「女性用風俗」――つまり、男性セックスワーカーが女性客に性感マッサージなどのサービスを行う性風俗店が近年急増している。「女性向け風俗」あるいは略して「女風」と呼ばれることもあり、そこで働くセックスワーカーは「セラピスト」と呼ばれている。「女性用風俗」で検索すると、さまざまな店舗のサイトがずらりと表示され、クリックすると「女性のためのファンタジーマッサージ!」「35億の女の楽園!」などの宣伝文句が踊るトップページが迎えてくれる。
大手女性用風俗検索サイトに登録されているサイトは2018年の段階で約100店舗(※)だった。それが今年5月の同サイトの登録店舗は約200店舗まで倍増。数年前まで有名店のグループ支店でさえ東京や大阪などの大都市に数えるほどだったが、現在では全国に数十店舗のチェーンを構える規模となるなど、業界規模が拡大している。
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※ハラショー『女性専用―快感と癒しを「風俗」で買う女たち』(徳間書店2018年)大手女性用風俗検索サイト運営者A氏のインタビューより
そうした中でおのずとメディアからの注目も高まってきた。Webメディアや深夜番組で取り上げられる際には枕詞のように「女性が男性を買う時代!」とセンセーショナルに謳われ、業界周辺を取材したルポルタージュ書籍では「傷ついた女性たちが主体的に性を楽しむ場所」として描かれる。
そして、「なぜ女性が風俗に?」という背景を探る言説も増えた。SNSやスマートフォンによって女性が気軽に性的な情報にアクセスしやすくなった、女性の社会進出による収入の増加、自分本位のセックスをする男たちからの逃避、あるいは男性中心社会そのものへの抵抗……。ルポライターや社会学者らが「風俗に行く女性」という現象そのものに興奮しているかのように、その理由や背景をこぞって分析している。
しかしながらその中で見逃されがちな点がある。そこで働く男性の労働環境だ。
「セックスワーク・イズ・ワーク」というスローガンもあるように、性産業で働く労働者の権利は、他の職業同様に守られるべきだ。だが、いまメディアで「女性用風俗」を語る言葉たちがそこにスポットを当てることは稀で、むしろ労働問題から目をそらしているかのようにみえてしまう。
取材・文:藤谷千明 編集:斎藤岬、神保勇揮(FINDERS編集部)
藤谷千明
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1981年生。工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後、職を転々としフリーライターへ。主にエンターテイメント・サブカルチャーのフィールドで、取材・執筆を行う。近年はアラフォー女性4人でルームシェア生活を行っており、その模様を綴ったエッセイ『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎 2020年)は、今年5月に韓国語版も発売された。
生きづらい女性たちを救う「女性用風俗」という光の外にあるもの
冒頭で述べた通りWebメディアや深夜番組、雑誌などで取り上げられる機会が増え、YouTuberや女性芸人が自身の風俗体験談をメディアで語ったり、セラピスト自らYouTubeやTikTokなどで情報を発信することも増えた。
一方、フィクションの世界では一足早く小説『娼年』(石田衣良/2001年)で“女性向けの会員制ボーイズクラブ”が描かれた。2018年には映画化もされており、女性用風俗の普及に同作が一役買ったという見方もある。そして渡辺ペコ『1122』(2016年〜21年)や安野モヨコ『後ハッピーマニア』(2019年〜)、桐野夏生『燕は帰ってこない』(2022年)など女性からの支持の高い作家の描くマンガや小説にも、「女性用風俗のセラピスト」が登場するようになった。
私自身、数年前に女性用風俗を利用した経験があり、その頃から比べてもずいぶんと浸透したように感じる。その経験を打ち明けたときの周囲の女性たちの反応も、難色よりも興味を示すことのほうが多かった。きっとこれが10年前ならば、彼女たちの反応も、もっと違うものになっていたはずだ。時代は確実に動いている。
そして、昨年から今年にかけて、ノンフィクションの世界で女性用風俗を取り扱った書籍が相次いで刊行された。
2021年、女性用風俗店を運営する40代の現役セラピスト・柾木寛氏が自身の接客経験をつづった『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』 (光文社)が出版。そして2022年にはノンフィクション作家・菅野久美子氏が女性用風俗利用者やセラピスト、そして経営者に取材した『ルポ 女性用風俗』(筑摩書房)が出版されている。
この2冊の惹句をそれぞれ引用してみよう。
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両者に共通しているのは、「女性用風俗は女性にとって歓迎すべき福音である」というスタンスだ。それはすなわち、女性たちを値踏みし、搾取し、抑圧する男性中心社会に絶望した生きづらい女性たちの逃避先、あるいは抵抗の表れである、と。
たしかにそういった一面もあるだろう。だが、その抵抗はこれまで抑圧し続けてきた男性たち、男性社会を直接的には傷つけることはない。代わりに、そこで負担を背負わされているのは、そこで働く男性たちなのではないか。
女性たちが主体的に性を楽しめる場所が増えたという「利用者側」の変化は歓迎すべきものだと思う。しかし、「働く側」については女性に対する献身的な姿を賛美するばかり。近年の主に女性を中心にしたセックスワーカーの人権や労働問題の注目の高まりに反して、男性セックスワーカーのそれには無頓着と呼べる2冊のノンフィクションを読んで、いち利用者として、そして文筆家として強く違和感を覚えたのだ。これはフェアではない。
本稿では、現役、あるいは元セラピスト数名に取材を行い(以下、名前はすべて仮名)、女性用風俗で働くセラピストをとりまく現状を分析していく。
「月1000万円で人は死ぬかもしれない、でも月100万円なら人は死なない」
5年前から都内の中堅店で働く専業セラピストのカイ(30代)の月収は手取りにして40〜50万円程度だ。
「毎日のように昼も夕方も予約を受けて、さらに“お泊りコース”も対応して、1日15時間くらい働いたら100万円以上いくと思うけど、そういう働き方は本当に身体がボロボロになるし、自分の時間を犠牲にしたくないので、今は週4日程度に抑えています。他の店も含めて、“人気セラピ(セラピストの略)”は額面で100〜200万円もらっている人もいるけれど、だいたいのセラピはよくて20〜30万くらいじゃないかな? 最近は供給過多だもんね」
“男性セラピスト”の賃金は決して高いとは言い難い。
「でも、それがいい部分もありますよ。ホストだったら今や“エース”(※)はシャンパンタワーで1000万円使うことも珍しくないでしょ。だけど女風なら一桁少なくてもかなりの上客になれると思う。言い方は良くないけど、1000万で命を落とすことはあるけど、100万で人は死なない。お客さんにとってはそっちのほうがいいんじゃない? あくまで使う金額の話だから、ホストが悪いってわけじゃない。どちらにだって業や闇はある」(カイ)
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※エース:そのホストに対して最も金を使う客のこと
『ルポ 女性用風俗』に登場する経営者の店舗「S」のサイトに掲載されている料金表を確認してみよう。セラピストのクラスによって価格は異なるが最高で「120分:2万4000円」、最低では「120分:1万6000円」とある。全国展開している大手グループ「H」の利用料金は120分で2万円で、この辺りが平均的な価格帯と思われる。
東京の男性向けデリバリーヘルスの相場価格は60分1万6000円〜2万1000円とされている。比べてみると、女性用風俗はほぼ半額程度に留まっている。カイも触れていた「お泊り(8時間程度の宿泊)コース」が大抵の女性用風俗店舗には設けられており、値段は5万円が相場だ。店舗によっては「常識の範囲で睡眠時間をとらせてほしい」と但し書きはあるものの、それが常に保証されるわけではないことも付け加えておく。
参考までに「S」の求人ページによると料金の80〜50%がセラピストの手取りになるとうたっている。一見好条件のようにも見えるが、80%に至るまでの条件は確認できなかった。
今回取材したセラピストたちの話によれば、有名店の人気セラピストでも70%、多くの店は60〜50%、場合によっては40%しかもらえないこともあるという。80%もらえるケースは稀だと考えられる。
加えて必要経費が支払われるかどうかも店舗によって異なる。女性キャストを派遣するデリバリーヘルスのような「送迎」がほぼ存在しないため、女性用風俗では利用料金とは別に交通費をユーザーが負担するシステムを採用している店舗がほとんどだ。だが店舗によってはこの交通費も店と折半されるケースもあるという。あるいは、地方都市などではセラピスト自身の自家用車を利用する、ある種の“持ち出し”で賄っている場合もある。これには金銭的な負担もあるが、別のリスクもある。
地方都市で兼業セラピストとして働いていたリオ(20代)は自家用車の情報から身元がバレてしまい、利用客からストーカー被害にあったと語る。
「自宅の前の駐車場に、客がいたときは背筋が凍りました。警察に相談したら風俗で働いていることで何か言われそうで被害届は出しませんでした。僕個人に対してはそのお客さんをNG客にしてもらっていましたが、その後も店を利用していたそうです……。ウチの店はいわゆる待機所がないので、自分の車がないときついんです。コロナの影響で時間を潰せるファミレスが時短営業していた頃は、車がないセラピストはコンビニなどで時間を潰していたって聞きました」
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