CULTURE | 2022/05/31

女性用風俗はなぜ急増する? 低リスク・低コストなビジネス構造と、過剰サービスに疲弊する男性セックスワーカーたち

「女性用風俗」――つまり、男性セックスワーカーが女性客に性感マッサージなどのサービスを行う性風俗店が近年急増している。「...

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「身体だけではなく心も癒やされたい」という欲望と感情労働

Photo by Shutterstock

女性用風俗を語るメディアでは、「女性は男性とは違い、身体の欲望だけでなく心の満足が必要」と繰り返される。まるで女性の欲望は、気持ちの悪い男性のそれとは別物であると喧伝するように。

柾木氏の本でも、

など、ことさら男女の性差が強調される。

そもそも、本当に男性は性風俗において身体の快楽(=射精)のみに主眼を置いているのだろうか。社会学者の多田良子が行った性風俗に関するインタビュー調査では、性風俗を利用する際に「射精する」こと自体ではなく、それに至るプロセスや関係性が重要と感じている男性が登場する(『「男らしさ」の快楽―ポピュラー文化からみたその実態』‎ 辻泉、岡井崇之、宮台真司ほか/勁草書房/2009年 所収「『エッチごっこ』に向かう男たち 」)。「女だけが心と体で性を感じる」という見方も再考の余地があると思われる。

求めるものが身体ではなく心であれば、暴力性がないとはいいきれない。セラピストの中には、SNSを通したコミュニケーションを求められることに、負担を感じている者は少なくないという。

リオもそんな悩みを抱えているひとりだった。

「SNSでの営業はとくに負担に感じています。月に一回しか予約してくれないのに、毎朝毎晩SNSでメッセージを送ってくるお客さんがいるんです。僕だって昼の仕事もあるから返事を半日放置していたら、“それでもプロなの?”と非難するような内容のメッセージが連続で届くこともよくありました。予約が決まったので返信しなくていいかなと思っていたら、やっぱり“プロ意識がない”と怒られました。本当に、なんなんですかね、“プロ意識”って……」

例えば先程紹介した「S」の場合、120分料金16000円の50%が収入になるとして、時給にすると単純計算で約4000円だ。メールやSNSのメッセージ機能、質問箱(※)での利用客とのやりとり、写メ日記(※)の更新、ツイキャスやTikTokなどでの営業、移動時間やメッセージのやりとりの時間は、女性のセックスワーカー同様に価格には含まれていない。料金は低下しているのに、サービスは過剰になっていく。

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※質問箱:匿名で質問を投稿できるWEBサービス。身元を隠したい女性客のニーズにマッチしているためか、質問箱を利用するセラピストは多い
※写メ日記:風俗情報ポータルサイトや店舗サイトにある日記。集客に影響すると言われている

SNSを通しての営業はセラピストにとってほぼ必須になっている。昨年末、それを象徴するような事件が起きた。老舗店舗「D」が閉店したのだ。『女性専用―快感と癒しを「風俗」で買う女たち』によれば、「D」は男性向け風俗を意識したサイトの作りや過激なキャッチコピーで異彩を放つ存在だった。また、セラピストの写真は非公開にし個人でのSNS発信にも消極的なことも、大きな特徴のひとつだった。

「業界の人は驚いたと思います。閉店した詳しい理由はわからないけど、店ではなくてセラピスト個人によるSNS営業の時代になったってことですよね。僕はブームの前からセラピストをやってて、固定のお客さんもいるからまだマシだけど、これから始める人は大変だと思う」(カイ)

「癒やし」「ケア」という視点も女性用風俗を語る場所では頻出する。『ルポ・女性用風俗』に登場するセラピストCさんのインタビューでは、このような発言が出てくる。

「心のケアを求められることは、女風ではけっこう多いんですよ。この仕事は、一種の社会貢献なのではないかと思うことも度々あります」

社会ではケアの役割を請け負ってしまいがちな女性たちが、役割から解放される――その結果として、性風俗の現場で働くキャストたちが「ケア」を請け負う。菅野氏の本では兼業セラピストMさんの、自己犠牲的ともとれるストイックなエピソードが紹介される。彼の“本業”は進学塾の経営者だ。

「M」は週に平均して4日ほど予約が入り、泊まりの仕事も請けているため、翌朝そのまま塾の仕事に向かうこともあると、ストイックな仕事ぶりが賛美されている。

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「一日二〇通来るDMに返事をするだけで、結構時間が取られるし、大変なんです。メールを返した全員がお客さんに結びつくわけでもない。一種の自傷行為みたいなものかもしれません」(本文より「M」のコメントを抜粋)

彼のこの言葉を引き取って、菅野氏は「それこそが、自らの役割だと感じているからだ」と地の文でつづる。

彼が塾経営もセラピストも「自由意志」でやっていることは読み取れる。しかしながら、「やりがい搾取」とも見えるこの構図、本人すら「自傷のよう」と語っている行為に対して称賛するばかりでよいのだろうか。また、「M」はSMプレイを得意としているセラピストだが、緊縛は慣れた者同士であっても、ちょっとした不注意で怪我につながる事故が起こりうる。疲労困憊状態で行うには危険な行為であることは留意したい。彼自身や所属する店舗の安全感覚についても首を捻る部分があるが、やはり責任を持って情報を発信する書き手側が、そこに無頓着であることが一番の問題に感じてしまう。

ほかにも、『女性向け風俗の現場』では「(お泊りコースの利用客に付き合って)睡眠時間が1時間しかなかった」と柾木氏自身が経験したエピソードを笑い話のように紹介しているが、これはかなり切実な労働問題なのではないのではないだろうか。彼らを賛美する言説のなかには、彼ら自身のケアが顧みられることはない。

セラピストをめぐるこうした状況は、今回の取材を受けてくれた彼らだけが直面しているものではない。ライターの佐々木チワワ氏による新書『ぴえんという病』(扶桑社/2021年)に、コロナ禍で就職先が倒産したことにより女性用風俗キャストとして働き始めたという男性が登場する。高額な料金のわりに杜撰な講習、頻繁に届くSNSのメッセージ機能などを通じた感情労働の負担、「勃起しないと客が満足しない」と精力剤を利用する、裏引きをした結果利用客に食事時間分を値切られたなど、「利用客とセックスワーカー」という権力差から生まれるエピソードが紹介されており、佐々木氏は「男性への性的搾取、性暴力も(女性のそれと同じく)重い問題である」と指摘する。

女性セックスワーカーの感情労働の問題は古くから指摘されているにもかかわらず、なぜ性別が反転したとたん「美談」のように語られてしまうのだろうか。「女性が男性を買う」という表面的な目新しさに浮足立っているような筆致には、ある種のジェンダーバイアスを感じてしまうのだ。

金銭を媒介とした性愛に翻弄される女性たちを消費するメディア

これまで書いてきたように、私自身が疑問に感じているのは、利用客ではなく主に「女性のため」と美辞麗句を掲げる経営側、あるいは「女性の性愛」を過剰に囃し立てて煽るメディア側の態度だ。

例えば1970年代に出張ホストを利用する女性たちにをとりあげた週刊誌記事『「あらゆるサービス」が謳い文句の〝出張ホスト〟営業の成否 』(「週刊サンケイ」1974年2月1日号)でも、出張ホストを呼んだ開業医夫人や、ホストに3億円貢いだ中年女性など、性とお金に翻弄される女性たちを面白半分に取り上げていた。「買う女性」に興味本位で視線を投げかけ消費するという構図は、現代の深夜番組やネット放送局のスタンスと大きな違いはないように思える。

文筆家の鈴木涼美氏による『ルポ・女性用風俗』の書評(「ちくま」2022年5月号掲載)では、これまで風俗やアダルトビデオ、あるいは援助交際やパパ活などの性産業が語られるとき、「売る」女性たちばかりが取り沙汰されてきたことに触れ、女性用風俗においても今度は「買う」女性たちの物語が中心となっていることについて

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「好意的に見れば女性に同情的な、批判的に見れば女性の不幸を消費する視線がある。それでは男性用風俗で「買う男」たち、あるいは女性用風俗で「売る男」たちには、多様な傷と欲望の物語はないのだろうか。本書の後半で紹介される男たちの物語の序章を読む限り、そんなはずはない、とも思う」

と指摘している。70年代から、いや、それ以前からかもしれないが、性とお金に翻弄される女性たちを奇異な存在として扱う構造そのものは変化がないのではないだろうか。

また、柾木氏の著書では本番を求める女性客、セラピストのエピソードが紹介されていたが、密室で行われる行為であるため、性暴力の証拠がなく泣き寝入りせざるをえなかったという女性客の嘆きを、私自身耳にしたことがある。

男性向けの風俗店と同じくワーカーの性感染症リスクは当然ある(男性向けの風俗店と同じく、そこで働くセックスワーカーの性病検査を義務付けている店が主流で、利用客に対して「性病検査割引」を設けている店舗もある)。加えて、女性の場合妊娠のリスクもゼロではないが、そこにもあまり言及されている気配がない。

極端な例をあげると、数年前に冒頭で紹介した大手女性用風俗紹介サイトで「妊娠中の性欲処理は女性向け風俗が新常識!?」として、妊婦に向けて利用を勧めるコラムが掲載されていた。さすがにセラピスト側のリスクや心理負担が大きすぎるのではないだろうか。また、「女性の癒し」を掲げる一方で、「女性を性奴隷にする!」という内容の男性向け情報商材を販売し、炎上した有名店もいまだに人気だ。今回言及したようなルポルタージュ、ネット放送局やWEBメディアだけでなく、業界メディアの倫理観にも疑問が残る。

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