祭に駆けつけた監督たちと集合写真

―― それでは、あらためて10人の監督によるMVについて、依頼した経緯を含め、1曲ずつ紹介していただけますでしょうか。

1.フリテンルーザー×黒川貴史

さいとう:アニメーションを手がけたのは、フルート奏者として僕と演奏活動を共にしてきた親友の黒川。普段は普通のサラリーマンなのに、自分の興味のあることにどんどん突き進む変わったヤツで、2年ほど前から「俺、絵を描き始めるわ」といってMVにも登場する“裸のおじさん”を描き続けると、みるみるスキルアップしていきました。そして、ついにL.A.で個展することになり、「絵を動かしたくなった」と言って、アニメーションを手がけるように。仲間内では、彼の描くキャラクターはおなじみで、「遂におじさんが動いたぞ!」という反応が何人かありましたね(笑)。

2.リバーサイド×上鈴木伯周

さいとう:MVを手がけたのは、双子のヒップホップグループP.O.PのMCとして活動する傍ら、映画評論をしている多才な上鈴木君ですが、とうとう彼自身がMVを作るところに追い込みました(笑)。ラッパーがMVを作るとしたらということを彼なりに表現したかたちだと思いますが、彼はP.O.Pの活動にしろ、何にしろ、おもしろいことを考え着く天才です。だって歌詞と同じ母音の別の物を映す、空耳ネタを1曲の歌詞でやり通すなんて普通考えないですよね。「金土になれば」が「インドニラレバ」って何なんだよっていう(笑)。

今度は彼が誰かに自分の作った映像を評論される番。映画オタクが支持する、彼の映画評論の読者も当日たくさん劇場に来ていた中で、あれだけくだらないMVを出したのは凄いなと思います(笑)。YouTubeにアップされて、たくさんコメントがつくといいなと思っています。なにしろYouTubeの民の反応が一番えげつないですから(笑)。

3 .Letter×中村隆太郎

さいとう:P.O.PのMVをはじめ、いろんなCMを手がける中村監督。人を驚かせるのが好きなクリエイターです。観ていただくとわかるように、ドローンでの空撮も駆使した、いきなり映画レベルの映像になっていて、ずるいです(笑)。監督としては、「どうせやるなら、ヤバいものを作らないと意味ないじゃん。それに、10本MVを映画館で上映した時に、映画に匹敵するような作品が揃わない可能性もある。そのときは俺がクオリティを全部背負って担保する。とりあえず来週ロケするから、千葉に朝4時集合な」って言われたら、僕としては「はい」って応えるしかないですよね(笑)。

少女がものすごくいい雰囲気を出していますが、監督の娘さんです。僕が少女を手招きするときの手の動きさえ胡散くさかったのですが、そういうアラもすべてほかの役者の演技や映像のクオリティの高さで帳消しにしていただきました。

4. 飛べないスケートボード×市田有紀

さいとう:僕がプロデュースしているラップアイドルグループ、RHYMEBERRYのMC MIRIちゃんをお迎えして作った曲です。MVをお願いしたのは、嫌だと思うことは絶対にやらないスキルがある、ハッピーマン・市田君。そんな彼にMVを依頼してみたら、家に呼ばれ、ブルーバックが用意されていました。「30分間カメラを回すから、そこでスケボーに乗って好き勝手やってて」と言われてできたのがこれです(笑)。

彼はその間、特に僕の様子を見もせず、終了次第、「お疲れ」と言って帰されました。これこそ、いい意味で僕やロケの都合をいっさい考えず、彼が作りたいものを作ったなというMV作品の真骨頂でしたね(笑)。

5. 17×半田幸一

さいとう:半田君とはMVを一緒に作るのは今回で3回目ですが、過去の作品も変な作品だったので、今回も覚悟はしていたんです。そうしたら、僕がまさかの女子高生に扮し、バンドメンバーの馬場君とラブシーンをする内容でした(笑)。事前に、「これは傑作になりますよ」「映画館中の人が泣きますよ」と言っていて、いざ台本を見たらそれだったので、「ふざけんなよ!泣くかよ!」と思いましたね(笑)。

でも、イベント当日に映画館で上映した時、うっかり後半でうるっときてしまいました。そういう意味でも、「僕がノーを言わない、作品は監督のもの」という企画のルールを一番ふりかざしてきたのは半田君でしたね(笑)。でも、僕が女装ということを除くと、曲のイメージは映像によく表れていました。なんだかんだ一番YouTubeで再生回数が上がるかもしれませんね。半田君曰く、「見慣れた頃に感動する」とのことです(笑)。

6. めまい×Yossawat Sittiwong

さいとう:近年、僕はタイの音楽シーンと交流があって、STAMPというアーティストの日本公演の演奏を務めるなど、国境を超えた親友のように親しくしています。今回この曲のMVをお願いしたM YOSSは、STAMPのMV監督であり、タイのシンガーソングライターであり、マルチタレントです。

この映像はタイで撮影されたものですが、MVのコンセプトは歌詞の内容にもあるセックスの表現。MVで見つめ合う男女が、やがてタイの妖艶な熱気の中でダンスに昇華されていく比喩がとてもおしゃれだなと思いました。登場する男女は実際のダンサーなのかどうかはわかりませんが、ただ単にとんでもなくダンスがうまい一般人の可能性もあります(笑)。

7. 見透かされないように×踏江真歩

さいとう:これはL.Aで撮影された映像です。タイ人の監督にもMVを依頼したという話を他の監督にしたら、「それなら、ロサンゼルスで映像を撮れる若い女子がいるから、依頼してみたら?」ということで紹介いただいたのが、踏江さんでした。

ロケーションがアメリカらしく、とてもきれいな映像なので、あらためてゆっくり観てみたいと思っています。普段はなかなか海外でMVを撮ることは難しいですが、このプロジェクトのおかげでこうして海を超えて僕のMVが作られたことは本当に感慨深いですし、クリエーションの幅が広がったなと実感しています。

8. 溺れる射手座×藤 寛文

さいとう:藤さんとは早い段階から一緒にMVを作ることが決まっていて、本人の希望として、「冷蔵庫に眠っているフィルムで撮りたい」と言っていました。その時点では何を撮るかは決めてないということでしたが、実際できてみたら、曲を3周もしておきながら、何も起こらないというのがある意味衝撃でしたね(笑)。そもそも1つのMVの中で楽曲が3周もしてる作品、観たことあります?(笑)。

2曲目で監督をしてくれた映画評論家でもある上鈴木君が、この MVは、「ストーリーがどうかじゃなくて、映像が始まったらこの後何が起こるからわからないから、逃げられない。つまり、映画館というものを体験させるためのMVだよ。結果的にみんなが映画館のシートに座り続けたことに意味がある」と言っていて、高度な映画人のための遊び方を提供したんだな、と納得しました。そういう意味では、今回、映画館というものを一番意識したのは彼の映像だったんじゃないかなと思っています。

9. 不良少年の唄×入交星士

さいとう:入交さんは、海外の仕事も手がけるクリエイターです。僕のアコギ弾き語りの泥くさい曲にサイケな映像を組み合わせた、チャレンジングなMVだと思いました。でも、僕が一切オーダーしないという意味では、これこそが振り幅の広がりを感じさせる作品の極致だと思います。ほかの監督がどう表現するかなんてことは一切気にせず、自分が作りたいものを思い切り作った作品だと感じました。「さいとうりょうじってどんなアーティストだったっけ?」というまま映像を作り終えている作品なのは間違いないです(笑)。

10 ロックンロールアメリカ×佐々木宣明

さいとう:このプロジェクトが動き、1曲とんでもない大物にMVをオーダーしようということになり、スティーブン・スピルバーグ監督にオファーするドキュメンタリーを撮ったのが佐々木さんです。そのため、この夏、一番一緒に過ごした時間が長かったのも彼でした。朝起きて、僕が近所の喫茶店に作業しに行くと、店の前で撮影クルーが「おはようございます」って言って立ってるんですよ(笑)。ドキュメンタリーだからアポなしです。

彼はテレビ業界出身なので、映像の手法もテレビ的で、この企画を面白くするためには必要不可欠な人でした。しかもこの企画、まだ続くらしいです。すでに新しい企画書もできていて、どうやら僕、次はアメリカに連れて行かれるみたいですよ(笑)。

―― 本当に十人十色に仕上がりましたね。ところで、スピルバーグ監督にはネタではなく本当にオファーを出してたんですか?

さいとう:実際にメールも手紙も出しましたよ。でも、残念ながら音沙汰なしでした(笑)。歌詞が英語じゃなかったから聴いてもらえなかったのかもしれません……。

* * *

本人さえ想像もしていなかったようなクリエイティブなMVが出揃い、表現の幅が広がったと語るさいとうさん。後編では、前代未聞の映画館でのリリースパーティがどのように進められていったのかということについて、大いに語っていただく。

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後編はこちら

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