EVENT | 2022/11/26

インボイス議論紛糾 根底にある「日本の過剰サービス」「賃上げ」問題を解決しないと罵り合いが終わらない

Photo by Shutterstock
【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(36)

倉本圭造
経営コ...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

3:日本社会の「ギリギリな立場」の人に、日本社会の「主流派」は甘えている。

私は大学卒業後マッキンゼーという外資系コンサルタント会社に入ったあと、そういう会社で行われるような「グローバルに共通な」経営のやり方と日本社会のリアリティとのギャップがあまりに大きくて精神を病んでしまいいずれその両者を双方向的に融け合わせる新しい発想が必要になると思って、「日本社会の上から下まで全部見る」みたいなフィールドワークをしていたことがあります。

ブラック企業で働いてみたり、カルト宗教団体に潜入してみたり(ちなみにそのときに旧統一協会にも潜入してみた体験談が結構Twitterで好評だったので良かったらどうぞ)、ホストクラブで働いてみたり…と色々とやったあげく、今は中小企業をメインとする経営コンサルタント業を生業としています。

その「フィールドワーク」の時期に出会ったいろんな会社には、ある程度恵まれた環境で育ってきた自分からするとかなりショックなものが沢山ありました。

また、今のコンサルティング業の直接的な取引先ではないですが、「取引先の取引先」にはかなり“ヤバい”会社も散見されます。

つまり、このインボイス制度が直撃するような「ギリギリの立場」の人たちのことを一応理解できる立場にいるわけです。

そういう立場から言えることですが、日本社会の主流的な恵まれた環境にいる人は、社会の「ギリギリな立場」で生きている人たちの我慢強さに甘えているところがあるんですね。

他国なら絶対その値段ではやってくれないレベルの丁寧な仕事をしてくれ、政情不安定で格差が激しい国なら犯罪とか不品行とか犯しまくってておかしくない状況でも、最低限の遵法精神は持って我慢強くこの社会に参加してくれている。

日本社会の主流にいる人はそこにつけ込んでいるというか甘えている側面はある。

他の社会で、その「日本社会のギリギリな立場の人たちが担ってくれているレベルの仕事」を期待するなら、今の何倍もお金を払わないと無理…ということが沢山ある。

実際、例えばリーズナブルな価格の業者さんがちゃんと約束の日時に来るとか、宅急便が数時間単位で時間指定できるとか、最近の信じられない作画クオリティのアニメが次々見れるとか、そういう「日本社会ならこれくらいは当然だよね」と軽く考えているようなアレコレは、その「ギリギリな立場の人たち」のものすごい献身によって成り立っているんですよ。

具体的には信じられないような低賃金かつ長時間労働によってです。

多くの外国で同じクオリティを求めると、場合によっては何倍もお金を払わないと無理、というか相当なお金を積んでも実現不可能である部分も多い。

「インボイス制度に反対している人たち」は日本社会に対して甘えているように見えるかもしれないが、しかし彼らがワガママに見える「日本社会の主流派」の人たちも、ある意味でその「ギリギリな人たち」に甘えて生きているんです。

このインボイス制度について考えていくときには、まずそのことを一応は考慮に入れてほしいんですよね。

4:「甘えあい」をどう変えていけばいいのか考える。

Photo by Shutterstock

つまり、日本社会の「ギリギリな立場の人たち」は、他国との比較で言うなら「金銭的な報酬以上の献身」を日本社会に対して行っているところがある。

そういう人たちから見て、実際今すでにギリギリで生活しているのに、収入の10%をいきなり取り上げられたり、さらには非常に煩雑な事務作業を押し付けられたりすると、どこかで「キレ」てしまってもおかしくありません。

undefined

「そっちがその気なら、もう過剰に頑張るのやーめた。そのせいで日本社会がどうなってもしらねーからな」

…ということになってもおかしくない。

今まで「日本社会ならこれぐらいはね」と当たり前に出来ていたことが、急激にできなくなってもっと殺伐とした社会に変わっていってもおかしくない。すでにその風潮は徐々に現れてきていると感じている人もいるでしょう。 それぐらいの大きな課題がここにはあるのだと覚悟した上で、この「インボイス制度」は進めていく必要があると私は考えています。

とはいえ、そもそも論としては日本社会で「ギリギリの生活」をしている人は、ある意味もっとキレるべきだ…という話ではあるんですよ。

ちゃんと「キレ」て、「こんな対価じゃあこの程度しかやらねーからな」という風に突き上げて行くことによってしか、給料はなかなか上がりませんからね。

大事なのはそういう「交渉」を、日本社会の美点が崩壊しないようにしながら変えていけるかどうか?です。

「日本社会の美点」が崩壊していなければ、それを利用して、もっと製造業で儲けたり、もっと観光業で儲けたり、もっとアニメや漫画で儲けたり…ということを今よりももっとちゃんとやっていく道はいくらでも見出していけるでしょう。

しかし、「相互不信」が果てしなく高まっていって、賃上げの交渉のためではなく本当に「決裂」状態にまでなってしまったら?

アメリカは日本に比べて社会の末端がほとんど崩壊状態なところもかなりある国ですが、その分一部の最先端IT企業が世界中で稼ぎまくることで帳尻を合わせています。

日本もアメリカのように社会の末端がどんどん崩壊していったときに、同じことができるでしょうか?

逆に考えれば、アメリカでは一握りのIT企業を強烈に押し上げる副作用として、社会の末端が崩壊状態になりかけている…。この状況を乗り越える道を、日本は独自に見出していかなくてはいけない。今直面している課題はそれです。

日本のエリートの一部は、アメリカ社会のように社会の末端が崩壊してでも自分たちを優遇してほしいと思いがちですが、そのしっぺ返しは必ずやってきます。アメリカですらそうなんですから、自分たちの強みのコアの部分がそこにある日本ならなおさらです。

いかに社会の末端の人間関係を崩壊から守りつつ、次世代の高付加価値産業を担うエリートに力を振るってもらえる両取りの相互補完的関係を実現していけるか?

そのことについて、日本社会の「どちらの立場」にいる人も今真剣に考えるべきなのだと思います。

そう簡単なことではないですが、例えば以前「アメリカの名門大学に留学する女子学生をなぜ日本社会は気持ちよく応援できないのか?」というテーマで以下の記事を書いたところ非常に好評をいただいたので、ご興味のある方はお読みいただければと思います。

次ページ 5:徐々にプレッシャーをかけながら、協力しあって社会全体を変えていくことが必要