EVENT | 2022/04/14

大麻は「地方自治を本気で考えるきっかけ」か「統治者に都合の良いツール」か 宮台真司さんと語る【連載】大麻で町おこし?大麻博物館のとちぎ創生奮闘記(2)

去る3月19日・20日、渋谷ストリームホールにて開催された日本最大級のサステイナブルのお祭り「めぐりわひろば」に大麻博物...

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嗜好用大麻・ベーシックインカム・娯楽デバイスからなる「新しい統治」

宮台真司さん

大麻博物館:実は宮台さんとは以前に、私たちが書籍『日本人のための大麻の教科書』をつくる際に対談をさせていただきました。その様子は現代ビジネスさんの記事にもなっているので、よろしければご覧いただけると。その際、「統治のための大麻」というキーワードが非常に印象的でした。しかし、この重要な論点が世間に伝わっているかというとそうではないと思っています。改めて解説をお願いできますでしょうか。

宮台:ご存じのようにトランプ前大統領は大麻合法化論者です。トランプ支持者=オルト・ライトと、それと一部かぶるテクノロジスト=頭のいい技術者たちを中核とする「新反動主義者neo-reactions」が、軒並み大麻解禁論者なのですね。共和党といえば、民主党の対極にあるアンチリベラルのイメージなのにね。なぜなのか。お分かりでしょうか。

グローバル経済の進展で企業が自国外で事業展開でき、CEOの出身国が多様になった現在、富裕層が「自分たちの国民は仲間だ」という動機で再配分に合意することは今後永久になくなった。加えて、19世紀半ばに誕生した「国民は仲間だ」という国民国家がナポレオン戦争に学んだ戦争マシーンだったのが、総力戦が終わって80年近く経った事情もある。

ビル・ゲイツもウォーレン・バフェットも「俺の金は自分で考えて弱者のために使う。自堕落なアメリカ人に再配分はしない」と考えて財団を作ったり財団に寄付をしたりして、実際もの凄い大金が世界の弱者たちのために使われています。だから彼らは倫理的です。でも、そうした人間でさえ政府による再配分に合意しなくなったのです。

ただそれだと、再配分にあずかれなくなった国民が反乱して、統治コストが上がります。だから彼らを「幸せ」にする必要がある。そこで①所得はベーシックインカムで最低限保証し、②VRやARやMR──今ならメタバース──と、比較的無害な大麻などのドラッグを用いて、テックで人々が「幸せ」になれば、再配分しなくてもいいじゃんと考えるんです。

大麻は身体的毒性がありますが、それはニコチンもカフェインも同じ。さまざまな研究機関によればニコチンやカフェインに比べて大麻の毒性はわずか。だから、人々をメタバースとドラッグに収容すれば、再配分せずに人々が「幸せ」になる。加えて「政治は俺たちがやるから、おまえらは楽しんでな」と、民主政の劣化を招く人々を政治から遠ざけることも目的です。

Netflixが制作した『クッキング・ハイ』という料理番組が有名ですが、政治的機能が明白です。大麻解禁による「解放」を主張していると見えて、「政治や社会の問題に憤るより、大麻料理を食べてみんないい感じでフレンドリーになったほうが幸せじゃん」という強力なメッセージがあるんですよ。

僕らがハッピーになるのが「解放」です。貧困や抑圧などの不幸からの解放。でも統治の視座から見ると、一定「幸せ」にして不満を抑えないと体制が続かない。だから再配分要求に応じてきた。今の総理大臣が分配を口にするのもそれ。でも今は一定「幸せ」にする解放ツールが他にある。だから「解放のツールを使って統治すればいい」ということになります。

大麻博物館:海外では大麻が国の経済振興策の一部となっているような時代にも関わらず、日本はやはり議論が遅れてしまっています。嗜好用の大麻の話なら「危ない」、もしくは逆の「楽しい」ぐらいで止まっている。しかし、このような話はもっと知られて欲しいと思っています。とかく政治に振り回され続けてきたテーマなので。

そもそも、なぜ大麻取締法は成立したのか?

大麻博物館:そもそも日本人にとって、大麻は身近な農作物であり、例えば子どものお守りであったり、真っすぐ生きる象徴であったり、そういう存在でした。例えば、宮台さんの母校である麻布中学・高校では麻の葉っぱがシンボルマークでしたね。 

宮台:はい。今でもそうです。校歌の中でも歌われています。麻子という名前も、麻のようにすくすくとっていう意味ですからね。僕の同世代にはとてもよくある名前でした。

大麻博物館:大麻取締法は日本の大麻文化を守るためにつくられたという歴史的経緯があります。日本が第二次大戦に負けてGHQに占領された時、アヘン、コカイン、ヘロイン、コデインとか麻薬類の統制をしっかりしろ、という命令書が出ましたが、その中にマリファナも入っていました。戦前の日本でマリファナというのは、酩酊成分であるTHCの高いものを「インド大麻」と呼んでいましたが、インド大麻と日本の農作物としての大麻は別のモノと認識していた。

しかし、GHQはそんなことは関係ないと。文面としては「その栽培の目的如何にかかわらず、また麻薬含有の多少を問はず、その栽培を禁止し、種子を含めて本植物を絶滅せよ」と、大麻という植物の絶滅命令が出されます。

当時は、釣り糸や魚を獲る網も大麻でしたし、何よりも大麻を栽培している農家さんが非常に多かった。この農家さんが暮らせなくなるという危機に直面し、慌てた日本政府は必死にGHQと折衝を行い、農作物としての大麻栽培を認めさせる方便として、大麻取締法を制定しました。

本来は占領が終了され次第、大麻取締法の廃止が予定されていたんです。しかし、さらなる規制強化という世界の流れに逆らえずに先送りしていくうちに、「危険な麻薬」だから大麻取締法がつくられたんだという錯誤が起き、国レベルでも平然とそんなことを言ってしまう異様な状況が続いています。

宮台:大麻博物館の本に、ジーンズメーカー「リーバイス」がメッセージを出してくださっているけど、コットンとヘンプはもともと代替的だという事実があり、リーバイスは今、その両方を混ぜ、コットンの肌触りだけど、結構な割合ヘンプが入っている「コットナイズド・ヘンプ 」を売り出しています。

実は大麻の禁止は、日本の繊維市場をまさにコットナイズ(コットン化)するためだったんじゃないかとの説があります。実際に大麻栽培禁止で、日本のコットナイゼーションが進み、大麻繊維を使っていたところがコットンに置き換えられ、アメリカのコットン産業に席巻されていく事態になりました。

年長の方は覚えていらっしゃるでしょうが、日米繊維交渉(*)をはじめとして、繊維は政治的に非常にセンシティブな問題です。戦争直後あたりは、アメリカのステークホルダー(利害当事者たち)にとって日本の繊維市場をどうするのかが重要な議題だったことが、間違いないのです。

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日米繊維交渉:1955年から72年にかけ、日米間で行われた繊維製品の貿易に関する交渉の総称。日米間に起こった最初の貿易摩擦とされる

大麻博物館:当時の繊維産業は日本を代表する産業だったんですが、戦後はどんどんシルクの市場も海外に奪われ、残骸しか残っていないという。

宮台:シルクは製造コストが高いので、コットンと戦えば自動的に負けていくのは明らかだけど、大麻はそうはいかない。日本全国のそこここに自生していたし、農家もたくさんあったので、価格競争力では負けない。それを考えると、この規制の背後にはアメリカの利害当事者のいろんな意向があったことが推測できるのです。

日本側の劣等性も重大です。当初は農家を守るための法律が、世代交代で記憶を伝承できず、「大麻って麻薬だろ」みたいな頭の悪い行政官が増え、ねじ曲げられた法運用が広がった。他分野でもよくある「伝承の劣等性」です。加えて、原発政策やコロナ対策など全ての分野で行政が「沈みかけた船の座席争い」を支援するという「公共の劣等性」もあります。

社会心理学者の山岸敏男が統計調査で明らかにした通り、日本人には、内集団(所属集団)での座席争いに淫する自己中心性がどの国民よりも目立ち、内集団と外集団(非所属集団)を含めた全集団が乗るプラットフォームに貢献するという公共性がどの国民より乏しい。そんな中、大麻行政だけ合理的に進むことはあり得ない。同じ劣等性を目にしているのです。

大麻博物館:一方で規制のきっかけをつくったアメリカが、グリーンラッシュと言われるような状況になり、ものすごい税収とものすごい雇用を生み出し、さらにそれを全世界に広げようとしているのは皮肉です。

宮台:日本を変えようとした場合、①外圧が加わるか、②外に恥を晒されるか、どちらかしかありません。実はアスリートで医療目的の大麻を使う方がかなりいます。だから先日の東京オリンピックでスッタモンダが生じて国際問題になり、日本が恥をかくことを期待していました。でもコロナ問題の方が大きくなって、この問題が飛んでしまったのは非常に残念です。

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