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バグ多発で酷評を受けた『サイバーパンク2077』。誰が騙し、誰が騙されたのか【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(3)|Jini
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  • 2021.02.05
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バグ多発で酷評を受けた『サイバーパンク2077』。誰が騙し、誰が騙されたのか【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(3)|Jini

『Cyberpunk 2077』ホームページより

Jini

ゲームジャーナリスト

はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。

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2020年で最も注目されたゲーム、それが『Cyberpunk 2077』だった。同時に、2020年で最も失望されたゲーム、それも『Cyberpunk 2077』だった。

『Cyberpunk 2077』は2020年12月10日に発売されたオープンワールド・アクション・アドベンチャーだ。このゲームの世界観は1993年に発売されたTPRG(テーブルトークRPG)『サイバーパンク2.0.2.0.』を下地に、ウィリアム・ギブスンの小説『ニューロマンサー』や、リドリー・スコットの映画『ブレードランナー』の影響が色濃く現れ、日本語の怪しいネオンがきらめくディストピアを実際に自分の目で見て、自分の足で歩けるという、サイバーパンク好きにはたまらない作品だった。

このゲームを作るCD Projekt REDはポーランドに拠点を置き、特に『Witcher』シリーズで有名である。最新作『ウィッチャー3:ワイルドハント』は日本でも人気で、世界では2800万本以上も売れる快挙を成し遂げた。これだけの実績のあるスタジオが、2012年から8年もかけてずっと作り続けた、サイバーパンク的な空気と言語感覚を最新の映像表現で再構築するオープンワールドのゲーム。そんな歴史的な傑作の誕生を期待されながら迎えた発売日、思わぬ悲劇が起きた。

ゲームが途中で進行不能になってしまう膨大なバグ、またビルやネオンが粘土のように溶けていく劣悪なパフォーマンス。ひと目見て多くのプレイヤーが、事前にE3や東京ゲームショウなどで見たトレイラー映像と何かが違うと気づいた。

特にPS4、Xbox Oneなどコンソール版ではこれらの現象が多々見られ、最終的に発売元のCD Projektは発売前の情報発信が不十分だったこと、技術面の未完成部分を認め謝罪。PC版を除き、ダウンロード版は返金および販売停止となっているほか、多くのメディアで「fraud(詐欺だ)」「scams(バッタモンだ)」と批判され、例えば『ニューヨーク・タイムズ』では「10年に及およぶ誇大広告の末、出来たものは欠陥だらけの問題作であり、怒れるファンへの数百万人規模の返金、及び集団訴訟へ発展した」と辛辣に批判した記事を掲載。さらにアメリカの法律事務所が「投資家への誤認表示があった」としてCD Projektを相手取った集団訴訟の訴状を提出、ポーランド消費者庁から調査を受けるなど、ただゲームがユーザーに嫌われた、つまらないと評価された程度で済まない、ゲーム業界における大きな問題となっている。

ただ、バグやパフォーマンスだけでこの作品を断ずるのは惜しい判断だと筆者は反論したい。確かに未熟な部分が目立つものの、当初期待されていた、「オタクなら一度は夢見たサイバーパンクの世界を実際に歩いて、屋台でうどんを食べられる」という体験は、それこそ尋常ではない数のアセットで構築されたナイトシティによって十分担保されているし、何よりそうした理想を我も忘れて追求したCD Projektの姿勢には、現代の大作ゲームにない「凄み」を感じられたからだ。その話は筆者のnoteにて「『Cyberpunk 2077』はクソゲーか、それとも神ゲーか。」と題した批評を書いているため、そちらを参考にして頂きたい。

とはいえ、『Cyberpunk 2077』が2020年において最も人々をがっかりさせてしまったゲームであること、それは開発者であるCD Projektが謝罪している事実からも否定できない。汗と血を流しながら8年間かけてゲームを作った結果、ユーザーから罵詈雑言を浴びた彼らの無念も察するに余りあるが、同時に何年も期待し続けて裏切られた、騙されたと感じたユーザーのやり場のない怒りもまた切実なものがある。

すでに国際規模となった「『Cyberpunk 2077』問題」は、CD Projektとファン双方の問題だけでなく、ゲーム業界全体にとっての問題であることは言うまでもない。だからこそ、正確にこの『Cyberpunk 2077』を巡る問題を整理し、今後に伝える必要があると考え、あえてここは今回の問題点、特に「誰が騙し、誰が騙されたか」という問題を論じていきたい。

CD Projektは誰を騙していたのか

この「誰が騙し、誰が騙されたか」という問題を公平に論じる上で、『Cyberpunk 2077』が過剰に広告していたのは、バグやパフォーマンスにとどまらない、より本質的な部分だったことを、あえて言及しなければならない。すでに十分批判を受けたCD Projektに対して、これ以上批判を加えるのはこのディベロッパーのファンである筆者自信心苦しいのだが、繰り返すようにこの問題の構造はゲーム業界全体に通じるものと考えるためだ。

以下は筆者の『Cyberpunk 2077』批評の中から引用している。

例えば、プレイヤーはこのナイトシティで自由に成り上がり、実際に触れて回ることが可能だと喧伝された。発売2カ月前に発表された「Official Welcome to The Diner Trailer」では謎の男がVに対して「何が欲しい?スーパーカーか?豪邸(a big house)か?」と尋ね、実際に家と浮遊する車「AV」のイメージが挿入されるというシーンが存在する。ところがゲームプレイにおいて、家もAVも購入、所有は一切認められない。

今回はあくまで引用という形のためこの部分で留めたが、これら以外にもライフパスを通じたユニークなロールプレイや、選択肢によって起こる物語の分岐など、発売前の宣伝と、発売後の実態における乖離、プレイヤーが期待、あるいは約束されたと考えられていたゲームが、実際にはまったく違っていたという例はいくつもあり、筆者の批評においてもこれらの点を指摘している。

個人的な話をすると、画像や動画などによってあからさまに画質やグリッチの数々を明るみにするメディアの報道は、むしろ大げさであり露悪的であるとさえ感じている。確かに進行不能なバグが多すぎるとは感じていたが、このようなオープンワールド形式を採用したRPGにおいてパフォーマンス面を含むバグは避けられないものであり、同じCD Projekt が開発した前作『ウィッチャー3 ワイルドハント』は大好評だったものの、特に発売直後のPS4版ではバグやパフォーマンスが劣悪で、決して快適なゲームプレイとは言えなかったことも鮮明に覚えている。

ただし、こうしたゲームデザイン部分でのより本質的な「劣化」、つまり、もっと自分の手を通じてナイトシティに触れ、あるいはナイトシティの中で自分らしさをロールプレイできるだろうという事前トレイラーや宣伝などでCD Projektが見せた幻想が、ゲームではほとんど実現できなかったことは、筆者個人にとっても我慢できるものではなかった。これらはただ美しいグラフィックで遊びたい、バグがなく快適に進めたいという幻想などよりも、よっぽど重要だったはずだ。

「美しくあること」が実現できなくとも「楽しくあること」は実現してほしかった。それがわざとらしく炎上を物笑いの種にするメディアよりも、ちゃんとゲームに期待し、お金を落とすファンが最もガッカリしているポイントだと私は考えている。

あまりにも巧みであり、同時に何も説明していなかったCD Projektのマーケティング

CD Projektは単にPS4、Xbox One版の品質を誤魔化しただけでなく、それらより深刻な問題として、ゲームの中でインタラクト(触れること)が可能だとされたハウジング、地下鉄、ガレージといった要素、そしてロールプレイやストーリーにも発売前の動画やインタビューでの発表とは大きく異なっていた点が挙げられる。

ただ、言ってしまえばこのような誇大広告について、まるでCD Projektがゲーム業界で初めて手を染めたかのように報道する内容には疑問が残る。むしろゲーム業界において長年、こうしたマーケティングをめぐる不誠実な姿勢は存在しており、ファンからは何度も何度も指摘されてきた。

ここ5年の例を見ても、フランスのゲーム製作会社Ubisoftの『Watch Dogs』や『Tom Clancy's The Division』、「自動生成される宇宙で無限に冒険ができる」とされながら実際には本当にそれ以外何もなかった『No Man's Sky』、アメコミヒーローのように自由に空が飛べるシューティングゲームだがバグやフリーズのオンパレードという『Anthem』など、事前の壮大な宣伝とはあまりにかけ離れたボロボロのゲームをプレイすること自体、決して珍しくないのだ(『No Man's Sky』は数年におよぶアップデートにより現在ではゲーム体験が大きく改善され、ファンの信頼を取り戻したことも追記しておく)。

それでもこの『Cyberpunk 2077』がここまで批判された理由は一体何か。恐らく実態として出てきたゲームとしての値と、CD Projektのあまりに巧みな宣伝、マーケティングによって上げに上げられた期待値との落差がゲーム業界においてかつてないほど大きかったからではないか、私はそう考えている。

そう、今でも覚えている2019年の東京ゲームショウ(TGS)。当時、幸運にも私はプレスとしてビジネスデイに参加することができた……「幸運」というのはこれが現状、最後の幕張メッセで開催されるTGSの熱狂を知るチャンスだったからである。そしてあの国際展示場ホールの中で最も目立っていたブースは、さまざまな試遊台が並ぶ豪華なソニーブースでも、またカプコンやスクエニのブースでもなく、ポーランドからやってきたCD Projektの『Cyberpunk 2077』ブースだったのである。

もちろん場所も広く確保していたし、イメージカラーである黄色を全面に配し、作中に登場するバイク「YAIBA KUSANAGI」を堂々と展示するなどの施策は行っていたが、なにより他の日本企業が露出の多いコンパニオンを並べたオープンなスペースで通りすがる人々を次々に受け入れていたのに対し、『Cyberpunk 2077』ブースは全てが真っ黄色の正方形の箱で囲われ、中の様子がまるで窺えない。そこではメディア未公開の実機を用いたデモプレイが行われ、観覧した者には限定のバッジとタオルが配られていた。間違いなくこの“ビックリ箱”はどのブースよりも人を惹きつけていた。

このようにポーランド発のCD Projektは、まるで自分たちがアメリカのメジャーパブリッシャーであるかのように見せる、効果的なマーケティングを数多く行っていた。これまで段階的に公開されていたトレイラーはその象徴であり、中でも2018年のE3で公開したものは格別であった。

暗い地下鉄の車窓から「2077年、この街は全米一住みづらい場所だ」という主人公Vのモノローグが始まり、メインテーマの低音が響く。そして電車が屋外に出ると同時にナイトシティの姿が光と共に顕になる。それからナイトシティのさまざまな地域、摩天楼のビジネス街から、ギャングがたむろする砂漠の郊外、場末のバー、ボクシングクラブなどが映され、そこで起きるさまざまな非日常――AVから降りる日本人女性、武器ともども運ばれるアンドロイド、機械化した口を取り外し、目元の化粧をする女性など――をガンアクションやドライブシーンと共に矢継早に垣間見ていき、「夢追う者の街」「俺もその1人だ」と、再びVのモノローグで締めくくられる。

観る者に「何だこのゲームは! 今すぐ俺も遊びたい!」とここまで渇望させるトレイラーがかつて他にあっただろうか。映像の中にはとにかく美しいもの、観たこともないもの、そして何より、「楽しそうなもの」が詰め込まれていて、それらをゲームの中で実際に手に取れたら、どれだけ素晴らしいだろうかと夢想してしまう。このトレイラーは2000万回以上再生され、高評価数46万という形で世界中から拍手喝采を浴びた。

だが発売後の今、冷静に観てみると、このトレイラーは先述してきた理想と現実のギャップ以上に、もっと恐ろしい何かがある。実はこのトレイラー、具体的にプレイヤーが「ゲームで何を出来るか」ということを一切説明していないのだ。プレイヤーの分身であるVが実際に登場するのは、最初の地下鉄に乗るシーン、車のトランクから武器を取り出すシーン、最後に車でアクセルを吹かせるシーンの3箇所だけなのだ(皮肉にも、うち2つすら不可能になったが)。ほとんどのシーンはあくまで「ナイトシティでこんなことが起きているかもしれない」という説明で、実際にVを操るプレイヤーがその当事者となり、「遊び」の渦中へ飛び込んでいけるわけではない。

『Cyberpunk 2077』は「豪邸があると言っていたが、実際にはなかった」といった具体的な個別事例以上に、「何となく、すごそうで、面白そうなゲーム」だと伝える宣伝が極めて巧妙で、それを受けたゲーマーが各々の脳内で「『Cyberpunk 2077』はきっとこんなゲームだろう」と勝手に補完し、「自分にとっての理想のゲーム」を築き上げていった。その結果、ゲーマーたちの期待値は無尽蔵に膨れ、また拡散していった。そうした中で冷水を浴びせるかのようにつきつけられた現実が受け入れがたく、感情的な酷評につながっていったのではないか。

(因みに、このトレイラーに見られる「夢」は恐らく開発者たちにとっても自己暗示に近かったのではないか、と筆者は上記の批評で解説した)

言うまでもなく、ゲームの宣伝は「面白そう」だと思わせなければ意味がない。宣伝が下手なゲームは、特にデジタルな媒体に依存するビデオゲームの性質上、生き残りが難しい。当然、選挙公約のように厳密に一つずつ宣伝と同じゲームを作る必要はなく(むしろ政治家の公約すら守れてるか怪しいのに)、時には大げさに、しかし誠実に作品の魅力を伝えるのも必要だろう。だが『Cyberpunk 2077』の見せる夢は、現実的に実現できる域を遥かに超えてしまっていたのだ。

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