EVENT | 2021/09/03

「日本スゴい」「日本終わった」の感情消費で終わらない。今も色褪せない名著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の助言【連載】高須正和の「テクノロジーから見える社会の変化」(15)

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ハーバード大教授のエズラ・ヴォーゲルは1979年に『ジャパン・アズ・ナンバ...

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今も輝くアメリカへの提言と、テックジャイアントによるアメリカの復活

2004年に出版された新版では、アメリカ社会に向けての警鐘が付け加えられている。

・ドル安誘導でアメリカからの輸出は一時的に回復するが、日本はその分部品を安く輸入できるメリットもあるから、根本的な解決にならない

・保護貿易を行うと、日本以外の他の新興国に対してもプレゼンスを失うのでよくない

・国内事情に引っ張られて海外への関与がおろそかになる

・アメリカは古い制度を改善し、国内の斜陽産業から新しい産業にリソースをシフトすべきだ

・反トラスト法などの規制ばかりでなく、新産業を育てるために大きな枠組みを作った方がいい

・複数の分野にまたがって仕事するような大組織、大企業をうまく育てて活用しよう

・コスト競争で新興国に対抗するのはよくない

・アメリカの強みは多様性(日本などの新興国にはそれがない)

こうしたアメリカの欠点は多くはそのままだ。相変わらず企業の倒産も多く、労使の協調は見られない。中国の台頭に対して、今も保護貿易が叫ばれている。国内問題に引っ張られて海外への関与がおろそかになるのは、まさに今アフガニスタンで起きていることだ。そして、多くの提言はいまや病める大国となっている日本に向けてもそのまま通用するだろう。

一方でまさにヴォーゲルの提言に沿った形で新しい産業を育てることに成功したものもある。数多くのITスタートアップたちだ。

それまでのアメリカでは携帯電話インターネットの整備が長らく遅れていた。今も日本よりつながりづらい状態が続いているが、スマートフォン以降の10年でかなりマシになった。携帯電話網の整理が遅れていたのは、アレキサンダー・グラハム・ベルが電話を発明し、その後ベルの特許を管理するAT&Tが長らく電話事業をほぼ独占していたのを、独占禁止法で分割する動きが長らく続いていたからだ。

1984年に分割され、ばらばらになりすぎて非効率になっていたところ、2000年以降に政府も介入して巨大合併を行い、現在は3社の大型企業にまとめられている。以降、携帯電話網以外にも、検索エンジンやOSなどIT企業の急成長に対して独占禁止法などの規制の適用に慎重になっていたことが、多くの巨大IT企業を生み、アメリカ全体の成長を牽引している。

貧富の差はさらに広がり、IT産業はそれほど雇用を産まないことから国としての分断も広がっている。成長したテックジャイアントに対しても、大きくなりすぎて独占の弊害が目立つようになったため、最近では規制するモーメントが起きつつある。

が、ヴォーゲルの提案は活かされたと言えるだろう。

日本の未来のために、新しい産業を生み出せるか?

2004年の時点で、ヴォーゲルは日本にも警鐘を鳴らしている。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』では日本のやり方をアメリカが学ぶ場合の注意点として、問題点が幾つか列挙されている。

・個人の権利や個性への圧迫
・多様性の欠如、少数意見の圧迫
・再スタートが切りづらい
・日本とそれ以外を分けて考えすぎる愛国主義
・意見が分かれると結論が出ない

こうした欠点は今も改善されていないように思える。

新版出版後の17年を経て、この指摘はさらに鋭さを増している。ヴォーゲルが取り上げた美点の幾つか、社会の均質化や全体最適を尊ぶ姿勢は下火になった。アメリカよりマシとはいえ、日本でも貧富の差は広がっている。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』では日本人が諸外国のやり方をうまく取り入れ、自分たちのやり方を変えていく様子が活写されているが、今もデジタルトランスフォーメーションに四苦八苦している様子からは、むしろ学ぶのに失敗しているとされるだろう。

本書は、日本の仕事のやり方がキャッチアップに長けていたことをきちんと分析してくれている。一方で改善や独創性についてはむしろ、1979年、2004年当時よりも、今の方が後退しているように思える。

アメリカは古い産業を再生させるのでなく、新しい産業を生み出すことで国を活性化させた。貧富の差などの問題は拡大しているが、イノベーションの中心地として多くの起業家がアメリカを目指すことは社会の活性化を生んでいる。またWEB2.0の提唱者でもあるティム・オライリーのような先進的な起業家は、社会問題の解決をビジネスとして行うことにも目を向けている。

ヴォーゲルは日本に加えて中国の研究を行い、改革開放についての書籍は中国でもベストセラーになった。その『トウ小平』では、過去(毛沢東時代)にこだわらず柔軟にやり方を変えたリーダーシップと、ネガティブな報告を歓迎して改善していたことを評価している。

大局的な観点から、厳しい意見に立ち向かう姿勢や柔軟な改革は、まさに今の日本に必要な言葉にもなりえる。加工貿易や大規模製造業がますます厳しくなりつつある現在、日本は新しい産業に目を向けなければならない。


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