EVENT | 2022/05/17

スロバキアのIT企業なのに「MATSUKO(マツコ)」?Googleも競う3Dホログラム分野で「オンライン会議」のあり方を買える

文:赤井大祐(FINDERS編集部)
新型コロナウイルスによるパンデミック以降、Zoomなどを使用したオンラインミーテ...

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文:赤井大祐(FINDERS編集部)

新型コロナウイルスによるパンデミック以降、Zoomなどを使用したオンラインミーティングツールが一気に普及。しかし時間の経過とともに、今度はオンラインミーティングに感じるストレスや不便が散見されるようになった。

一般社団法人オンラインコミュニケーション協会(主にビジネス・実用書を出版する株式会社かんき出版の初谷純氏、浪岡幸歩氏による法人向け研修などを提供する組織)が「週に5回以上、社内のオンライン会議を行っているビジネスパーソン103名」に行った調査によると、70.9%が「意思疎通がしにくい」、60%が「対面より相手の表情を伺わないといけない」と回答しているという。

一方で、オンラインミーティングはリモートワークと紐付いたケースも多く、「他の人に話しかけられないので集中できる」「移動時間を削減できる」「生活とのバランスを取りやすい」など享受できるメリットの多さは今更言うまでもないだろう。

参考記事:「テレワークは出社時より生産性が落ちる」説は本当か?約800名テレワーク企業のCROが語る「仕事の本質」【特集】進まない・続かないテレワーク 2021年の課題 

あちらを立てればこちらが立たず、という状況だが、そこで注目したいのが「3Dホログラム」を利用したオンラインミーティングだ。

毎週だいたい1社ずつ、気になるスタートアップ企業や、そのサービスをザクッと紹介していく「スタートアップ・ディグ」。第16回はオンラインミーティングの「3Dホログラム化」によってリアルとデジタルの境界を乗り超える「MATSUKO(マツコ)」について紹介する。

2016年1月創業
調達総額約4億円

「存在感」を生み出すMatsuko

SF作品などに度々登場する「3Dホログラム」。『スター・ウォーズ』シリーズではドロイドのR2-D2が助けを求めるレイア姫を映しだしたり、ジェダイ評議会の面々が遠隔地から会議に参加するために用いられたりもした。“まるでその場にいるかのように”立体的な姿を映し出す技術は少なくともシリーズ第一作が公開された1977年当時からしてみれば、まさに「未来の技術」そのものであったに違いない。

ポーランドやチェコ、ウクライナと接する中央ヨーロッパの国、スロバキアに本社を置く「Matsuko」はスマートフォンのカメラを使用して3Dホログラムを生み出すアプリケーションを提供する企業だ。AI研究者であるMaria Vircikova氏と、フランスのゲーム会社Ubisoftにて『ファークライ』シリーズや『アサシンクリード』シリーズなどを手掛けたプログラマーのMatus Kirchmayer氏らによって創業された。

Matsukoはスマートフォンのインカメラに自身の姿を映すだけで、リアルタイムで3Dホログラムを生成することができる。受け手側はHoloLensやNrealといったAR・MRに対応したデバイスを装着することで眼前に立体的な姿を捉えることができる。

同社はFINDERSの取材に対して、「ビデオ会議に決定的に足りない要素である“存在感”を補うべく、人口知能をベースに開発されたホログラフィックコミュニケーションツールです。3Dによる立体的な知覚は、平面的なそれと比べ私たちの脳にとってはるかに自然なものです」とMatsukoを説明する。

提供:Matsuko

冒頭の一般社団法人オンラインコミュニケーション協会による調査を思い出すと、オンラインミーティングのネックとして挙げられたのは「意思疎通がしにくい」「対面より相手の表情を伺わないといけない」といった、対面時と比較した際のコミュニケーションの不自由さであった。

社員研修などを手掛ける株式会社ラーンウェル代表の関根雅泰氏は『logmi Biz』に掲載された記事の中で、「オンライン派と対面派の違いは『言語化』を重視しているかどうか」だと話す。対面であれば言語化する必要のなかった意思表示を、オンラインでは逐一言語化しなければ伝わらないため、言語化が得意な人ほどオンラインの恩恵を受けやすいということだ。これは企業におけるOJTによる新人教育の話題であったが、つまるところ「どのようにコミュニケーションするか」といった話といえる。

人間のコミュニケーションのおよそ9割以上はノンバーバル(非言語)が占めると言われるが、マーク・チャンギージー『ヒトの目、驚異の進化』(早川書房)によれば、人間の脳のおよそ半分は視覚による知覚のための計算に特化しているとも。

つまり、そもそも人間は非言語的、特に視覚的なコミュニケーションが非常に得意であるため、Matsukoをはじめとする3Dホログラムによって生み出される「存在感」、つまり“我々の脳にとって平面よりも自然である立体的な知覚”が、オンラインでのコミュニケーションをより快適なものにする可能性は十分に有り得るだろう。

提供:Matsuko

Matsuko=松子?日本的ネーミングに込めたビジョン

「Matsuko」は、いかにも日本的なネーミングであるが、実際に日本で使われる女性の名前にインスパイアされたという。

「アップルにはSiriが、アマゾンにはAlexaがあるように、私たちにはMATSUKOという、洗練された響きを持つ女性の名前があります。『松』は、私たちにとって自然の象徴です。ホログラムによる表現は、私たち人間にとってごく自然な存在である、リアルな接触や存在をシミュレートするための優れたソリューションだと考えます。私たちは日本と日本文化が大好きで、メンバーの何人かは、日本で勉強したり働いていたりしていたこともありました。創業者のMariaは、ヒューマンコンピュータインタラクションの研究において、日本の感性工学(※)にインスパイアされています」と説明する。

※広島大学の長町三生教授が創始し、日本から世界へと広がっていった学問。主観的で論理的に説明しづらい人間の感性を、科学的手法で分析する分野。英語でも「Kansei Engineering」と表記され、特にAI・ディープラーニング技術の研究にも多く用いられる。

ちなみに現段階ではアプリは英語のみであり、アカウント作成もリクエスト制となっているため誰でも自由に使える状況ではないが、今後日本での展開も予定しているという。

そんなMatsukoだが、米テキサス州オースティンにて毎年開催される、世界最大級のカンファレンス「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」内の新興テック企業向けのピッチイベント、「SXSW Pitch Competition 2022 Extended Reality & Immersive Technology(拡張現実と没入型技術)」部門にて受賞を果たしている。世界中から「最先端」が結集する同イベントでの快挙は言うまでもないが、特に、同ピッチに参加した企業の82% 以上がなんらかの資金調達や買収の機会を得ているという。世界中のVCからの資本的なバックアップも多いに期待できそうだ。

「…and The SXSW Pitch Winner is …. The Dream Has Come True!」より

さまざまな形で実現する「3Dホログラム」

コミュニケーションにおける3Dホログラムの実用化に取り組むのはMatsukoだけではない。3Dホログラム、あるいはそれを擬似的に再現する技術は、近年さまざまな形で実現されている。Googleは「Project Starline」と呼ばれる、3Dホログラムの技術に加え、人口知能や3Dオーディオなどを組み合わせたコミュニケーションツールの開発を行っている。現段階では一部の同社オフィス内に設置された専用の設備でのみ使用できるものだという。設備ごと開発してしまうのもGoogleらしい規模感と言える。

もっとも馴染み深いものと言えば、LEDを搭載したファンを高速回転させることで背景を透過し、立体的な映像を映し出す「3Dホログラムファン」ではないだろうか。近年は広告向けのモニター利用を中心に普及が進み、街中で見かけることも増えた。

米・Looking Glass Factoryによる3Dホログラムディスプレイ「Looking Grass」は、1つの動画や画像を45の角度に分け、それらを同時に表示することで、立体映像に仕立て上げる。こちらは個人用の観賞ディスプレイほか、ハンドトラッキング機能を利用した体験型のコンテンツとしての利用も進んでいる。

Looking Grassより

2020年に支笏湖ビジターセンターに導入された「デジタル水槽」

ちなみにホログラムはギリシア語の「完全」という意味の「Holos」と「情報」という意味の「Gram」からなる言葉だというが、はたして3Dホログラムの普及をもって私たちのバーチャル空間上でのコミュニケーションは完全なものに近づくのだろうか。


スタートアップ・ディグ

MATSUKO