CULTURE | 2022/05/31

チームビルディングもJASRACとの交渉も全部自分でやる。芥川賞作家・李琴峰がNFT小説プロジェクトに挑戦する理由

聞き手・文:赤井大祐(FINDERS編集部) 写真:グレート・ザ・歌舞伎町 
小説『彼岸花が咲く島』(文藝春...

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「作家としてただ小説を書いていればいいという立場は結構楽なものではあった」

―― そもそもNFT化する作品として『流光』を選んだのはなぜでしょう?

OpneSeaにて公開されている『流光』全10点(画像は5月26日時点のもの)

李:『流光』は単行本になっていない初期の作品で、おそらく読んだ人もそれほどいないと思います。それこそJASRACとのやり取りなんかを考えると避けるべき小説だったのかもしれませんが、個人的にとても好きな作品だし、小説の出来としても胸を張って世に出せるものだと思って選びました。

―― 作品、特典ともに「NFT」ならではみたいな部分はあまり意識されなかったんですね。

添田:作品や特典にNFTならではの価値があるかどうかは受け手の感じ方次第だとは思いますが、プロジェクトに携わって実感したのは、NFTという言葉が独り歩きしているんだなということ。NFTはブロックチェーンを使って作品を公開できるツールに過ぎないんだな、って思ったんですよね。

李:オーディオブックも手書き原稿もNFTとは関係なくすでにいろいろな形で存在するものですが、それを特典としてつけてNFT化するのはあくまで一つの手段です。私にとって大事なのはいかに文学的に良い作品を作り、そして付加価値をつけるかということです。

今回のようなNFTの取り組みは、「作家が主体になれる」というのがいいんです。これまでの市場や業界において作家一人で作品を書き上げ、カバーデザインを発注してオーディオブックにして配信して収益も上げて……といったことはかなり難しいんですよね。

―― 作家が主体となるからこそ実現できることは他にもたくさんありそうですね。

添田:たとえば小説の翻訳出版って海外の出版社からオファーされないと動かないものなので、それが自分で発信できる、作家が主導するからできる、というのはありますよね。

李:一つの小説を日本語で出して、それが他言語に翻訳されるまでは非常に時間がかかります。もちろん『ハリー・ポッター』とか、世界的に売れている作家の作品であれば世界同時出版とかもありますが、なかなかできないことです。でも今回のような形を取ることで翻訳出版のハードルも下がったとも言えます。オーディオブックも同じです。

―― お二人は実際に今回プロジェクトをやってみていかがでしたか?

添田:昔は小説の部数も多く、競争相手が少なく、出せばある程度売れたので、作家は作品を編集者に預ければ出版社がそれを本にしてそれなりに食べていけたわけです。ヒットすれば映画になってメディア展開されて…と全部お膳立てしてくれる状況がありました。でも今は刊行点数がとても多く、プロアマ問わず面白い作品がたくさんあり、小説以外のコンテンツも競争相手という中で、小説家は自分の独自性やポジションを示さなければいけなくなっています。

そんな時代に小説の価値とは何か、小説の読者にどんな価値を提供できるか、NFTをはじめとしたデジタルツールがある現代で、作家、編集者、出版社がどうやって協力していくのかを改めて考えるきっかけになりました。やってよかったです。

李:作家としてただ小説を書いていればいいという立場は結構楽なものではあったんだなと思いましたね。それだけ大変でしたが、面白かったです。JASRACさんとの交渉もそうだし、自分でスタジオを借りて朗読の収録に立ち会うことだってなかなか経験できるものではないので、私もやってよかったなって思いますね。最終的に赤字にならなければ(笑)。

添田:ナレーターやスタジオ、翻訳、装画、デザイナー、編集、すべて李さんの負担ですもんね。

李:主体性を持ってやるというのは、コストがかかるという話でもあるので。紙の本って利益率が高くないから、チャレンジの幅が広がらないんですよね。今回私がリリースしたNFTは、それぞれ4イーサリアム、1イーサリアム(※)スタートのオークション形式なので、誰でも気軽に手が出せるような金額ではありません。でもこの金額はかかったコストから逆算する形で設定したものなので、それだけしっかり準備したものです。

※1イーサリアム=254,697.12円(5月31日12時40分時点)

―― NFTの普及はものづくりの幅が広がる契機になっていくかもしれませんね。

李:なるかもしれないし、ならないかもしれない。とにかく実験あるのみ。


李琴峰作家デビュー5周年記念 NFT小説「流光」プロジェクト

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