熱狂的ファンを抱える「カルト的企業」と適切な距離を保つためには
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加えて、集団自殺をした悪名高きカルト宗教のレベルではないが、加わった者の人生を破壊しかねないのがMLM(マルチレベルマーケティング、連鎖販売取引)である。いわゆる「ネズミ講」とは異なり合法(限りなく違法に近いものも多い)ということになっているが、ピラミッド型組織で上の人だけが儲けて下の人が損をする仕組みであるのは同じだ。最近の日本でも、若者が街コンや路上勧誘などを通じて「あなたも起業家になって自由なお金と時間を手に入れませんか?」と誘い込まれ、ノウハウを教わる謝礼として多額の上納金を支払わせるような例がSNSで報告されている。
このMLMとカルト集団との共通点は多い。特に独自のニュースピークを使うところだ。モンテルによると、最近のアメリカではかっこよくて励みになるような用語がよく使われる。化粧品やダイエットなど女性を対象とした商品も多いので、その場合には
・You got this, boss babe(あなたならできるわ。ボス・ベイブ)
・Channel your inner #girlboss(さあ、内なる#ガール・ボスに心を導きましょう)
・Build a fempire(フェミニスト帝国を築きましょう)
・Be a mompreneur(ママさん起業家になりましょう)
といった女性を励ますような言い回しを使う。小さな子を持つ母親は健康に関する不安や情熱も強いので、それにもつけこんでくる。
一般の私たちにとっての問題は、合法的なビジネスとカルトとの境界線が曖昧なことだ。
先述の『Cultish』にも登場する、近年米国で高い注目を集める新興フィットネス企業、「クロスフィット」、「ソウルサイクル」、「ペロトン」などのファンには確かにカルト的な熱意を持つ人がいる。皆「これまでのフィットネスジムとはまったく違う」と情熱的に語る。こちらがちょっと身を引くほど情熱的すぎる人もいる。
この本だけでなく、多くのコラムでクロスフィットについて読んだが、そこにはカルト宗教との共通点がかなりある。クロスフィットではスポーツジムを「ジム」とは呼ばず「ボックス」と呼ぶ。これはメンバー同士の暗号のようなものだ。また、メンバー同士の絆が強く、一度でも休むとプレッシャーがかかるという。「ルルレモン」という非常に高価なフィットネスブランドを買うプレッシャーもあるらしい。このルルレモンもカルト的で有害な企業文化があるとして従業員が問題提起している。
私の夫のデイヴィッド・ミーアマン・スコットは、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』という本を共著したほどの熱狂的なファンであり、最近はファンダムに関する『Fanocracy』という本を娘と共著した。彼ですら、「ファンダムとカルトの境界線は危うい」と言う。グレイトフル・デッドのファンの間でもファンの間だけで通じる専門用語があり、外部から見るとその熱意には宗教的な雰囲気すらある。
デイビッドが書いた「When Fandom Turns Into a Cult」というブログ記事を読んで興味を持った私は『Cultish』を読み、その後2人でファンダムとカルトについて語り合ってみた。
人々を強く魅了するブランドには、ペロトンのように熱狂的なファンが口コミで友人たちに広める、ある種カルト的なところもある。同様に情熱的なファンダムを作り上げるためには、少々カルト的な要素も必要と言えるだろう。企業のマーケティングとしては、このあたりのさじ加減が難しいところだ。成功のためにカルト的な魅力は必要だが、企業には社会的な道義と責任がある。アドバイスする立場としても、良い意味でのファンダムを目指してもらいたい。
良い意味でのファンダムと悪い意味でのカルトを切り離すものは何なのか?
それは、個人の思考を止めて行動を抑圧するような言語(ニュースピーク)があるかどうかではないだろうか。
デイヴィッドは以前からFacebookのアルゴリズムが増幅した偽情報と人々を分断するようなカルトコンテンツについて強い疑問を語ってきた。自分と同じ意見を持つ情報だけがFacebookに現れることで、人は自分の信念を強化してしまう。そこで使われているニュースピークにより、人は広い視点で情報を集めて冷静に考え続けることをやめてしまう。
ある集団がわざとそれをやっている場合、あるいは途中からそれをやり始めたときには、集団はカルトになってゆき、熱狂的なファンはカルト信者に変わっていくのではないか。
これからの社会では、人生をキラキラさせてくれて、かっこいい造語を沢山使う集団やブランドに出会ったら、少し離れた場所から眺める癖をつけることが必要だろう。