CULTURE | 2023/05/29

ゼルダの伝説『ティアキン』の熱狂を生んだプロモーション 「直接」と「訊く」精神が結ぶ任天堂の現在地

2023年5月12日、任天堂は『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(以下、『ゼルダの伝説 TotK』を発売...

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2023年5月12日、任天堂は『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(以下、『ゼルダの伝説 TotK』を発売した。発売から3日で早くも1000万本を売るなど、傑作と絶賛された前作『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下、『ゼルダの伝説 BotW』)に負けない勢いから、既に本作は商業的成功を収めたと言ってもよいだろう。

『ゼルダの伝説 TotK』の魅力は各所で語られている通りであり、SNS上では「歴代ベストゲーム」といった声も少なくない。だが、本稿において注目したいのは、その「売り方」である。ビデオゲームが商業的に成功するには、ゲームそのものが面白いのは前提として、その売り方、プロモーションも相応の工夫が必要になる。では実際に、任天堂はどのように『ゼルダの伝説 TotK』を売り込んだのだろうか。現在の熱狂の要因をプロモーションの角度から検証していきたい。

【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(24)

Jini

ゲームジャーナリスト

note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ

『ゼルダの伝説 BotW』時代から始まる、開発者が先頭に立つプロモーション

「The Game Awards 2014 出展映像 ゼルダの伝説 最新作」より

『ゼルダの伝説 TotK』のプロモーションを理解するうえで改めて振り返りたいのが、前作にあたる『ゼルダの伝説 BotW』の事例である。2017年に発売された『ゼルダの伝説 BotW』は極めて高く評価された作品であり、続編となる『ゼルダの伝説 TotK』でもその内容からプロモーションに至るまで踏襲されているからだ。

『ゼルダの伝説 BotW』の発売は2017年だが、情報が初めて公開されたのは2013年1月。まだこの時点では「ゼルダの伝説 最新作」とだけ表記され、ゲームの映像どころかイメージ画像も提示されず、内容が一切わからない状態だった。その代わり、ここで発表されたのが「ゼルダのアタリマエを見直す」という開発テーマである。

具体的には「シナリオに沿って進める」「順番にダンジョンを攻略する」「一人で黙々と遊ぶ」といったポイントを「ゼルダのアタリマエ」として挙げており、これらの改善が次回作のテーマだと掲げた。何の映像もなく、ただ開発している事実のみを伝えるプロモーションでも珍しいが、そこに「ゼルダのアタリマエを見直す」というゲームの根幹的設計に、わざわざ発売前から明示する例はほとんど見ない。

これは『ゼルダの伝説』が単によく「売れる」だけではなく、ゲームの骨格たるゲームデザインから極めて合理的に構築されていたからこそ「アタリマエ」がハッキリしていて、なおかつファンがそんなブランドを愛するからこそ「見直す」ことを期待されるシリーズだから成立する発表と言えるだろう。

2014年には「ゼルダの伝説 最新作 Developer Story」の中で初めてティザー映像を発表するが、ここでもまず開発の責任者として任天堂の青沼英二が登壇。2013年に発表した「ゼルダのアタリマエを見直す」のテーマに加え、初代『ゼルダの伝説』で提示されていた「一つの大きな世界」を従来シリーズで実現しようと試みた経験の話から、新作『ゼルダの伝説』の野原にリンクが佇む姿だけが表され、「一つの大きな世界」を実現したことを説明している。

同年12月「The Game Awards 2014」で発表された続報では、もはや恒例となった青沼英二に加え、任天堂の数々の名作を生み出した伝説的なゲームデザイナー、宮本茂が同席。2人が『ゼルダの伝説 BotW』を「実況プレイ」さながら、実際にプレイしながら解説する様子が放送された。何も知らずに見たら、中年のおじさん2人がイチャイチャしながらゲームを遊んでいるだけだが、かたや『ゼルダ』最新作の責任者、かたや任天堂ゲームの父祖である。それが意味するのは、かの宮本茂でさえ(面白い、とは口に出さないが)楽しそうに遊べるという、何よりの“保証”だ。

(もっとも、宮本茂が「来年発売……大丈夫ですよね?」と聞いて、青沼英二が「大丈夫です!」(実際には3年後に発売)という、今見るとかなりヒヤリハットな一幕もあるのだが)。

そもそもゲームの事前プロモーションは、ある種、ハッタリの世界である。「こういうものを作りたい」という開発者の願望、「こういうものを遊びたい」というプレイヤー側の欲望、双方の「理想」に基づいた映像は、確かに話題を呼ぶが、必ずしも実現される内容であるとは限らない。しかし、大企業はどこも大げさなトレイラーで自社の開発力や将来性をアピールするので、「現実的にはこれぐらいしかできません」と謙遜するわけにもいかない。結果、プロモーションは半ばインフレし、メディアはこれを煽り、SNSは発売前にいちばん盛り上がるという本末転倒なことになりかねない。この連載では以前、『サイバーパンク2077』を題材にこの事例について論じている

しかし『ゼルダの伝説 BotW』の場合、まずはっきり、具体的にどのようなゲームを作りたいのか開発側のビジョンを提示し、その後も実現できそうな最低限の映像のみ公開し、そのときのトレンドや予算のリッチさではなく、ファンやメディアも開発者の目指すゴールに集中する。一方、ただ謙遜するばかりではなく、かの宮本茂にデモンストレーションをして満足させるという(任天堂にしかできない奥の手だが)独特の見せ方でドキッとさせる。

かくして『ゼルダの伝説 BotW』は2017年に発売されると、たちどころに世界各地で絶賛され、2023年時点で累計約3000万本の売上を達成。この成功はもちろん内容がすばらしかったのもあるが、発売前のプロモーション段階から、ハッタリ的なトレイラーで即時的な話題を作ることなく、あくまで開発者が先頭に立ち、現実的なゴールを予めしっかりと伝えておき、再現可能なゲームプレイを優先して公開していった方法、すなわち、ビデオゲームに対する誠意と熱意が十分に伝わる姿勢も大きかったのではないかと思う。

ゲームファンに向けた「直接」の精神

任天堂 公式Twitterより

開発者が何を作ろうとしているのか、それを現実的かつ誠実に伝え続けた任天堂流のプロモーション。その直接的な発端は、恐らく故・岩田聡の「直接!」のメンタリティに依拠しているのではないかと思う。

岩田聡は2002年から、57歳で亡くなる2015年まで任天堂代表取締役社長に就任。失速する家庭用ゲーム機市場を盛り返した「Wii」、携帯ゲームハードとして異例の大ヒットとなった「ニンテンドーDS」、さらに現在も勢いを失わない「Nintendo Switch」を含め、現在の任天堂を立て直した功労者だ。

岩田聡と言えば、両手を前へ突き出して「直接!」と声に出すポーズ。任天堂の新製品や新タイトルなど重要発表の場に登壇する度いつもこのポーズをするので、任天堂ファンは思わずこのポーズの真似をしだすほどだった。

しかしこの「直接!」の姿勢は、ただ岩田のユニークなキャラ付けではない。岩田聡は経営者として任天堂の様々な製品に携わったが、その一つが、インターネット配信を通じて任天堂製品を「直接」、つまり「Direct」にユーザーへアピールする番組「Nintendo Direct」だ。2011年10月11日に第1回が公開され、現在でも放送される度に大きな話題となるこの番組だが、岩田はこの第1回から登壇し続け、「直接!」のポーズと共に任天堂の情報をユーザーに伝え続けてきた。

この「Nintendo Direct」を放送するに至った理由を、岩田聡は決算説明会の中で以下のように語っている。

しかし、その一方で、投資家のみなさまが聞きたいと思っておられる情報と、私たちの製品のお客様、特にゲームファンのみなさんが聞きたいと思っておられる情報には、重なりはあるものの、食い違いがあることも同時に感じていました。

同時に、Twitterなどに代表されるソーシャルメディアの普及により、情報の伝わり方と速度が大きく変わり、この場での発言が思いもよらない歪んだ形で広まってしまうことも何度か経験しました。

そんな状況の中で、先月、ニンテンドー3DSカンファレンスを、国内のイベントとしては初めて、インターネットで生中継しましたが、平日の昼間にもかかわらず、大変多くの方にご覧いただき、大きな反響をいただきました。特に、日本国内では、このカンファレンス後に、新しいソフトが発売されたわけではないのに、ニンテンドー3DSハードの販売が伸びるなど、お客様に適切な情報を直接お伝えできたことで、3DSプラットフォームに対する期待を高めていただくことができたという手応えがありました。

この結果をふまえて、私は、インターネットで直接多くのお客様にメッセージをお伝えできる時代が来ていて、その体験がソーシャルメディアを通じて直接ご覧にならなかった方々にも広がっていく可能性があること、そして、以前から考えていたとおり、「投資家のみなさまへの情報発信」と「お客様への製品に関する情報発信」は明確に分けるべきではないか、ということを確信するようになりました。

その結果生まれたのが、ちょうど1週間前に行った、Nintendo Directです。これは、任天堂のゲームに関する新しい情報を、インターネット中継をご覧の、ゲームファンのみなさんに直接お届けする新しい試みとして行ったものです。

「2011年10月28日(金)第2四半期(中間)決算説明会 任天堂株式会社 社長 岩田聡 講演内容全文」 より

ここで興味深い点は、岩田が番組を始めるにあたって、「Twitterなどに代表されるソーシャルメディアの普及により、情報の伝わり方と速度が大きく変わり、この場での発言が思いもよらない歪んだ形で広まってしまうことも何度か経験しました」と、かなり直接的に理由を述べていることだ。

2011年のTwitterといえば、東日本大震災を皮切りにユーザーが爆発的に増えた一方、それに伴って悪質なデマや偏執的な「炎上」が増えた頃。そのリスクを2011年時点で把握しているのはすごいことだが、そこで情報を封鎖するのではなく、あくまでユーザーに直接訴えかけることで、商品のプロモーションと企業への信頼、何より「お客様」のポジティブな期待を守ろうと試みたのは、極めて画期的だった。事実、競合のパブリッシャーもプラットフォーマーも同様の番組を発信するようになり、ゲーム産業のプロモーションを一変させたと言える。

そして先ほど述べた『ゼルダの伝説 BotW』のプロモーションは、まさに岩田の「直接!」のメンタリティに大きく影響されているのではないかと思う。まず、「ゼルダのアタリマエを見直す」ゲームデザインの方向性から告知し、何度も開発責任者の青沼自らがゲームを説明し、さらには宮本茂と一緒にゲームをプレイする様子を見せる。ありふれた大作ゲームのような「なんとなくの理想」のトレイラーではない、「直接」ゼルダファン、ゲームファンと向き合わなければ出来ないプロモーションである。

『ゼルダの伝説』シリーズの続編や外伝の発表は何度も「Nintendo Direct」の目玉として取り上げられ、当然そこには青沼がゲームを説明する場面があった。その点からも、岩田の「直接!」精神は、岩田が亡くなった後も「Nintendo Direct」と共に任天堂スタッフ、開発者に引き継がれていると言える。

「社長が訊く」に見る、岩田聡の開発現場への尊重

「社長が訊く『大乱闘スマッシュブラザーズX』」より

もう一つ、岩田聡が始めた企画が「社長が訊く」だ。もともと「Wii」をリリースするにあたり、岩田自らインタビュアーとして任天堂の開発者を取材するところから始まったこの企画は、現在も任天堂作品を考えるうえで一線級の資料としてファンや批評家に重宝されている。岩田はこの企画を始めるにあたって、以下のように語る。

自分で自分の会社の社員に取材するという、幾分変わった試みではありますが、
私自身、Wiiというマシンができた経緯や背景を、
開発者の声を通してあらためてきちんと確認し、残しておきたいという思いもあります。
当事者でしか訊けないこともたくさんあると思いますので、
どうぞ、よろしくお願いいたします。

「社長が訊く Wiiプロジェクト 〜Wiiが誕生したいくつかの理由〜 Vol.1 Wii ハード編」より

実は岩田自身、任天堂の社長に就任するまでは、主に任天堂ハード向けのソフトウェア開発を行うハル研究所の社長を務めていた。その中で、岩田が行っていたのが「半年に一回、社員全員との面接」だ。

ほぼ日刊イトイ新聞『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた』(株式会社ほぼ日)によれば、岩田は多いときは80~90人を相手に20分~3時間かけて面接を行っており、多忙極まる中でも面接を断行した理由として「商品づくりを通して、つくり手である我々と遊び手であるお客さんを、ともにハッピーにする」目的があったと語っている。

「社長が訊く」は、まさに岩田のゲームファンに対する「直接!」の精神を具現化したものであると同時に、岩田自身がハル研究所時代から開発者と作品を尊重し続けたからこそ実現した企画だと言えるだろう。当然、『ゼルダの伝説 BotW』のプロモーションで開発者が「直接」、その「経緯や背景」を長い時間をかけて伝えるという誠実さにも、この「社長が訊く」精神が通底している。

『TotK』にも踏襲された「直接」と「訊く」のプロモーション

『ゼルダの伝説 TotK』のプロモーションは、実はここまで述べてきたものを、より煮詰め、より「直接」に伝えんとするものばかりだった。

2019年6月、初めて「続編」の情報が公開されたのは「Nintendo Direct」。しばらくして2021年6月の「Nintendo Direct」での続報発表では、やはり青沼英二が先頭に立ち、「ハイラルの空が舞台になる」とゲームデザインに踏み込んだ紹介を行った。2022年には発売延期のアナウンス時でも青沼自らが謝罪するなど、前作以上に青沼はゼルダ最新作の情報を「直接」ファンに届けることにこだわり続けた。

また『ゼルダの伝説 TotK』発売直前にはロングインタビュー「開発者に訊きました ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」が公開された。発売3日前という最も作品に注目が集まるタイミングで、Chapter1~5まで3日間にわたってロングインタビューが公開されるというもので、実質的に最も力を入れた発売前プロモーションはこのインタビューだったと言えるだろう。

当然ながら、質・量ともに非常に充実しており、作品への理解を深める上で最良の資料となっている。『ゼルダの伝説 BotW』で岩田の急逝により実現しなかった「訊く」シリーズが、『ゼルダの伝説 TotK』では過去最大レベルのロングインタビューで実現したのは、ゼルダファンは無論のこと「訊く」ファンにとっても大いに喜ばしいことだった。

インタビューの中では「手と手」「今作ならではのダンジョン」とゲームデザインに一層踏み込んだ話から、「ゼルダのアタリマエを見直した前作から、続編のアタリマエを見直した今作」という展開まで、『ゼルダの伝説 BotW』から変化・進化した開発者たちのマインドまで、丁寧に語られている。

こうした『ゼルダの伝説 TotK』をめぐるプロモーションは、かつて岩田聡が志した「直接」と「訊く」に見られる「つくり手である我々と遊び手であるお客さんを、ともにハッピーにする」哲学に基づきながら、『ゼルダの伝説 BotW』から引き続き、青沼ら開発者による「直接」ゲームデザインに踏み込んだ内容の説明、そして作品に対する思い入れを語ることによって、一般的なプロモーションでは得られない敬意や理解を構築するに至った。

こうして培われた信頼が、長期的にはソーシャルメディアなどファンコミュニティで醸成され、本作の「3日で1000万本」という驚異的な成功に少なからず寄与したのではないかと考えられる。


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