2022年9月15日から18日まで幕張メッセにて開催された「東京ゲームショウ 2022」。本イベントではバーチャルイベント「TOKYO GAME SHOW VR 2022」が並行して行われ、現地に行けない人でもバーチャル空間でイベントを楽しむことができた。今回はそんな「もう一つのTGS」を通じ、バーチャルイベントの可能性について考えたい。
Jini
ゲームジャーナリスト
note「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、2020年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。
ゲームゼミ
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いち早くバーチャル化を果たしたTGS
「東京ゲームショウ」(以下TGS)は1996年からコンピュータエンターテインメント協会(CESA)が主催する、主にビデオゲームをはじめとしたデジタルのコンテンツを展示する見本市だ。アメリカのE3やPAX、ドイツのgamescomなどと並んで最大規模の総合ゲームイベントとされており、2019年には4日間で26万人が来場した。
TGSの特徴は一般人も歓迎するエンタメ性の強いムードだ。基本的にTGSのような展示会は、メーカーが小売に向けて自分たちの商品を一般に先駆けて公開し、その後の仕入について検討してもらうtoBの場として設計されているが、TGSはゲームの展示・試遊に加え、プロゲーマー・インフルエンサーを呼んだ大会イベントや、コンパニオンやコスプレまで許容され、多くの一般来場者も訪れる一種の「お祭り」だ。
このようにtoB、toC両方から注目されるイベントのためか、TGSは業界でもいち早くバーチャル化、XR化に取り組んだ。2020年、多くのイベントと同様にTGSも新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けてオンライン開催への移行を止む無くされたが、2021年にはバーチャルイベント「TOKYO GAME SHOW VR 2021」を開催し、家に居ながらTGSに遊びに行ける環境を作り出すことに成功した。
バーチャルイベントは今、多くのビジネスパーソンが注目する新しいイベントの形式だろう。バーチャルイベントには主催者、参加者両方に様々なメリットがある。
主催者側としては、遠方、特に海外から参加者を呼びやすいメリットがある。次にサーバーさえ確保してしまえばハコを抑えるコストやスケジュールが楽になるし、近年のパンデミックを踏まえた災害などにも強い。参加者側にも、交通費を含む移動のコストがかからない、混雑を避けて快適に展示を見られるなどのメリットがある。
TGSの他にも「ジャンプフェスタ2021 ONLINE」、「オンラインさっぽろ雪まつり2021」など、バーチャルイベントが近年増えつつあるのは、きたるWeb3.0の時代を考慮して多くの企業がバーチャルイベントの可能性を模索している証左だ。では果たして、TGSのバーチャルイベント化はどこまで成功したのだろうか。
「東京ゲームショウ」ならではの「ゲームらしさ」に満ちたバーチャルイベント
まず実際に「TOKYO GAME SHOW VR 2022」(以下、TGSVR)を訪れた感想だが、バーチャルイベントの中でも最先端と言えるクオリティの没入感だった。
バーチャル会場に入場した参加者は、最初に自分のアバターを設定する。すると幕張メッセの地下にある「ゲームの地層」なる場所にワープする。つまり展示会そのものが一種の「ダンジョン」であり、参加者は観光客であると同時にプレイヤーとしてこの展示会を楽しめるというわけだ。
そして中央エントランスを抜けた先の「CORE」エリアでは『ドラゴンクエスト』のスライム、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』のソニック、更には『遊☆戯☆王』の青眼の白龍らがユーザーをお出迎えしてくれる。ここからさらに3つのエリアに分かれ、それぞれセガ、バンダイナムコ、カプコン、コーエーテクモ、コナミ、スクウェア・エニックス、小島プロダクションなど大手パブリッシャー(ゲーム企業)のブースがお目見え。
各ブースでは現実のTGSと同様に、期待されている新作タイトルのトレイラー映像を視聴したり、看板となるキャラクターの等身大モデルの周りで記念撮影したりと、まるで本当にTGSに訪れているかのような気分が味わえる。単にウェブメディアやYouTubeで情報を得るよりも、実際に自分でアバターを動かし、そこで新作ゲームについて触れることによって、筆者自身かなり前のめりになって作品について知ることができた。
さまざま人気タイトルに混ざって環境省も出展
特に興味深いブースが2つあった。1つはコナミのブース。床に巨大な遊戯王のカードがセットしてあり、それを踏むと、なんとカードの中のモンスターが飛び出て参加者を驚かせてくれるのだ。そう、これは遊戯王の原作にも存在したモンスターを実体化させる「ソリッドビジョン」そのもの。まさにバーチャルならではのサプライズに、思わずニヤッとさせられた。
もう1つはエナジードリンクのZONeおよび、コーヒーのUCCブースだ。特にZONeでは500mlの缶が、そしてUCCではカップが配られ、実際に手にとって飲むことができる。もちろん現実にいるプレイヤーの喉に液体が流れる訳では無いが、バーチャルイベントでバーチャルドリンクを試飲するというのは体験としてなかなかに面白く、周囲にも多くのプレイヤーが集まっていた。
会場内では自撮り可能なバーチャルカメラも常に使用可能
またTGSVR全体にも面白い仕掛けが多数存在する。例えば、実際に企業ブースの動画を見たり、モデルに触れると、その企業にまつわるTシャツや帽子など「きせかえアイテム」がもらえるのだ。もちろんそれらは自分のアバターに着せて歩くことも可能。参加者の立場からすればついつい動画を見てしまうし、企業側は自分たちのアイテムをユーザーに宣伝してもらえてWin-Winな仕掛けと言えるだろう。
現状バーチャルはバーチャルでしかない(しかし、今後バーチャルの需要はより高まっていく)
最後にTGSVRを訪れた感想を記したい。結論からいうと、少なくともTGSに限れば、バーチャルイベントはあくまで「バーチャル」の域を出ないように感じる。つまり、現実のイベントの代替となるほどのエンゲージメントは残念ながら得られない、というのが本音になる。
確かにイベントそのものは、文句なく素晴らしい。TGSVRはバーチャルイベントとして最も完成度が高く、見本となるべき事例なのは間違いない。ただし、そんなTGSVRにも「物足りなさ」は否定できない。
まず、ゲームの試遊ができないこと。そもそも、TGSに並ぶ多くの参加者の目的は未発売ゲームの試遊である。動画やロゴを見るだけなら、YouTubeなどで事足りる。TGSVRは動画こそ視聴できるが、ゲームの試遊まではできないため、どうしても物足りなく感じてしまった。
ただし、これは極めて難しい要求であることは間違いない。例えば、改めて体験版をダウンロードしようにも一旦VRのクライアントを落とさなければいけないし、クラウドを用いてインゲーム上で試遊できそうだが、クラウド上で試遊を実現するコスト、ハードル、また各パブリッシャーが可能な協力の度合いを考えれば夢想の域は出ない。
もう一つ物足りなかったのは、会場の人通りが少ないことだ。一応、TGSVRはオンライン上で接続され、他の参加者と場所を共有したり、ボイス・絵文字を使ったコミュニケーションも可能ではあるが、1つのワールドに同時に入場できる参加者数に制限があることもあって、ブースは閑散としているし参加者同士が出会ってもほぼ素通りになる。あの人混みの「お祭り感」こそTGSだと思う人や、ゲーム開発者に直接話を聞きたい人にとっては、物足りなく感じるだろう。
しかし、これもやはり「求めすぎ」な要求だと自覚している。少数といえどユーザーを同時に集め、問題なく動き、簡単といえコミュニケーションが取れること自体、むしろTGSVRは極めて先進的だと評価すべきだろう。それほどリアルタイムでつながるオンライン関係のテクノロジーは複雑だ。
さて、ここまで「ないものねだり」を承知であえて筆者が「物足りない」と論じたのは、TGSVRというよりバーチャルイベントそのものの運営がいかに難しく、何よりコストがかかることを実感したからだ。何度も言うようだが、TGSVRはバーチャルイベントとして最先端の内容だと思う。自分だけのアバターを作り、企業ブースにはリッチなギミックを用意し、オンラインで参加者同士コミュニケーションを取れる。来訪者の中には「たった4日しか訪れられないのがもったいない」という感想も多い。そう、「もったいない」のだ。
バーチャルイベントはその性質上、開催が終わるとその度に作り直さなければいけない。ネットワーク環境などある程度、融通できる点もあるかもしれないが、企業の出展内容が全て変わることを考えればコンテンツはほぼ1からの作り直しだ。もちろんリアルイベントもイベントの開始と終了のタイミングで設営、撤去が行われるが、イベント用の一時的な会場設営の道具・手法が確立している点や、それに特化した企業が存在する点で大きく異なる。TGSVRは4日開催されたが、言い換えれば、これだけコストをかけても4日で「使い捨て」になってしまうのだ。
筆者も以前論じたが、バーチャルイベントのようなメタバース、つまりユーザーが「生活」していると錯覚できるほど没入感が得られるような3Dコンテンツには、極めて高い解像度が求められる。具体的には、床に置かれたあらゆる物体にも僅かなカクカク(ジャギー)があっては興ざめだし、しかもそれらは実際に触れたり、インタラクトできないとユーザーは強い違和感を覚える。よってメタバースとは「高価」であり、数日で「使い捨てる」ことを前提としたバーチャルイベントとは根本的に相性が悪い。
例えば、メタバースとしてよく参考にされるオンラインゲーム、『フォートナイト』や『GTAV』、『FF14』などは、以前当連載にも書いたように5年、10年とプロのゲームディベロッパーが時間をかけてようやく完成した「世界」だ。もちろんその5年、10年の間、ユーザーに長くログインしてもらい、収益を得られるからこそ成立するビジネスモデルである。
だからこそTGSVRは限られた予算・日程の中で非常に充実した素晴らしい内容であったものの、どうしてもコスト的な限界を感じる部分がいくつかあり、それによって(現実のイベントとは違うと理解していても)「物足りない」と感じざるを得なかった。無論、TGSVRに限らず多くのバーチャルイベントはこの「使い捨てのメタバース」というジレンマにぶつかるのではないかと思う。
バーチャルイベントは今後必要になるのか?
なお現実で開催された「TGS 2022」は、スクエニの『FORSPOKEN』、セガの『ソニックフロンティア』など新作情報の発表も相次ぎ、さらにSteam DeckやPSVR2など最新ハードの試遊も行われ、SNSで大きな話題となった。4日間で来場者が13万8192人を記録するなど、3年ぶりのリアルTGSは見事に成功したと言えるだろう。
一方、それと同じか、それ以上に話題をさらっていったのが9月13日放送の「Nintendo Direct 2022.9.13」だ。『ファイアーエムブレム エンゲージ』、『ピクミン4』といった任天堂人気シリーズの新作に加え、極めつけに『ゼルダの伝説』シリーズ最新作『ティアーズ オブ ザ キングダム』に関する発表もあり、世界中が大いに湧いた。しかも翌日14日にはSIE(ソニー)が「State of Play」を放送し、こちらでは『鉄拳8』、『ライズ・オブ・ザ・ローニン』、『ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク』が発表され、同じく大きな話題を呼んだ。そして両社はTGSにてブースを構えていない。
現在、ゲーム業界のプロモーションはTGSのようなリアルイベントから、Nintendo Directのような動画配信がメインになりつつある。そして恐らく、バーチャルイベントが今後必要とされていくのだとしたら、まさにこのリアルイベントと動画配信の折衷という形になると思われる。リアルイベントでは面倒だし、動画配信では味気ない、そういう需要を汲み取れるのはバーチャルイベントだけだ。
そのため、結局バーチャルイベントがリアルイベントを代替するのは現状難しいが、まさにTGSがそうしたように、リアルイベントや動画配信と「並行しつつ」バーチャルイベントを開くというのが、現状の最善なのだと思う。バーチャルイベントというよりはオルタナティブイベント、もっと言えばマルチに開かれたイベントというのが今後の主流となっていくのでないか。