CULTURE | 2022/05/11

日本で「補助金依存に陥らない福祉」は可能か。グラミン銀行創始者のユヌス博士と自治体首長の対話から考える【連載】ウィズコロナの地方自治(5)

ムハマド・ユヌス博士 Photo by Shutterstock

谷畑 英吾
前滋賀県湖南市長。前全国市長会相談...

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自治体の福祉政策を「自立」の観点から捉え直してみる

ユヌス博士と自治体首長たちとの対話は、各自治体が展開する福祉関連の事業が、ユヌス博士からどのように映ったかという「外部の視点」を提供する機会となった。

今年3月の対話で埼玉県本庄市の吉田信解市長は、子どもの貧困の連鎖を断ち切るために同市が実施している「アスポート事業」 を紹介した。「アスポート」とは明日へのサポート、明日に向かって船出するポート(港)の意味を持つ造語だ。生活保護世帯の中学生の学習支援として埼玉県が始めた事業であり、事業移管を受けた本庄市では対象を小学生に拡大して取り組んでいる。

2018年の生活困窮者自立支援法改正に伴い、生活支援や食育支援も行うようになった。単なる学習支援ではなく、子どもたちが明日へのチャレンジに向かえるように、ボランティアをはじめ多くの社会的資源が協働して支えている事業である。

岡山県倉敷市の伊東香織市長は、内閣府のSDGs未来都市に選定された高梁川流域連携中枢都市圏における自治体間のパートナーシップを報告した。

2016年のG7教育大臣会合の倉敷市開催で採択された「倉敷宣言」でSDGsの推進を世界に発信し、SDGsを推進する企業や個人事業主,教育機関その他団体をパートナーとして登録する「倉敷市・高梁川流域SDGsパートナー制度」を2021年に開始、登録団体がSDGs関連事業を行う際にクラウドファンディング利用手数料の一部補助制度を新設し、様々な社会課題、SDGsの達成に向けては一人ひとりが「自分事」として捉え、身近なところから取り組むことが大切と考えているとした。

倉敷市 高梁川流域圏ポータルサイトより

ユヌス博士を敬愛し、バングラディシュをバックパッカーとして旅行したこともあるという兵庫県明石市の泉房穂市長は、「すべての子どもたちを」「まちのみんなで」「本気で応援すれば」「町のみんなが幸せになる」という同市の「こどもを核としたまちづくり」について説明した。

高校までの医療費、中学生給食費、第2子以降保育料、遊び場利用料、満1歳までのおむつがすべて所得制限なく無料という今の時代に対応した子ども部門への予算シフト、適時適材適所による人員の重点配置、そして市民の理解を得るためのシティセールスを戦略的に行っているという。

ユヌス博士は3人の市長に対し、先進的な福祉施策に敬意を表しながらも、その一方でアントレプレナーを増やすことの重要性を説いた。また、チャリティ=補助金もよいが依存性があるので、ソーシャルビジネス立ち上げのための基金を設立して、人材ネットワークを構築するべきだとし、そのために重要なのはアイデアであり、ブレーンストーミングで異なる見方を大切にしなければならないと語った。

これらは成長と分配を二項対立に置いたうえで、成長のために分配してやろうという上から目線ではなく、個人が持つ成長の種を土壌に蒔き、内在する「育つ力」を引き出していこうとする考え方だ。

また4月の対話で埼玉県横瀬町の富田能成町長は、住み続けたい街にランクインしながらも減少する同町の人口に危機感を持ち、官民連携プラットフォーム「よこらぼ」を設立して、テクノロジーを利用しながらオンライン小児科診療や第一線で活躍するクリエイターが中学生と映像作品を一緒に制作するプロジェクトや、不登校児のための第三の居場所をつくるプロジェクトなど100件以上の社会課題解決プロジェクトを立ち上げた事例を報告した。

不良債権投資や企業再生に係わるバンカーから自治体の長となるというバックグラウンドを持つ富田町長は、限りない業容拡大・シェア拡大・収益の極大化を目指す資本主義に飲み込まれるのではなく、それとは異なる価値観やウェルビーイングのかたちを小さな町から発信したいと考え、ローカルマーケットで確かな経済循環の創出を目指している。

よこらぼ 公式サイトより

滋賀県日野町の堀江和博町長は、岸田首相の所信表明でも引用された「三方よし」発祥の地でもあり、ビジネスと社会貢献の両立を目指す日野町の取り組みを紹介した。

わたむきの里福祉会による「エコドーム」事業は障がい者雇用とゴミや資源のリサイクルを同時に実現し、一般社団法人キキトによる森づくり事業は間伐材を有償で買い取り、引き取りにはひきこもりの人を雇用し、製紙して販売することで雇用創出と山林環境保全に貢献している。20~30代の若者が参加する「ひの若者会議」は参加者の7割が女性であり、ソーシャルビジネスで自立できるように展開していきたいとした。

ユヌス博士は、両者が同じ方向を向いていることに共感を示し、「静かな環境で炉辺での会話のように対話ができ、とても有意義だった、起業家精神こそが大切である」という感想を語った。これまでの政治行政では起業家精神を育てようとせず、雇用の確保だけが目的で唯一の答えだとされてきたが、雇用されると人間は生まれながらに持っている創造力を奪われてしまうことも多い。だからこそ、これからは教育が起業家精神を教えないといけないというのだ。

ここまできて、最初の話題に戻ってみる。岸田首相が唱え、今、政府が議論している「新しい資本主義」の主軸は、科学技術、企業ダイナミズム、デジタル、経済安全保障、賃上げ、労働移動の円滑化、非正規雇用者への分配強化、事業再構築・事業再生などであった。

またイノベーション実現のためにさらなる支援強化が叫ばれるスタートアップは「終戦直後に続く第二の起業ブームを起こす必要」があるとされるほど、戦後の高度経済成長を原体験としてそこから逆算された理想像を描いている。それは、創造力を発揮する起業家の育つ環境を整備するというよりも、既存の主体や既存のシステムをどうリニューアルするかの一類型でしかない。言い方は悪いが、新しくないのだ。

今の日本の政策は、新型コロナウイルス対策の2020年度補正予算で崩壊してしまった。税だけでなく将来世代からの借り入れも含めて現役世代にお金を直接ばらまくことが政治における正義となってしまった感がする。その世界に立つと、成長の種を見つけることも自立の芽を育てることも脇に置き、各政党とも同じように有権者の耳朶に心地よい分配だけを唱えているように見えてしまう。

これはいつかどこかで見た光景である。そう。各政党が口を揃えて公約した地方分権の推進である。2000年の第一次地方分権改革では、国を挙げての熱量で地方分権すなわち権限と財源の地方分配を唱え、地方自治体の側でも自立した経営組織体としての矜持を示してきたが、コロナ禍以後は見る影もない。巨額の財政赤字を抱えながら、先進自治体の政策の横展開と臨時財政対策債含みの財政配分を続ける中央政府に寄りかかり、自治体がすっかり自立の気概を失ってしまった情景にも似ているのである。

福祉施策や単なる分配だけでは自立にはつながらない。それはユヌス博士も「チャリティの依存性」で指摘している。「新しい資本主義」とは規律の弛緩しきった財政のばらまきではなく、個の自立を促すことではないのか。それは地域経営を担う地方自治体が再建を進める地方経済にとっても同じことなのである。


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