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EVENT | 2023/03/14

スーパーコンピュータ「富岳」を「日本を変えるプラットフォーム」にするために行われる大変化 「富岳」EXPANDS振り返り対談(後編)

松岡聡氏(写真左)、クロサカタツヤ氏(写真右)
構成:神保勇揮(FINDERS編集部)
2023年1月24日に、スー...

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松岡聡氏(写真左)、クロサカタツヤ氏(写真右)

構成:神保勇揮(FINDERS編集部)

2023年1月24日に、スーパーコンピュータ「富岳」を活用した研究成果や利活用に関する取り組みを紹介するシンポジウム『「富岳」EXPANDS ~可能性を拡張する~』が開催された(イベントレポートはこちら)。

本記事では「富岳」の総責任者である松岡聡氏と、パネルディスカッションでモデレーターを務めたクロサカタツヤ氏による振り返り対談の後編をお届けする(前編はこちら)。

後編では「富岳」がプラットフォーム化を果たし、より多くの人がスーパーコンピュータに触れられる世界が実現した際、研究者や開発者が重要視すべきポイントなどについて語り合った。

松岡聡

理化学研究所 計算科学研究センターセンター長

東京大学理学系研究科情報科学専攻、博士(理学)。
東京工業大学・学術国際情報センター教授、産総研・東工RWBC-OIL ラボ長を経て、2018年より現職。
東工大・情報理工学院特任教授(兼職)スーパコンピュータTSUBAME発で省電力等の指標世界トップランク。超並列計算機並列アルゴリズムやプログラミング、ビッグデータやAI 融合の研究に携わる。
⽶国計算機学会ACM フェロー(2011年)、スパコン分野最高峰の業績賞であるIEEE Sidney Fernbach 賞(2014年)およびIEEE Seymour Cray賞(2022年)を受賞、紫綬褒章受章(2022年)。
2020年に史上初世界ランキング1位・性能評価四冠(TOP500、HPCG、HPL-AI、Graph 500) 達成のスーパーコンピュータ「富岳」の総責任者。

クロサカタツヤ

株式会社 企 代表取締役慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授

慶應義塾大学大学院修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社 企(くわだて)を設立。通信・放送分野の経営戦略コンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、OECD等の政府委員を務める。近著『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP刊)。

20年前に描いた「夢物語」が実現した今、何をすべきか

イベントの模様

クロサカ:前編は「富岳」1台だけあっても「計算/サイエンスの基盤」を制することはできないという話でした。

松岡:「富岳」のようなスーパーコンピュータだから担えるハイエンドな研究はもちろんですが、「スーパーコンピュータの能力を使ってできること」をプラットフォーム化し、基盤的に拡張し全体のリソースが増えていくようなシステムを考えなければなりません。そのためには、民間クラウドを含めたプラットフォームの構築が必要になります。

「富岳」で利用するアプリケーションをAWSで使えるという構想は、ソフトウェアの互換性を保てるからという理由が大きいです。

クロサカ:今回基調講演に登壇されたNVIDIAさんからも、その考え方が今後さらに大きくなり、インフラとして揃っていく未来がすぐ近くまで来ているというお話がありましたが、このメッセージが今回のシンポジウムでも重要であったと思います。

松岡:私がスーパーコンピュータの開発をはじめた1990年代は、通産省の第5世代コンピュータ計画での人工知能コンピュータ開発が上手くいかず、次に光コンピュータを研究するか並列計算を研究するかを検討し、後者を選択することになりました。

やがて第6世代のスーパーコンピュータが完成し、並行してインターネット技術が発展し分散もできるようになり、今の「富岳」やクラウドの技術が90年代に生まれていたんです。ただ当時の提案書では開発目標に「100万CPUのマシンを作る」と書いていたものの、自分でも信じていませんでした。当時1つのコンピュータが1CPUの時代でした。

そして現在「富岳」のチップ数は16万CPUあり、コア数は800万です。シンポジウムでの発表は、当時の夢物語が着実に現実化していることを紹介するとともに、今後もさらに高い性能が求められ続けていくことを示したと思います。

高い性能のスーパーコンピュータがクラウドを通じ多くの人が使えるプラットフォームになり、ソフトではなくサービスとして使え、さらにプラットフォーム同士が連結して使えるようになれば、サイエンスの世界は一気に変わっていきます。今後の10年、日本が抱える多くの社会課題も解決できるかもしれません。

インフラは「退屈な技術」であっていい

クロサカ:「スーパーコンピュータが世界の課題を解決する」という言葉がリアリティを持つようになったのは近年の大きな変化だと思います。今年1月にアメリカで行われたCESに行ってきたのですが、講演の中で「過去10年はコンシューマ(消費者向け)テックが産業をドライブしてきたが、これからはエンタープライズ(企業向け)テックが重要」という話が出ました。主催者が「コンシューマーテクノロジーアソシエーション」なのにそんなことを言っていいのかと驚きました。

またオープニングキーノートには、世界最大の農業機械メーカーであるジョン・ディアのジョン・メイCEOが登壇し、「本当の社会課題は21世紀中に100億人を超える人口に対し、食糧を提供できるかである」といった観点で話をしていました。今年は90億人分の食糧しか生産できなかった、ということは決して許されない、だからテクノロジーは死活問題なんだというようなことです。

彼らがサステナビリティという言葉を使うのは理想論ではなく、「自分たちの会社の事業であり、エコシステムを維持・拡大するための重要な概念、アプローチ」と力強く語り、自社の最新テクノロジーの話に入っていくのですが、説明の迫力が違いました。

なるほどと感嘆し聞いていたのですが、同時にどうすれば日本もその世界に近づき、何かを実現できるかと考えた際、その答えのひとつが今の松岡先生のお話の中にあると思いました。

松岡:さすがにまだ「富岳」がないと人間の生死が問われる、というレベルには至っていないと思いますが、新型コロナウイルスの飛沫感染の研究などはそれに近づいたかもしれません。

研究者はキュリオシティ・ドリブン(積極的に脇道にそれようとする考え方)で活動するものですが、スーパーコンピュータのプラットフォーム化にあたっては、ジョン・ディアのようなレスポンシビリティ(業務遂行責任)があった方が世の中を進歩させることができるのかもしれません。

個人的な話になってしまいますが、私は常にiPhoneを2台持ち歩いているんですよ(笑)。

クロサカ:失くしてしまうと大変なことになるからと(笑)。

松岡:そう。それはITインフラでも同じことが言えますし、だからこそプラットフォームはちゃんと事業化してサポートしていくことが重要になりますね。

ITサービスの世界では「事業転換するので近々サービスを停止します」という話が珍しくありません。レッドハットに勤めている友人が以前「ITサービスの開発はエキサイティングな世界だけど、インフラは極力退屈な方がいい。退屈だからこそ持続性、安定性がある」という話をしていました。

「富岳」のあり方も同じだと思います。高度な技術を詰め込んだスーパーコンピュータですが、ARMのクラスターだからこそLinuxだろうがWindowsだろうが動くわけです。同じソフトが動くというのは「退屈な技術」かもしれませんが、それこそが大事だと思います。F1マシンのようなピーキーな操作が求められるものを作っても、運転できる人が少ないので広まらないのと同じです。

「富岳」の次のスーパーコンピュータとなる「富岳NEXT」では、さらに高度な技術を実装し、ハードウェアだけでなくソフトウェアも含めてより高度なものを検討しているところですが、それは全体の要素の5割程度でしかありません。残りの部分は先ほど話した「退屈な技術」に関することを考えなくてはなりません。

高度な技術が達成でき、足場がしっかり固められたからこそ、やるべきこともかなり明確になってきました。今後もこのような場を設け、しっかりとお伝えできればと思います。