EVENT | 2022/11/26

インボイス議論紛糾 根底にある「日本の過剰サービス」「賃上げ」問題を解決しないと罵り合いが終わらない

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【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(36)

倉本圭造
経営コ...

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5:徐々にプレッシャーをかけながら、協力しあって社会全体を変えていくことが必要

先日、日本政府と自民党は、インボイス制度導入にあたっての負担軽減措置を講じることを発表しました。

こうやってあらゆる利害関係者が必死に押しあった結果、どんどん複雑怪奇な例外措置が増え続けるというのはあまり良くない日本社会あるあるという感じで、だいたい最初からあの悪名高い軽減税率みたいなのを導入していなければインボイスだっていらなかったじゃないかという「そもそも論」では頭を抱えたくなる決定ではあります。

ただ、現実的にはこうやって「徐々に慣らし」ていきながら、インボイス制度は導入されていくことになるのだろうと思います。

大事なのは、そういうプレッシャーを徐々にかけていきながら、日本社会の中の「非金銭的な甘えあい」でなんとか無理やり実現していた過剰クオリティについて見直しを重ねつつ、必要な賃上げはちゃんと実現していくことです。

そういう「課題」について、インボイス制度の影響を受けない大多数の国民の側も「自分事」として関心を持ち、丁寧に変えていくことが必要なのです。

そういう「社会全体の転換」の呼び水としてなら、インボイス制度の導入はポジティブな意味を持ちうるでしょう。

ただ、現状では、「ギリギリな立場の人」が必死に抵抗する中、社会の主流にいる人は全然危機感もなく、「お前らは払って当然なんだよバーカ」という感じの温度感なのは大変良くないです。

そういう意味では、もしあなたが、あくまでインボイス制度に反対したいと思っている人なら、必死に反対し続けてくれたらと思います。

そうやって主張し続けることによって、これは単に「払ってないヤツがけしからんから払わせる」というだけの問題ではない、社会全体で取り組むべき課題だということが浮き上がってくるからです。

インボイス制度に反対する人たちは社会に「甘えている」ように見える人もいるかもしれませんが、ここまで見てきたようにここにあるのは「双方向の甘えあい」なんですね。

日本社会の主流にいる人は、そのギリギリな立場の人にツケを押し付けながら、「日本社会的快適さ」を毎日味わって生きているんですよ。

それを今後どうしていくのか?

「過剰サービス」な部分は簡素化していくべきでしょうし、やはり日本社会としてここは譲れない…という部分は、なんとかそこにまっとうな給料が払えるようにあらゆる業界構造を変えていけるように考えていく。それは「ギリギリな立場の人」だけでなく日本社会全体で考えなくてはいけないことだと言えます。

これ↑は社会全体で合意を作っていかないと、単に今ギリギリの生活をしている人が「じゃあ頑張って」と言われてなんとかできるような簡単な課題ではないことがわかるはずです。

「皆で協力しあって」解決しないといけない課題がここにはあるわけです。

6:今日本に必要な「相互信頼」の回復とは?

Photo by Unsplash

私の長年のクライアントの中小企業で、ここ10年で平均給与を150万円ほど引き上げることができた例があります。

だから実際の中小企業の現場における「賃上げ」「取引先への報酬アップ」というのがどれほど大変で、ある程度一貫性を持った経営力がないとできないことか、ひしひしとわかっているつもりです。

単に、インボイス制度とかでプレッシャーをかけていけば危機感を覚えて勝手に業界が健全化して賃上げも起きるだろう…というふうに楽観する気持ちには私はなれません。むしろさらにどんどん「地下化」していって、さらなる低賃金&過重労働が見えないところで社会を蝕み続けるような事になりかねない。

しかし一方で、そのクライアントの事例を考えていると、「ちゃんと当たり前のことをやり続ければ普通に可能なこと」であるとも感じます。

ただし、そういう「当たり前なことをやれる環境」かどうかというのはかなり明確に分かれてしまうところがあって、実際に今「ギリギリな」立場にいる人が自力でそこから脱出するというのはなかなか望めないところがあるとも思います。

私の中小企業クライアントを見ていると、今日本では密かに、「ギリギリな状態」の中小企業を吸収合併して比較的体力のある大きな会社に取り込んでいく動きが進んでいます。

実際にそういう幸福な例をいくつも見るというだけでなく、統計的に言えば会社の数は減り続けていますが、就労者数の合計は増え続けていることからそれがわかります。

大枠で言えば、そうやって「賃上げのための一貫した経営力を発揮できるプレイヤー」のもとに徐々に統合していくことによって、国全体の賃金の底上げは実現していけると私は考えています。

すでにウェブ記事としてはかなり長くなっているので全てを語ることはできませんが、その「地味に起きている変化」とそれをどうやって後押ししていけばいいのか?について詳しくは、過去に書いた「竹中平蔵型の「原理主義的ネオリベ」から距離を置いて、「新しい資本主義」に中身を詰める為の「デービッド・アトキンソン路線」の重要性について」という記事などを読んでいただければと思っています。

また、そういう「確実に賃上げできる社会」へ転換を後押ししていくにあたって、今「ギリギリな立場」にいる人は、ある意味で「キレ」て自分を主張していくことが、第一段階では必要な側面もあるでしょう。

ただ一方で、そういう人にも一応忘れずにいてほしいことがあります。

社会全体での賃上げは「相互協力」が不可欠だということです。

今回この記事を書くにあたって、インボイス制度反対派の主張をいくつか見たのですが、

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「これはこれで一方的すぎて読者が引いてしまうのでは?」

…と思うタイプの言論も沢山ありました。

例えば大企業を敵視し、「日本政府は大企業を優遇して庶民から搾取し続けている!その証拠に法人税は下がる一方だし、大企業の内部留保が過去最高レベルで積み上がっているじゃないか!」というような論調は、強く主張することで鬱憤を晴らす効果はあるかもしれませんが、広い範囲の共感と同意を得るのは難しいのではないかと思います。

世界各国間で法人税下げ競争が行われている中で、何の配慮もなしに「大企業から取れるだけ取ればいいのだ!」という方向に進めばどうなるでしょうか?

その結果日本の「大企業」の競争力が失われてしまい、外貨の獲得能力が崩壊してしまえば、どの立場の日本人も困る(むしろ今ギリギリな立場の人が余計に困ることになりがち)ことになるでしょう。

大事なのは、大枠としての「消費税でなく法人税を財源として重視すべきだ」という論調自体は非常に意味があると思いますし、考えるに値するプランだということです。

しかしそれは、「大企業側の国際競争的事情」もキチンと勘案し、配慮に配慮を積み重ねた上でしか決して実現しないでしょう。

そういう意味で、「敵」を設定してそれを叩いて溜飲を下げるためなら、有意義な論点も無理やりな論点もアレもコレも全部乗せにしたような論調で押していくことが、本当にそれを実現することにつながるのか、考えてみる必要があるのではないかと思いました。

今、Twitter社を買収したイーロン・マスク氏が日本では考えられないスピードで首切りをしまくっています。これほどではありませんが、AmazonやFacebook(メタ社)、マイクロソフトなど、一昔前までの花形だったIT企業が次々と大規模リストラを発表しました。

ああいう例を見れば「クビ切りが簡単な社会では、そりゃ給料だって簡単に上げられるよね!」ということがわかりますよね。

日本のように解雇が難しい社会では、経済情勢のアップダウンに関わらず払い続けられる程度の額以上に給料を上げることはできません。

だから日本において、私のクライアントで実現したように「平均給与を150万円も上げる」ようなことをするには、よほど一貫した経営力が必要になるのはいうまでもありません。

「日本でもアメリカのように解雇を簡単にできるようにするべき」という「維新型」の改革案には一応の合理性はありますが、しかし大多数の国民の総意として「それはしない」ってことを合意しているわけですよね?

そうやって自分たちが「決めて」いるんだから、それでも賃上げをするにはどうしたらいいのか、皆で協力しあって考えなくてはいけません。

自分たちの決断として「解雇規制の緩和はしない」ということに決めて、その中でなんとかやりくりしようともがいている最中に、「やっぱ日本のリーダーはクズだから、アメリカみたいに給料上げられないんだよね」みたいなことばかり言っているというのは、ちょっと物事の捉え方が他人事過ぎるのではないでしょうか。

インボイス制度はこれからも紛糾し続けるでしょうが、そのぶつかりあいを通じて相互理解を深めることもできると私は考えています。

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いかに日本社会が深い相互の協力関係で成り立っているのか。 自分たちがいかにその「日本社会の美点」を愛し、大事なものだと思っているのか。

↑これらについて、「社会の逆側にいるアイツラが悪い」ってことにしないでちゃんと考えるべき時が来ています。

そこに「相互理解」の橋がかかる時、日本社会は過去20年の右往左往が嘘のように、必要なことを必要なタイミングでサクサクと解決していける国になっていくでしょう。

私たちならできますよ。

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