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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者
兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)など著書多数。翻訳書には糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経ビジネス人文庫)、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)など。最新刊は『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
カルト集団の最大の特徴のひとつは「独自用語乱発による世界観構築」
「カルト」という言葉でたいていの人が連想するのは、まずは宗教集団だろう。日本ではオウム真理教、アメリカではPeoples Temple(インディアナポリスで創設された社会主義キリスト教系新宗教)、 Heaven’s Gate(UFOを信仰する宗教団体)、 The Manson Family(チャールズ・マンソンが率いたコミューン)など多くの人々を殺したカルト集団が歴史に残っている。ことにPeoples Templeは未成年の子ども約300人を含む918人が「集団自殺」したことで知られているが、多くの者はリーダーの命令で意思に反して殺害されたことがわかっている。最近アメリカで話題になったのは、テレビドラマ『ヤング・スーパーマン』のクロエ・サリバン役で知られる女優のアリソン・マックがメンバーだったと判明したセックスカルトのNXIVM(ネクセウム)だ。
こういった悪名高いカルトについて見聞きするたび、「自分なら絶対に騙されない」と思う人はいるだろう。でも、「もしかしたら、自分も知らないうちに巻き込まれるかもしれない」と危うさを感じる人もいるはずだ。
そもそも入会説明書に「人身売買、殺人、集団自殺の可能性があります」と書いてあるカルト集団などはない。Peoples Templeはもともとキリスト教に基づいた社会主義と社会正義を主張する集団であり、人種差別がない社会主義的ユートピアを布教していた。オウム真理教のようにヨガ教室を通じて親切な人間関係に誘われ、いつの間にか組織に取り込まれてしまうケースも多い。NXIVMのように「ハリウッドで成功するための自己啓発勉強会」として勧誘するものもある。
そして、現時点では「カルト」と認定されていなくても、多くの犠牲者を出していて限りなくカルトに近い集団は数え切れない。ビジネスの分野にもカルトそのもの、あるいはそれに近い団体は数多い。
それらを分析する本はこれまで多く出版されてきたが、今年発売された『Cultish: The Language of Fanaticism』は、言語学の点からカルトを分析している興味深い一冊だ。著者のアマンダ・モンテルはニューヨーク大学で言語学を学んだ専門家であるだけでなく、子どもの頃にSynanon(シナノン)というカルト集団から逃げ出して学者になった父を持つ。1992年生まれのモンテルからは、ネットでの情報過多の時代に育ったミレニアル世代ならではの鋭い観察力を感じる。
モンテルの父クレイグが14歳の時に両親はSynanonという集団に加わった。Synanonは、もとはドラッグ依存症のリハビリプログラムだったのだが、じきに抑圧的なカルト集団になった。結婚しているカップルは別れさせられ、リーダーの命じた相手と再婚させられた。子どもたちは親から隔離された小屋に収容され、外の世界から隔絶されて公教育も受けられなかった。
父の体験談を聞くのが好きだったモンテルはSynanon内で使われていた「The Game」とか「Love match」といった特殊な用語に気づいた。子どもの頃それに興味を抱いていた彼女は、大人になって調べたカルト集団がそれぞれに特殊な造語を使うことに注目した。カルト集団から抜け出した体験者を幅広く取材してわかったのは、それらが「既存の言葉を狡猾に再定義した言葉」だということだ。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に出てくるニュースピーク(Newspeak、新語法)のように、それぞれのカルトは独自のニュースピークを作っているのだ。ニュースピークは、個人が疑問を抱いたり、深く考えたりすることを止める役割も果たす。
モンテルは例として、次のようなサイエントロジー信者同士の会話を紹介している。
“How are you doing?”
「どうしてる?」
“I’ve been a bit out ruds [rudiments: tired, hungry, or upset] because of a PTP [present time problem] with my second dynamic [romantic partner] because of some bypassed charge [old negative energy that’s resurfaced] having to do with my MEST [Matter, Energy, Space, and Time, something in the physical universe] at her apartment.”
「ちょっとね、僕のSecond Dynamic(現在恋愛関係にある相手)とのPTP(現時点での問題)でruds(疲れている、気分が良くないなど、基準からずれている)なんだ。彼女のアパートメントでの僕のMEST(宇宙における物理上の物体、エネルギー、スペース、時間)によるbypassed charge(過去のネガティブなエネルギーが再浮上した)のせいでね」
また、Qアノンのように、自分たちは真実を追い求める“truth seekers”であり、自分たちと異論を持つ者たちは羊のように疑問を抱かず従順に従う“ Sheeple”だと嘲りをこめたあだ名をつける方法もよく使われる。
そう言われてみると、私が大学生になった1970年代後半に、学生運動をしている人たちが「アジる(大衆を扇動すること)」「オルグ(勧誘活動)」「自己批判」「造反有理」などという独自用語を使っていた。モンテルの本にあったThe Gameは、まさに学生運動での「総括」や「自己批判」だと思い、背筋がぞっとした。知人が内ゲバで殺されかけたこともあるからだ。
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