5:アベノミクスの功罪と向き合う
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同じように安倍氏の経済面での功績について考えてみたいんですが、既に結構長くなってきているので、アベノミクスの本質についてはこちらの記事などを読んでいただくとして…
ここでは単純な数字を指摘しておきます。日本の自殺者数(リンク先PDF)は1998年(長銀などの金融機関や大企業の破綻が顕在化した年)以後爆発的に増加して毎年3万数千人となっていたのですが、第二次安倍政権時代(フェアに言えば民主党政権の最末期も含む)から急激に低下して比較的低位に安定するようになっているんですね。
2020年、2021年はコロナ関連で増えたとはいえ2万人強と2000年代に比べてかなり少なくなっています。
日本は自殺大国というイメージがある人は驚くかもしれませんが、今や人口10万人あたりの自殺率はアメリカの方が上で、特に若年層の自殺率が深刻なようです。
それに関して調べているときに驚いたのですが、お隣の韓国はさらに深刻で、“あの”ロシアや、アフリカのいくつかの政情不安国(中央アフリカ共和国、ボツワナ、モザンビークなど)と同じぐらい自殺しています。彼らが自嘲的に「ヘル朝鮮」とか言うのもむべなるかなという感じがしますね。
アメリカも韓国も、グローバル経済戦争に国民を裸で叩き込むような競争社会になっていて、そのことが「日本的なナアナアさ」が嫌いな「リバタリアンの経済右派、政治面での急進左派」の人たちの羨望の的になっている国ですが、それは文字通り「国民の命と引き換え」でもあることが理解できるかと思います。
そりゃ確かに欧州のどこかのように、国民の幸福も経済発展も両立している国もあるのだと思いますし、そちらを目指すべきだとは思いますが、欧州のような生得的ブランドパワーが燦然とある国と日本が同じことをただやるだけで同じ結果が得られるというのも無理がありますよね。
反安倍派の人は、安倍氏こそが「ネオリベ的な市場原理主義」で日本を壊した張本人のように思っている節がありますが、解雇規制も決して緩和しなかったし、毎年数十兆円の税金を使って社会保険を補填するのも辞めなかったし、普通の国がネオリベ政策としてやるようなことはほとんどやっていません。
つまり安倍氏は彼なりにむしろ「ネオリベ的市場原理主義」に抵抗し、なんとか「日本的な社会の安定」を維持しようと必死になっていた政権だったんですよ。
第二次安倍政権の初期は「アメリカ型の社会運営こそが全ての正解」であるというような国際的風潮が今よりももっと圧倒的だった時期で、その時期には内輪でまとまって「なるべく変化しないこと」でグローバル経済戦争に抵抗し、うっすらと閉塞感はあっても決定的な崩壊には至らないラインで昭和の遺産を食い延ばしてきたことに意味があると私は考えています。
要は、日本を経済面で前向きに変えていきたいなら、古い制度が持っている“守り合い”の要素に敬意を払いつつ変えていくことが必須だということなんですね。
なぜなら、そういう道を選んだのは「国民の意志」だからです。
裸でグローバル競争に飛び込むような選択をすると、弱い立場にいる国民の大量の死が必要になるということを理解し、根本解決にはならないとしても当面の痛みを避けられる社会の安定を実現したのは、「安倍氏」というよりも「選挙を通じて示された国民の本能的総意」なので、それを丸ごと否定していても仕方がない。
しかし「メタ正義」的に考えれば、先程の国際政治問題と同じで「安倍氏の功績」を理解すればするほど、ここから先「反安倍」派の意志を通していく道も見えてきます。
昨今、日本の経済構造転換に関して、欧州の成功例を参考にした「同一労働同一賃金を目指した種々の改革」「リスキリング(技術革新やビジネスモデル変化に伴い必要となる知識やスキルを新たに学習すること)による経済転換」といったビジョンが推し進められつつありますが、こういうものを丁寧にやっていけば、「アメリカ・韓国型の弱肉強食の世界」に飲み込まれずに変えていくことが可能になる道も開けてくるでしょう。
過去20年の欧州における女性の社会進出に伴った種々の改革は、それ自体が欧州経済の国家的経済戦略と合致していることによって進んできました。
いわば欧州の理想というのは、「無邪気な理想論」の裏に「大人の戦略」が表裏一体に隠されていて、それを「欧州が持つ国際的政治力」のパワーも利用してゴリ押しすることで成果につながっているのだと言えます。
しかし、最近の気候変動対策なども含め過去20年ほど日本にそういうものが持ち込まれるときには、欧州的改革の背後にある「大人な戦略」の部分は無視して「無邪気な理想論」の部分だけが押し売りされ、
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「高貴なる欧州人はできたけど、日本とかいう極東の土人どもは古い考えに固執して拒否しているのは本当嫌ですねえ」
…みたいな話になりがちなのが大変良くない点だと私は考えています。 逆に言えば、「メタ正義的な議論」が成熟し、単に借り物の欧米の理想を持ってきて「日本社会って遅れてるねえ、ダメねえ」と騒いで終わり…みたいな議論が封じ込められ、ちゃんと「日本社会が今こうなっている理由」と向き合って具体的に変えていく議論が積み重ねられるようになれば、自民党支持者の一部などが変に排外主義的に騒ぐ必要が根本からなくなるわけですよ。
6:人類社会は機能不全になった「ベタな正義」が「メタな正義」に入れ変わる時代の狭間にいる
私は大学卒業後マッキンゼーという外資系コンサルタント会社に入ったのですが、そこで「グローバルな経営手法」と「日本社会」のギャップのあまりの大きさに直面し、これをほったらかしておいたらそのうち巨大な問題になるだろうと考え、その2つをいかに相互補完的なものにすればいいのか?の探求を過去20年続けてきました。
その問題は後々、アメリカのトランプ元大統領にまつわる政治的分断など、今の人類社会のコア的な課題になってしまったのはご存知の通りです。
そのプロセスの中では、「日本社会の上から下まで全部見る」と称して肉体労働をしてみたりホストクラブで働いてみたり、ブラック企業やカルト宗教団体に潜入してみたりした後、日本の中小企業のコンサルティングをしてきました。 そのプロセスの中では話題の統一協会の研修施設に一時潜入していたこともあり、その時の体験談がツイッターで好評でかなり読まれたことがあるので、ご興味があれば以下のツイートをクリックして吊り下がっているツリーをお読みいただければと思います。
今の私の中小企業クライアントの中では、ここ10年で平均給与を150万円ほど引き上げることができた例もあるのですが、その成功は「ロジック」と「現場的な人間関係」をいかに矛盾させずに溶け合わせるかにかかっていました。
過去数十年の人類社会は、「無理やりロジックを押し通すことができさえすれば勝てる」世界でしたが、それは今後「いかにロジックと現場を無理なく溶け合わせられるかが重要」な世界に変わってくると私は考えています。
なぜなら、人類社会は今、あらゆる「ベタな正義」が逆側の「ベタな正義」と打ち消し合って拮抗状態になってしまう状況にどんどん変化していっているからです。
その「理由」として私が一番大きいと感じているのは、中国や東南アジアなどの爆発的経済発展があって、「人類社会のGDPにおける欧米のシェア」が強烈に下がってきていることです。
30年前なら「欧米さまがこうおっしゃっておられるぞ!」と言えば世界中で納得させられたかもしれませんが、今や単に上から目線で押し付けるだけでは「は?うっせーぞ、何様のつもりだ」という反発を避けられません。
つまり、20世紀までの人類社会に一応の基準を与えてくれていた“欧米”の存在が急速に小さくなっていっているので、「何を基準に話せばいいのか」がバラバラになってしまっているんですね。
その結果が、米中冷戦、プーチンの暴走、アメリカの政治的分断など、ありとあらゆる「ベタな正義」が「逆側のベタな正義」とぶつかって機能不全化していく昨今の人類社会の混乱状態というわけです。
そんな時代でも人類社会が「欧米的理想」を捨てたくないならば、20世紀後半や21世紀の最初の20年と比べて今後はもっと丁寧な“セールスパーソンメンタリティ”が必要で、「対等な存在」として尊重した上で理想を現地事情と溶け合わせるプロセスを徹底的にエンパワーしていかなけれねばいけません。
今回の話で言えば、今までは米軍基地の問題は問答無用に「必要だ」で済ませることができていたが、それがあと一歩「丁寧なやり方」が必要になってくる流れも同じように説明できるかもしれないですね。
そして、そういう「あらゆるベタな正義が逆側のベタな正義とぶつかって機能不全化する」時代は、逆に言えば「メタ正義的」に行動することの合理性が跳ね上がる時代だということもできます。
その「メタ正義的成功例」として私はよく例に出すのですが、平成時代の堀江貴文氏のテレビ局買収の失敗と、令和の映画『鬼滅の刃』の世界的成功の背後には「同じ発想」があるんですよ。
どちらも「各コンテンツをテレビ局の支配から資本的に分離して、フットワーク軽く最良の方法で売っていきたい」という目的がありましたが、平成時代は「無理やりグローバルなあり方を押し付け」たから頓挫したけど、令和の時代には日本におけるアニメ文化のことを深く理解している人が差配したので驚くほどの成功につながった。
つまり、「ベタな正義同士の罵り合い」が拮抗状態になればなるほど、「メタ正義的」に動くことの合理性が急激に高まっていくようになるのです。
これも私の本からの図ですが、今の人類社会はこのように、先に穴の空いていない二股の注射器を全力で押し込み合っているような状況になっています。
欧米的理想をゴリ押しする勢力が右側から全力で押し込んでいるものの、そういう理想を現地社会の事情と丁寧に溶け合わせる謙虚さを全然持っていないので全力で抵抗されている。
読者のあなたはこの注射器の「どちらがわ」から押し込んでいる人でしょうか?
この図を見れば、今後私たちがやるべきことがわかりますね?
それはこの注射器の針先に穴をあけることです。
2つの「ベタな正義」を徹底的に相対化し、「誰が悪い」という話をすべて「何が問題でどうすればいいのか」というメタ正義的発想に置き換えていくことです。
それは、平成時代のホリエモン氏の失敗のようなものを、令和の『鬼滅の刃』の成功のようなものにアップデートしていく事なのです。
7:世代交代が自然と「メタ正義の時代」に変えていく
とはいえ、あくまで「ベタな正義」を主張する役割の人もいるのかもしれません。
「自民党がお友達と大企業だけを優遇して庶民を搾取しているのだ。その邪悪な政体を打倒しさえすれば全てがハッピーエンドなのだ!」というストーリーでプレッシャーをかけることが、分配政策の重要性をアピールするために必要な段階もあるかもしれない。
逆に「非国民の左翼どもを打倒し、中共のスパイに牛耳られたマスメディアを日本の愛国者の手に引き戻すことが肝要なのである!」という主張が、ユートピア的に過剰な理想主義が余計に戦争の危機を招いてしまうような情勢になることを防ぐ意味を持つ面もあるのかもしれない。
だから「安倍VS反安倍」がまだまだやりたい人は続けていただければと思います。そういうのは思う存分果てしなくやり続けていただき、その不毛さが明らかになることによってしか「その先」には進めないような課題だからです。
しかし果てしなく「ベタな正義」同士をぶつけあって、いずれその不毛さに疲れてきた時、
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あなたの「敵」に見えていたのは、実は自分たちの陣営が現実の問題を丁寧に読み解いて対処を考えていくような作業をサボっていた、鏡の中の自分自身にすぎないことに気づく
…日が来るでしょう。そのときにこの記事を思い出していただければと思います。
一方でそろそろ「“ベタな正義”同士の永久戦争」には飽きてきた読者の方には、ぜひ私と一緒に、「メタ正義的な解決策の模索」に踏み込んでいただいて、「20世紀型イデオロギー論争」というゾンビを退治するチャレンジを始めましょう。
人類社会全体で見て、ありとあらゆる「ベタな正義」がその裏側の「ベタな正義」とぶつかりあって今後どんどん身動きが取れなくなっていくからこそ、「メタ正義的」に動くことの合理性は跳ね上がっていき、「平成時代のホリエモンを令和の鬼滅の刃にアップデートする」的な成功例がもっと次々と出てくる情勢になれば一気に風景が変わってくるでしょう。
また、どんどん普及していくAIの背後で動いている数理処理が人間の脳を模していることによって、いかに「20世紀型のイデオロギー」が現実の問題に対処する上で歪んだ身勝手な情報処理しかできていなかったかが明らかになっていくという時代の変化も、この流れを後押しします(こういう話にご興味があればこちらの記事をどうぞ)。
そしてなによりも、最終的に「ベタな正義同士の永久戦争の時代」が「メタな正義的問題解決の時代」へと転換する決定的な役割を果たす要素は、この記事で何度も述べてきたような「世代交代」であると私は考えています。
ありとあらゆることが「20世紀型イデオロギーの“誰が悪い”式政治闘争」に見えてしまう人が多い団塊の世代が引退していき、「全ては問題解決」的にドライなZ世代に入れ替わっていくことが社会の空気を変えていくことになるでしょう。
若いZ世代に明らかに自民党支持者が多いのは、「ベタな正義」同士で延々と解決策にたどり着かない罵り合いをするのが「コスパが悪い」と嫌っているからだと思います。
彼らは普段プレイしているゲームからして「オンラインでランダムに選ばれた仲間と即座に適切に役割分担して協力しなくてはならない」世界観という感じで、私などはちょっとその世界観のドライさに多少怖い気持ちを持つ部分もなくはないのですが(笑)。
団塊世代と入れ替わりにZ世代がどんどん社会に出ていくに従って、
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「誰が悪い」とか延々話すのって意味なくない?「今問題が何でどうすればいいか」をちゃんと考えようぜ
…という圧力は年々高まっていくでしょう。
私自身もその流れの中で色々と考え発信していこうと思っています。20世紀型のイデオロギーを徹底的に相対化し、その先で一緒に「人類社会の巨大な裂け目を埋める」試みを頑張っていきましょう。
とりあえず、昨今の円安が起きている原因についての基礎知識の整理と考察や、それを日本の今後に活かすための方針について最近書いた記事が大変好評ですので、よかったら一緒に考えてみませんか。
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